第31話 アラフォーとアラサー?
工房の中は、凄まじい熱気に満ちていた。
数分いただけで全身から汗が噴き出し、頬を伝って顎からボタボタと滴り落ちていく。
「慣れていないと辛いだろ。ほれ!」
ルカはそう言いながら、手際よくタオルを投げてよこした。
「助かるよ。暑さには慣れているつもりだったが、ここまでとはな……」
現代でスーパー銭湯のサウナに入った経験はあるが、それと比べるのも申し訳ないほどの濃密な熱気だ。
ルカの後について作業場を通り抜け、奥にある別の部屋へと入る。
熱源から離れたおかげか、さっきまでの場所と比べれば随分と涼しく感じられた。
「待ってろ。これから準備するからな。その後、設計図をちゃんと見せてくれ」
「ありがとう。何か手伝おうか?」
「客なんだから、大人しく座ってて構わないさ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺は用意された木製の椅子に腰を下ろした。
『おい、私にも肉を寄越すように言ってくれ』
俺の足元で、ネロがフッと鼻を鳴らしながら念話を送ってくる。
(勝手に工房へ入り込んで迷惑をかけたのに、厚かましいな、お前は……)
『結果的に腕が良さそうな人間と出会えたんだ。むしろ感謝してほしいくらいだ』
(結果論じゃないか……)
呆れつつも、一理あるのが癪に障る。
俺は準備をしているルカに、改めて声をかけた。
「ルカ、ネロのことは済まなかったな」
「ネロ? ああ、その黒猫のことか! 気にするな。何も壊されちゃいねぇし」
「そう言ってもらえると助かるよ。……それで、厚かましいお願いなんだが、ネロの分も肉を用意してもらえないだろうか? もちろん代金は払うよ」
「あん? 何言ってる。猫の分くらい、頼まれなくたってちゃんと用意してやるよ」
『だってさ。後でルカにお礼を言えよな。態度か仕草で』
『無論、そのつもりさ。肉♪』
……本当に調子のいい猫だ。
そんなやり取りを挟みつつ、俺たちはルカ特製の肉料理をごちそうになった。
大盛りに盛られた肉は驚くほど柔らかく、香辛料が効いていて美味かった。
食後、お茶を飲みながら、俺は羊皮紙に描いた弓の設計図をテーブルに広げ、ルカに見せることにした。
「ふーむ……なんで弓にしたんだ?」
設計図に目を落としながら、ルカが素朴な疑問を口にする。
「俺の祖父が弓を教えていてね。小さい頃から教わっていたし、それ以降も定期的に触っていたから、まったく経験のない武器よりは扱えると思ってね」
「まあ、ここ数年はまったく触っていなかったから、素人に毛が生えた程度だろうけどさ」
「違いねぇ。だが、いいんじゃないか。少しでも体に染み付いた経験があるほうが、筋もいいし上達も早い」
ルカは設計図をじっくりと眺めながら、しばらくの間、黙り込んだ。
豪快なアニキ分から、一瞬で鋭い職人の顔へと切り替わる。
「にしても、この図面……合理的というか、遊びがねぇよな。もちろん、合理的ってのはいいことなんだけどよ」
「何も気にせず、自分の知識だけで書いたからな。プロから見れば足りないところも多いだろう。……実際、作れそうか?」
ルカは図面を持ち上げ、明かりに透かすように角度を変えながら細部を確認する。
やがて、考えがまとまったのか口を開いた。
「作れ『は』する。……武器としてちゃんと機能するように、俺の意見も入れさせてもらうがな」
その言葉のニュアンスに、少し引っかかるものを感じた。
作れる、ではなく、作れ「は」する?
「作れはする、か。作れる、とは言わないんだな。何か大きな問題でもあるのか?」
「素材が足りねぇんだ。ここにある材料じゃ、弦を引いたときの負荷に耐えられねぇ。木材が折れるか、金属の部品が壊れるか……どっちにしろ、すぐ使い物にならなくなる」
ルカは図面の接合部を指でトントンと叩いた。
「この土地で手に入る素材じゃ、図面どおりの構造をそのまま再現するのは無理だ。形にはできても、実際に使えるもんにはならねぇよ」
「そうか……」
頭の中では成立している設計でも、実際に形にするとなれば話は別らしい。
材料の強度も、加工の精度も、俺が前の世界で知っていた構造や知識とは前提が違うのだ。
理屈の上で優れていることと、この世界で実現できることは同じではない。
「だが、作れないからって丸腰でこの先に行くわけにもいかねぇだろ」
ルカは設計図を机に置くと、いたずらを思いついた子供のように笑った。
「今ある材料で作れる、ギリギリの性能の弓を作ってやるよ!」
「いいのか?」
「構わねぇよ! その代わり、これを他の奴らに見せたりするなよ。俺に作らせてくれ!」
ルカは設計図を手に取り、再び子供のように目を輝かせた。
「こんな面白いやつ、めったにお目にかかれねぇからな!」
壊れたなら直せばいい。無いなら作ればいい。
そんな考え方を体現するように、目の前の壁を楽しそうに乗り越えようとするルカの姿は、とても頼もしかった。
「いくつになっても、自分の好きなことに無我夢中になれるっていいよな、ルカ」
「そうだな! ……ん? なんかその言い方、引っかかるな?」
「え? だって、ルカって俺よりだいぶ年上っぽいじゃないか」
「サク、お前いくつだ?」
実際の俺は、転移する前ならアラフォーと呼ばれる年齢だった。
だが、この世界に来たときに若返っていた俺の見た目は、21歳くらいのはずだ。
「21だ……」
「俺は23だ」
「…………」
「なんだ、その顔は」
「いや……てっきり、30手前くらいかと」
「お前なぁ!!」
豪快に吠えるルカの声が作業場に響き渡る。
その足元では、ネロが満足そうに「フニャ」と欠伸を噛み殺していた。




