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Eidolon ~忘れられた世界で、もう一度~  作者: 秋津 聖


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第27話 仲間になりたそうに見ている?



「まったく。ずいぶん派手にやったな」



「ネロ! お前、今までどこに行ってたんだよ!」


「準備をすると言っただろう」


「ああ、そういえば……って、こっちは死にかけたんだぞ!」


「それでも、生きているじゃないか」


「そういう問題じゃない!」


 思わず声を荒らげたが、ネロは気にする様子もなかった。


 ネロは俺の横を通り過ぎ、地面に伏せたイノシシの前で足を止めた。


 しばらくすると、ネロが口を開いた。


『……なるほど。おまえも災難だったな』


 ネロがそう言うと、イノシシは低く鼻を鳴らした。


「……おい。今、こいつに話しかけたのか?」


「そうだが?」


「返事があったのか?」


「あったから話している」


 当たり前のように答えられても困る。


 ネロはイノシシと向き合い、しばらく何かを話していた。


 俺には何を言っているのか、さっぱりわからない。


 ただ、イノシシの様子は少しずつ変わっていた。


 先ほどまでの荒々しい興奮は薄れ、時折、困ったように鼻を鳴らしている。


 やがてネロがこちらを振り返った。


「こいつは、森の奥から逃げてきたらしい」


「逃げてきた?」


「何かに追われていたようだ。夢中で走っているうちに道を見失い、目の前にあったおまえの家にぶつかった」


 俺は、改めてイノシシを見た。


「……じゃあ、最初から襲うつもりだったわけじゃないのか」


「少なくとも、こいつの話ではな」


 もちろん、ネロの言葉だけですべてを信じるつもりはない。


 だが、あの突進を思い返すと、確かに俺だけを狙っていたというより、混乱して暴れ回っていたようにも見えた。


 だからといって、危険な相手であることに変わりはない。


「事情はわかった。でも、俺だって殺されかけたんだ。簡単に許せる話じゃないぞ」


「それはそうだな」


 ネロも否定しなかった。


 俺は、地面に伏せたイノシシを見つめた。


 正直なところ、どうするべきなのか、まだ答えは出ていない。


 このまま放っておくのは気が引ける。かといって、近づくのも怖い。


 脚を壊したのは俺だ。自分の身を守るために必要なことだったとはいえ、こいつが自力で動けなくなったのも事実だった。


「……参ったな」


 俺は頭をかいた。


「とりあえず、こいつをどうするか考えないと。殺すのも、理由を聞いたあとじゃ後味が悪いな」


「そうだな」


「……それで、こいつは何て言ってるんだ?」


「脚が痛くて動けないそうだ」


「そりゃ、そうだろうな。俺が壊したんだから」


 改めて言葉にすると、少し気まずかった。


 俺はイノシシの脚へ目を向けた。


 アイドロンで壊した部分。元の構造を把握できれば、修復できる可能性はある。


 だが、簡単に手を出すわけにもいかない。


「……脚を直すことはできるかもしれない。でも、作業中に暴れられたら困る。こいつがまた襲ってこない保証もないしな」


「それなら、条件をつければいい」


「条件?」


 ネロは尻尾を揺らした。


「おまえが脚を直す。その代わり、こいつには留守の間、この家を守らせる」


「……は?」


 思わず聞き返した。


 家を守る?


 この、家に突進してきたイノシシに?


「いや、待て。なんでそうなるんだよ」


「おまえはこれからアズールへ行くのだろう。家を空けている間、何かあったら困るはずだ」


「それはそうだけど……」


 森の中にあるこの家は、俺が自分で建てたものだ。前回、森の外へ出ていた間は何事もなかったが、今回も無事とは限らない。帰ってきたときに誰かに荒らされていたら困る。


 留守中に家を守ってくれる存在がいるなら、確かにありがたい。


 ただし、それが家に突進してきたイノシシだというのは、どうにも納得しづらい。


「……こいつ、本当に家を守る気があるのか?」


「あるそうだ」


「家を壊した本人が?」


「だからこそ、埋め合わせをするつもりなのだろう」


 ネロはイノシシに何かを伝えた。


 イノシシはしばらく俺を見つめたあと、低く鼻を鳴らした。


「脚を直してもらえるなら、留守の間はここに残って家を守るそうだ」


「……本当に話がまとまってるんだな」


「あとは、おまえが決めればいい」


 俺はイノシシを見た。


 まだ警戒心は消えていない。


 それでも、何もせずに放置するよりは、互いに条件を決めたほうがいいのかもしれない。


「……わかった。ただし、条件がある」


 俺はイノシシを見据えた。


「まず、家を壊さないこと。それから、俺が帰ってくるまで、しっかり見張っててくれよ」


 ネロが伝えると、イノシシは低く鼻を鳴らした。


「了承したそうだ」


「……本当にわかってるんだろうな」


「少なくとも、おまえよりは話が早い」


「おい」


 ネロの言葉に反論しかけたが、今はそれどころではない。


 俺はイノシシの前へしゃがみ込んだ。


「それじゃあ、約束だ。脚を直すから、じっとしていてくれよ」


 イノシシは、先ほどまでとは違って暴れようとはしなかった。


 俺は慎重に手を伸ばし、壊した脚の状態を確かめる。


 戦闘中は、ただ動きを止めることしか考えていなかった。構造を細かく理解する余裕などなかったのだ。


 今度は違う。


 どこが壊れ、何が失われ、どうすれば元の形に戻るのか。


 時間をかけて、ひとつずつ確かめる。


「……よし。やってみるか」


 俺は手を添え、アイドロンを発動した。


 頭の中で、壊した部分を組み直していく。


 崩れた構造を整え、支えを戻し、脚が身体を支えられる形へと近づけていく。


 簡単ではなかった。


 壊すときは、一瞬だった。


 だが、直すには、どこがどうなっているのかを理解しなければならない。


 少しずつ、慎重に。


 やがて、手のひらに伝わっていた違和感が消えた。


「……これで、どうだ?」


 俺が手を離すと、イノシシはゆっくりと脚を動かした。


 脚に力を入れ、身体を起こす。


 そして、慎重に立ち上がった。


 問題なく体重を支えられているようだ。


「おお……」


 思わず声が漏れた。


 直せた。


 生き物の身体を壊し、そして元に戻した。


 道具の修理とは違う。相手の命に直接関わる作業だった。


 その重さを、今になって実感する。


 イノシシは何度か脚を踏みしめると、俺の前で頭を下げた。


「……家にぶつかった分は、ちゃんと働いて返してもらうぞ」


 イノシシが、ブオッと鼻を鳴らした。


「了承したそうだ」


「……本当に便利だな、お前」


「今さらだろう」


 ネロは何事もなかったかのように尻尾を揺らした。


 俺は改めて、家の壁を確認した。


 幸い、大きく壊れてはいないようだ。多少の修繕は必要だが、すぐに直せないほどではない。


 ……出発前に、余計な仕事が増えたな。


 ただ、留守の間に家を守ってくれる存在ができたのは、悪い話ではないのかもしれない。


 少なくとも、普通の獣が近づいてきたら、この巨体は相当な抑止力になるだろう。


「よし。取引成立だな」


 俺がそう言うと、イノシシはもう一度、低く鼻を鳴らした。


 こうして、アズールへ出発する前に、思いがけない用心棒ができた。


 ……ただし、家を守ってもらう相手が、家に突進してきたイノシシというのは、どうにも納得しづらい話だった。

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