第22話 でもお高いんでしょう?
シグナを預かって三日目。
昼過ぎ、エドガーの店にアリアさんがやってきた。
「高尾さん、お待たせしました」
「いえ、こちらこそ」
本当なら、アリアさんが泊まっている宿まで持っていってもよかった。
ただ、もし何か不具合が出た場合、修理した場所で見てもらった方が、その場で対処できるかもしれない。そう思って、こちらまで来てもらったのだ。
「こちらです」
俺は預かっていたシグナを手渡す。
アリアさんは受け取ると、すぐに画面を確認した。
そして。
「……動いてる」
小さく呟いたあと、嬉しそうにパッと表情を華やがせた。
「ありがとうございます、高尾さん!」
その目が、少し潤んでいるように見える。
そこまで大切なものだったのか。
「いえ。直せてよかったです」
今まで、泣くほど喜んでくれた人はいなかった。
それでも、修理したものを渡したときに「ありがとう」と言ってもらったり、後日わざわざお礼の品だと言って、高級なお菓子を持ってきてくれた人はいた。
そうやって、その人にとって大切なものを、もう一度使えるようにできた。
そう思うと、この仕事をやっていてよかったなと思う。
もちろん、いつも上手くいくわけじゃない。
自分の力が及ばず、直せなくてお客さんをがっかりさせてしまったこともある。
だからこそ、こうして喜んでもらえると、本当に嬉しい。
「動作に問題ないか、使ってみてください」
「はい」
アリアさんはシグナを操作し始めた。
実際に使っているところを見るのは、これが初めてだ。画面を操作したり、いくつかの機能を確認したりしている。
「通信はどうだろう?」
俺がそう言うと、エドガーが反応した。
「私でよければ、お相手しますよ」
「お願いします」
アリアさんが操作すると、エドガーの持っているシグナが反応した。
「もしもし?」
「聞こえます」
「こちらも問題ありません」
二人が少し話をしたあと、通信を切った。
なるほど。
もうほとんどスマホだな。
見た目だけじゃない。操作方法も似ているし、通信までできる。
魔石という未知の技術を使っていることを除けば、俺の知っているスマートフォンとかなり近い。
「高尾さん、ありがとうございます。これで仲間と合流できそうです!」
「こちらこそ、貴重な体験をさせてもらってありがとうございます」
「このまま仲間と合流できそうなので、明日ここを立ちますが……」
そう言って、アリアさんが懐から何かを取り出した。
名刺ほどの大きさをした、銀色のプレートだった。ずっしりと重みがあり、精巧な装飾が施されている。
「こちらをお持ち下さい」
「これは?」
「もしアズールに来ることがあれば、ギルドにこれを持ってきて下さい。その時にゆっくりお礼をさせて下さい」
「アズールのギルドに?」
「はい」
手渡されたプレートの重みを感じながら、首を傾げる。
ただのお礼の品というより、何か特別な証明書のような雰囲気があるが……。
「それと、こちらが今回のお代です」
修理代を受け取る。
「改めまして、この度は高尾さんのお陰で大変助かりました。ありがとうございます」
アリアさんは深々と頭を下げると、そのまま店を出ていった。
しばらく、その背中を見送る。
「しっかりしてる人だな」
「お家がしっかりしている方ですからね」
「……自分、何か失礼なことしてませんでしたよね?」
振り返ると、エドガーがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
……絶対、何か知ってるな。この人。
「ところで高尾さん。今後はどうされるんですか?」
「今後ですか?」
「ええ。私たちは数日したらここを出て、また別の所へ仕入れなどに行きますが」
「ああ……」
そういえば、エドガーたちとも、もうすぐ別れることになる。
「一旦、自分の家に戻ります。そこで今後どうするか考えてみます」
手元の銀色のプレートを見つめる。
「アリアさんからいただいたものもありますし、アズールのギルドにも行ってみたいなと」
自分の家を何日も空けているので、少し心配になってきたというのもある。
森の中にある家だ。あの時は危険な動物などはいなかったが、今もそうとは限らない。
この世界に来てから、まだ分からないことが多すぎる。
エドガーたちから教えてもらったこと、シグナや魔石のこと、魔力や、この世界の生活の仕組み。
一度家に戻って知識を整理し、これから何を目標にするのか、ゆっくり考えてみたい。
今は、それが一番だと思っている。
「そうですか」
エドガーが少し寂しそうに笑った。
「そうしたら、しばらく私達もお別れですね。色々と驚かされて、楽しい日々でした」
「こちらも色々と教えていただいて、ありがとうございます」
俺も笑う。
「今後もエドガーさんとは、いい関係を築きたいです。連絡手段が無いのが残念ですが……」
その瞬間。
エドガーの眼鏡が、キラリと光った。
「シグナ、売りますよ?」
「……でも、お高いんでしょう?」
「今なら、なんと特別価格で」
「その言い方、絶対に安くないやつですよね?」
「そんなことはありませんよ。……ですが、購入される前に、まずは高尾さんがご自身の魔力で起動できるか試してみましょうか」
エドガーはそう言うと、奥から奇妙な道具を持ってきた。
見た目はワールドカップのトロフィーのような形で、筒状の台座の上に透明な水晶が乗っている。
「……何ですか、これ?」
「この水晶に手を触れてみてください。あとは勝手にやってくれます」
「適当というか、なんというか……」
俺は言われた通り、水晶に手を当てる。
すると、水晶の中に数字が浮かび上がった。
【50】
「良かったですね。ちゃんと起動させるだけの魔力はありますよ」
「そうですか」
正直、魔力があること自体はステータス画面で知っていた。
それよりも気になるのは、この【50】という数字がどれほどの規模なのかということ。
そして、この世界の人々がどうやってステータスを確認しているのかということだった。
「ちなみに、シグナの登録はどうすれば?」
「シグナは特に難しい操作はありませんよ。魔石に触れれば、勝手に所有者を覚えてくれます」
「はー……便利なもんだ」
現代なら、契約プランを選び、通話や補償のオプション説明を受け、何枚も書類に署名して半日がかりだ。
元・携帯ショップ店員としては、この手軽さは感動ものだった。
俺は購入することにしたシグナの魔石に触れた。
魔石がわずかに光を放ち、何事もなかったかのようにシグナが起動する。
画面を操作し、通信機能もテストしてみる。
問題ない。
「……使える」
これで、エドガーとの繋がりが消えずに済んだ。
アリアさんとも、また会った時に連絡先を交換できるか聞いてみよう。
……いや、若い女の子にいきなり連絡先を聞くのはどうなんだろうか。
そんなことを考えながら、その日の夜。
エドガーとバルド、そして俺は、また飲みに行った。
ここで飲むシアーヌ・セルベサで、偶然の出会いから生まれた小さな絆に乾杯した。
そして。
ウコンが必要だったことは、言うまでもない。
私もウコンは必要です
ほろ酔いでいい感じになります




