第29話 熱気と金槌
タンクとの戦いを思い出す。
あのときは、地形とアイドロン、そして運の良さに助けられて何とか切り抜けた。だが、毎回あんな綱渡りをするわけにはいかない。
これから先、自分の身を守るためには武器が必要だ。とはいえ、剣や槍を扱う訓練を受けたわけでもない。今から前衛の技術を身につけるより、自分の経験を活かせる戦い方を考えた方がいい。
そこで頭に浮かんだのが、弓だった。
俺の祖父は弓を教えていて、幼い頃から弓に触れる機会があった。学生時代には弓道部にも所属していたため、扱いには多少なりとも馴染みがある。
もちろん、弓道と実戦は別物だ。狩りをしたことも、生き物を相手に矢を放ったこともない。それでも、まったく経験のない武器を一から覚えるよりは現実的だろう。
相手と距離を取り、動きを観察しながら戦う。そうすれば、隠しているアイドロンを使う際にも有利になるはずだ。
せっかくなら、前の世界で身につけた工学や構造に関する知識も活かしたい。弓の構造を工夫すれば、より扱いやすく、狙いをつけやすい武器を作れるかもしれない。
もっと高度な遠距離武器の機構も考えてはいるが、材料の強度や金属加工の技術など、この世界でどこまで実現できるかは分からない。
俺は森の家で過ごしていた間、弓の経験と手持ちの知識を頼りに、改良案を羊皮紙に書き留めていた。
まずは、この世界の技術で実現できる形に落とし込むこと。そのためには、武器を作る職人の意見が必要だった。
そして今、俺とネロはアズールへ向かう街道の途中にある町、シアーヌにたどり着いていた。
商人や冒険者が行き交うこの町は、活気あふれる熱気に包まれている。
「ふぅ……まずは一安心、か」
旅の荷物を背負い直しながら、俺は腰に手をやった。
そこには、何もない。
これから先も丸腰で進むのは、さすがに無謀というものだろう。
「ネロ、どこか良い武具屋か鍛冶場はないか? まずは戦える武器を手に入れないと、アズールにたどり着く前に倒れかねない」
「なら、あの音のする方へ行ってみるといい」
ネロが視線で示したのは、大通りから少し外れた路地だった。
そこから、規則的な金属音が周囲に響き渡っている。
カン、カン、カン、カン。
重厚な熱気とともに聞こえてくる、澄んだ金槌の音。
俺たちは吸い寄せられるように路地へ入った。
しばらく進むと、大きな煙突から黒煙を上げる一軒の工房が見えてきた。
看板には、金床と大槌が交差した武骨な紋章が掲げられている。
「鍛冶場か。既製品で使えそうな武器があればいいのだが……」
そう呟き、工房の中を覗き込もうとした、そのときだった。
「こら待て! 入っちゃだめだつってんだろ、この黒猫!!」
「ニャッ!?」
豪快な大声とともに、工房の奥から一人の巨漢が飛び出してきた。
その後ろを、黒い影がすばしっこく駆け抜けていく。
……ネロだ。いつの間に忍び込んでいたんだ。
「うおっ!?」
「ぬおっ!?」
勢いよく飛び出してきた男と、正面から鉢合わせになる。
衝突しかけた瞬間、男は巨大な身体に似合わぬ器用さで足を踏み留め、ガシリと俺の肩を掴んで勢いを殺した。
「っと、悪いな兄ちゃん! 怪我はねえか?」
「あ、いえ……大丈夫です」




