第2話:新天地の静寂、掟の咆哮
嵐の壁をぶち破り、命の手拍子だけで生き残ったロングシップが乗り上げたのは、ハラルドたちが生まれて初めて目にする、どこまでも緑が広がる肥沃なイギリス沿岸の土地だった。
だが、船底が砂浜を削る音と同時に、男たちの前に立ち塞がったのは、凄まじい「殺意の壁」だった。
「――侵略者どもだ! 悪魔の北の男どもを、一人残らず吊るし上げろッ!!」
現れたのは、クワや大鎌を鋭い武器に変え、目を血走らせて集結した、数百人を超える現地の「民兵」たちだった。
長年、バイキングの略だったに怯え、家族を奪われてきた彼らの怒りと絶望は、すでに限界を超えていた。
ただの農民とはいえ、数で完全に圧倒されている。
一方で、ハラルドの背後にいる船乗りたちの瞳にも、どす黒い狂気が灯っていた。
「ハハハッ! ちょうどいい、あの農豚どもを皆殺しにして、女も麦もすべて奪い尽くしてやる!」
「おい、ハラルド! 突撃の合図をくれ! 俺たちのオールの怒りを、あいつらの血で洗うんだ!」
嵐を生き延びた興奮と、バイキングとしての本能が、彼らの理性を焼き切ろうとしていた。
引けば殺される。進めば殺し合い。
この肥沃な大地の真ん中で、再び、誰もが武器を握りしめ、喉を鳴らす、一触即発の絶望の沈黙。
その、誰もが最初の一歩を踏み出せない、張り詰めた戦場のド真ん中へ。
ハラルドは一人、大股で歩み進み出た。
敵味方すべての視線が自分に集まった瞬間、彼は左腕のオークの『盾』へと、手にした鋼の剣を、全力で叩きつけた。
ドカン――――――――ッッッ!!!全戦場を揺るがす凄まじい「でっかい音」が、砂浜を、そして男たちの鼓膜を爆発させるように轟いた。
ビクリ、と敵味方の身体が同時に震え、動きがピタリと止まる。
「――全員、その薄汚え武器を収めろッ!!!」
ハラルドの、喉を引き裂くような大音声が、イギリスの青空を割るように響き渡った。
彼はまず、血に飢えた身内の船乗りたちを、猛獣のような鋭い眼光で睨みつけた。
「おい、お前ら! 俺たちが命懸けでこの海を渡ってきたのは、奪えば一日でなくなる金銀財宝や、数日で腐る肉のためか!?女か!?違うはずだ! 一族が末代まで食うに困らねえ、あの豊かな『農地』を手に入れるためだろうが!ここでこいつらを殺して、畑を荒らして、ただの灰にして何が残る! それじゃあ故郷の飢えたガキどもは救えねえんだよ!!」
「……オー!」と、後ろの戦士たちが拳をあげる。しかし、ハラルドはさらに怒髪天を突く勢いで、自らの盾を激しく叩きつけた。
ガツン!!!
「――こえがちいせぇぇぇ!!!」
ハラルドの、鼓膜をぶち破るような大煽りの咆哮。
「嵐の海を越えてきたお前らの魂は、そんなナマクラか!?背後にいる故郷の家族に、その程度の弱音しか届かねえのか!全力を出せ! 全員その場にへたり込んで、指一本動かせなくなるまで、お前らの命の音をここに響かせろォッ!!」
ガツン!!
「「「オオオオオオオオオオオーーーーッッッ!!!!」」」
船乗りたちの剥き出しの咆哮が、今度こそイギリスの大地を揺るがした。
その凄まじい男たちの地鳴りを背に受けながら、ハラルドはゆっくりと振り返り、怯えながら武器を構える現地の民兵たちの前に、丸腰で歩み寄った。
無防備にその両手を広げ、彼らに向かって、泥臭くも剥き出しの真実を叫んだ。
「イギリスの農民ども、よく聞け!俺たちは、お前たちからすべてを奪いに来たんじゃねえ!生きるために、助けてくれと、頭を下げに来たんだ!!」
戦場が、その予想外の「生きるための泥臭い懇願」に静まり返る。
「この音は、俺たちがお前たちを襲わないという、秩序を約束する声と音だ!俺たちの故郷には、自由民全員で話し合い、約束を決める『掟』がある。今すぐ、俺たちの全力を出させてやる。へたり込んで、立てなくなるほどの全力の開墾をな!だから、そのあとでいい……そのあとでいいから、俺たちの話を聞いてくれ」
ハラルドは再び、あの嵐の海で男たちの命を一つに繋ぎ止めた、重い手拍子のリズムで、盾をガツン、と叩いた。
ガツン!
「オー!」
「――ハッ!!!!」
その圧倒的な結束の覇気と、ただの野蛮人ではないハラルドの「生きるための泥臭い本音」に、イギリスの民兵たちの手から、ポロポロとクワや大鎌が地面に落ちていった。
ただの殺戮の嵐になるはずだった新天地。
それが、ハラルドの放った「でっかい一撃」と魂の咆哮によって、誰も血を流すことなく、新たな『秩序』が産声を上げた、運命の瞬間だった。




