第20話 内部の確認と構造
翌朝。
俺は机の上にシグナを置き、必要な道具を確認していた。
前の世界で常備していた、出張修理用の精密工具だ。
精密ドライバー。
ピンセット。
スパッジャー(プラスチック製ヘラ)。
などなど。
細かな作業に使う道具は、ある程度揃っている。
ただ、一つだけ足りない。
「……ヒートガンが欲しいな」
シグナを眺めながら呟く。
現代のスマートフォンは、防水シールや強固な粘着テープで密着されていることが多い。
無理にヘラを差し込めば、画面を割ったりフレームを歪めたりする。
まずは接着部分を安全に温めて、粘着を柔らかくしたいのだ。
「エドガーさんに聞いてみるか」
*****
「ヒートガン、ですか?」
「はい。温風を出して、接着剤を柔らかくする小型の道具なんですが……ありますか?」
エドガーさんに説明すると、彼は少し考えてから首を横に振った。
「うーむ、精密作業用の小さなものは聞いたことがありませんね。この世界に、そういった専門工具はなさそうです。ただ――用途が『温風を当てる』だけなら、商会に使えるものがありますよ」
「本当ですか?」
「ええ。少々大きめですが、取ってきましょう」
頼もしい返答にホッと胸を撫で下ろす。
この世界に現代の修理工具があるはずもない。
わざわざ街を探し回るまでもなく、代用品があるなら十分だ。
既存の道具を工夫して使いこなすのが、修理屋の基本だからな。
そして数分後――。
「……デカい」
エドガーさんが持ってきた魔道具を見て、俺は思わず呟いた。
大きさは、布団乾燥機くらい。
本体から太い蛇腹管が一本伸びている。
「主に濡れた衣類を乾かすための魔道具です。温風はしっかり出ますよ」
「助かります。……十分です、これなら使えます」
「本当ですか? 高尾さんのお役に立つのでしたら何よりです」
「ありがとうございます。借りていきますね」
こうして俺は、ヒートガンの代用品を部屋へ持ち帰ることになった。
*****
部屋に戻り、机の上にシグナを置く。
改めて外装を眺めた。
「これ、ほとんどiPhoneだよな……」
ホームボタンの位置やフレームの形状。
現代のSEシリーズによく似ている。
特に、赤い本体と黒い画面の組み合わせが俺は好きだった。
「ロッソネロ……」
『私のことか?』
「違う」
『そうか』
相変わらず噛み合わないネロとのやり取りに苦笑しつつ、準備を整える。
「よし、開けてみるか」
魔道具のスイッチを入れると、太い管からゴォォと勢いよく、大雑把な温風が吹き出してきた。
温度調整も風量の絞りもない。
だが、プロの修理屋に言わせれば、
『温風が出るなら、それで十分』
俺はシグナの画面に手を添え、温風の当たり具合を皮膚の感覚で確かめる。
近すぎれば内部の基板や液晶を痛める。
遠すぎれば粘着が温まらない。
管との距離を数センチ単位で前後させ、熱を均等に回していく。
十分に温まり、粘着が柔らかくなったタイミングを見極めて、スパッジャーをすっと隙間に差し込む。
無理な力は一切入れない。
刃先を滑らせるように慎重に一周させると――。
パキッ。
粘着が剥がれる感触が、スパッジャー越しに伝わってきた。
「……開いた」
画面パーツをゆっくり持ち上げると、内部の構造が露わになった。
「……!」
言葉を失う。
基板。
精密なチップ類。
リボンケーブル。
そこにあるのは間違いなく、俺の知っているスマホの技術体系だった。
だが、決定的に違う場所が一つ。
「バッテリーが……ない?」
本来バッテリーが大部分を占めるはずのスペースは空洞だった。
その代わりに、本来カメラユニットがある場所に、細かなカットが施された透明感のある石が埋め込まれている。
「これが電源か……?」
石からメイン基板へ伸びる線路を目で追う。
そして――。
「あ」
原因が分かった。
石そのものには、目立った傷や亀裂は見当たらない。
ただ、落下の衝撃のせいだろう。
石とメイン基板をつなぐケーブルが、端子から外れていた。
「なるほど……これなら直せる」
安堵の息が漏れる。
基板のショートやICチップの焦げ付きといった最悪の事態ではなかった。
少なくとも、目に見える範囲では致命的な損傷はなさそうだ。
「だが、ただ差し直すだけじゃ、また衝撃で抜けるな」
俺はピンセットでケーブルを正規の位置へ正確にセットする。
そして、持っている専用のテープで外れにくいように補強した。
これで補修は完了だ。
仮組みを済ませ、側面にある電源ボタンに指をかける。
カチッ。
長押しする。
次の瞬間――。
画面が淡く青い光を放った。
黒かった画面の中央に、見たことのない幻想的な紋章が静かに浮かび上がる。
「起動した……!」
『直ったのか?』
「ああ!」
思わず笑みがこぼれる。
画面にリンゴのマークは出ない。
それでも、端末は見事に息を吹き返した。
(この石の仕組みが分かれば、俺の端末も今後使えるかもな。まあ、アプリやら何やらは使えないだろうけど……)
ポケットの中にある、自分のスマートフォンに触れる。
今は電源が切れている。
残っている電力も、もうほとんどないはずだ。
それでも。
シグナの中にある、この石の仕組みを理解できれば。
もしかしたら、もう一度こいつに電気を通せるかもしれない。
「……面白い」
胸の高鳴りを抑えきれずに笑った。
異世界に来て初めて出会った、俺の世界とよく似ていて、まったく違う技術。
「修理屋として……最高にワクワクするぞ!」
『おまえは本当に修理が好きだな』
「壊れた物を直して、新しい可能性を開くのが俺の仕事だからな」
俺は起動したシグナを手に取る。
まずは、この端末が正常に動作するか確認しなければならない。
通信。
画面。
各種機能。
一つずつ確認していく必要がある。
それが終わってからだ。
俺自身のスマートフォンについて考えるのは。
「さて……まずはアリアさんのシグナの動作確認だ」
シグナを眺める。
「それが済んだら、俺のスマホのために……申し訳ないが、こいつの構造を詳しく調べてみるか」
『申し訳ない?』
「人様の物だからな。勝手に研究材料にするわけにはいかないだろ」
『なるほど』
ネロの短い返事を聞きながら、俺は改めてシグナを見つめた。
ただの修理依頼だったはずなのに。
どうやら俺は、とんでもなく面白い宿題を預かってしまったらしい。




