第30話 ルカ・フェレール
見上げると、そこには圧倒されるような巨漢が立っていた。
日に焼けた肌に、筋骨隆々の体格。短く整えられたダークブラウンの髪と、赤銅色の瞳。
胸元を大きく開けた作業着からは、鍛え上げられた肉体といくつもの古傷が覗いている。
「おいネロ、何勝手に人の工房に侵入してんだ」
ネロは知らん顔で足元まで戻ってくると、何事もなかったかのように毛づくろいを始めた。
……本当にこいつは。
呆れながらも、俺は男に向き直った。
「うちの連れが勝手に押し掛けてしまい、申し訳ありませんでした」
「おお、あんたの連れだったか! いやなに、妙に賢そうな黒猫が鍛冶場に入り込んできたからよ。火傷でもされたらたまらんと思って追いかけてたんだ。気にするな!」
男は豪快に笑うと、胸を叩いた。
「俺はルカ・フェレール。あちこち旅しながら鍛冶屋をやってるんだが、今は訳あってこのシアーヌの工房を借りててな」
「高尾朔と申します。ルカさん、丁寧に対応していただきありがとうございます」
「……ん? おいおい、朔。その丁寧な話し方と『さん』付けはやめてくれよ! なんだか背中がむず痒くなってくるぜ。呼び捨てでタメ口で構わねえよ!」
ルカは苦笑いしながら、大きな手で後頭部を掻いた。
「……分かりました、じゃなくて、分かったよ。それじゃあ、ルカと呼ばせてもらいますね」
「おう! それでいいんだよ!」
ルカはニッと白い歯を見せて笑った。
豪快で面倒見がよく、初対面の相手にも気さくに接する男らしい。
「ところで朔、見かけねえ顔だな。うちの工房に何か用か?」
「実は、戦うための武器を探していて、元からろくな装備を持っていなくてね。街道を進むにしても、身を守る手段が欲しかったんだ」
「なんだ、武器を探してんのか!」
ルカは俺の全身をくまなく検分するように見つめた。
豪快な見た目とは裏腹に、職人らしい鋭い観察眼が光っている。
「だがな、朔。店に置いてあるようなありきたりの既製品じゃ、あんたの戦い方に合わねえかもしれねえな」
「俺の戦い方?」
「おう。武器を探してるって割には、剣や槍を振り回すような体つきや構えじゃねえ。それに、何か考えがある顔をしてる」
よく見ている。
確かに、俺は前衛で剣や槍を直接振るうつもりはなかった。
「……実は、作ってほしい武器の構想があるんだ」
俺は荷物から羊皮紙を取り出した。
森の家で描いた、遠距離武器の改良案だ。
「弓をベースにして、構造を工夫できないかと思っていてね。俺は前衛で直接叩き合うよりも、距離を取って相手をしっかり観察しながら戦いたいんだ。遠距離から仕留めるか、隙を作るための武器が欲しい」
もちろん、アイドロンの存在まで話すつもりはない。
見知らぬ世界で、自分の手の内を安易に明かすのは危険すぎる。
あくまで、観察しながら戦うスタイルとして説明するにとどめた。
ルカは羊皮紙を受け取ると、そこに描かれた図をじっくりと眺めた。
先ほどまでの豪快な表情が消え、真剣な職人の顔になる。
「この構造は面白いな。普通の弓とは発想が違う。……全体の理屈は通ってるが、実際に金属を加工して組み上げてみなきゃ分からねえこともあるな」
そう言って、ルカは俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「設計の発想は面白い。でもな、物作りってのは紙の上じゃ終わらねえ」
ルカは図面の一部を指で叩いた。
「どれだけ理想的な図面を描こうが、実際に素材を選び、加工して、強度と柔軟性のバランスを取らなきゃならねえ。図面どおりに作れたとしても、それが実戦で使えるとは限らねえんだ」
「ここなんかは、実際に作ってみると想定より負荷がかかるかもしれねえ。素材を変えるか、構造を見直す必要があるだろうな」
俺は図面を覗き込んだ。
確かに、構造の理屈が通っていることと、実際に使える武器になることは別の話だ。
仕組みを考えることはできても、素材の性質や鍛造の技術については、専門職人の力が必要不可欠だった。
「なるほど……そこは実際に作ってみないと分からないのか」
ルカは顔を上げ、再び太陽のように眩しい笑みを浮かべた。
「この設計図と、俺の腕が合わされば、最高に面白い武器ができるかもしれねえ!」
「ルカ……」
「壊れたなら直せばいい。無いなら作ればいい。それだけだ!」
ルカはそう言って、俺の肩をバシバシと力強く叩いた。
「痛っ……! ちょっと、力が強すぎないか!?」
「ハハハ! 悪い悪い!」
豪快に笑うルカを見て、俺もつられて苦笑してしまった。
初対面での丁寧な態度は少し崩れたものの、この男の懐の深さと、職人としての真剣さは本物らしい。
「よし、決まりだ! 武器がないなら、俺が打ってやる! まずはどんなものが作れるか、一緒に考えようぜ!」
「ああ、助かるよ。実際の使い勝手を一番にしたいから、設計の変更があれば遠慮なく言ってくれ」
「いい返事だ!」
ルカは満足そうに頷いた。
「それと、朔。腹減ってねえか? 俺特製の肉料理があるんだ。飯でも食いながら、設計図の話をじっくり聞かせてくれよ!」
「ふふ、ぜひご馳走になるよ」
俺は改めてルカに向き直った。
自分の戦い方を模索していた俺にとって、これは思いがけない幸運な出会いだった。
自分一人では形にできないものも、誰かの技術を借りれば実現できる。
熱気あふれる鍛冶場の中で、俺はルカと並んで図面を覗き込んだ。
まずは、この世界の技術で何ができるのか。
考えるべきことは多いが、もう一人で頭を抱える必要はなさそうだった。
こうしてシアーヌの町で、俺はルカ・フェレールという、頼もしい職人と出会ったのだった。




