第17話 ヘパよりウコン派
エドガーさんについて歩いていくと、やがて商店が並ぶ一角に入り、二階建ての建物の前で足を止めた。
「ここが私の店です」
そう言ってエドガーさんが建物へ入っていく。
後ろでは、バルドが馬車から荷物を下ろしていた。大きな体で次々と荷物を運び込んでいく。
エドガーさんは店内で商品の確認を始めている。
俺は少し手持ち無沙汰になり、バルドのところへ向かった。
「俺も手伝いますよ」
「おう、助かる」
荷物を一つ持ち上げ、店の中へ運ぶ。
何往復かしていると、バルドが苦笑しながら口を開いた。
「すまねぇな。護衛っていうより、従者みたいになっちまってるよな。こんなことまでやってると」
「確かに。護衛っていうと、目的地まで守って、着いたらお金をもらって終わり、みたいなイメージでした」
「まあ、普通はそうかもしれねぇな」
バルドは肩をすくめる。
「だが、俺はエドガーさんが望むことなら、何でもしてぇんだ。恩人だからよ」
「恩人……?」
気になって聞き返す。
そもそも、エドガーさんとバルドの雇用関係がどうなっているのか、俺にはまだ分からない。
直雇用なのか、それとも別のところから来ているのか。
そんなことを考えていると、バルドが昔話を始めた。
「エドガーさんはよ、俺が街で喧嘩ばっかりしてた頃に声をかけてきたんだ」
「喧嘩ばっかり?」
「そうだ。身元もろくに分からねぇ、ただのごろつきだった。金もなかったし、まともな仕事なんてできる状態じゃなかった」
そこでバルドは少し笑った。
「そんな俺に、いきなり『護衛にならないか』ってな」
スカウトだったのか。
「ちょうど金もなかったしな。ヤバかったら適当に辞めてやろうと思ってた」
「それで?」
「そこからが大変だった」
バルドの表情が少し遠くを見るようになる。
「徹底的に鍛えられた。身体だけじゃねぇ。礼儀も、言葉遣いも、人との接し方もな」
「・・・・」
その割には、いきなり棍棒で殴りかかってきたけどな。
さっきの光景を思い出す。
「俺も、真っ当な人間になれるんだと思ったら嬉しくてよ」
そう言って、バルドは店の中にいるエドガーさんを見る。
「そんな道を与えてくれたエドガーさんには、この先もずっと仕えていきたいと思ってる」
想像つかないな、戦うエドガーさん。
あの穏やかな雰囲気からは、とても想像できない。
「エドガーさんって、強いんですか?」
俺が尋ねると、バルドは少し考えてから答えた。
「腕っぷしは、そこまでだな」
「じゃあ……?」
「魔術がすげぇ」
「魔術ですか……」
思わず反応してしまった。
やっぱり、この世界には魔術がある。
「特に氷の魔術がヤバい。何度身動き取れなくされたことか」
「へぇ……」
俺も使えたりするのかな。
『使えるんじゃないのか?』
ネロの声が頭の中に響く。
時間がある時に、エドガーさんに魔術について教えてもらえないか聞いてみよう。
異世界に来たんだ。
やっぱり魔術は使ってみたい。
そんなことを考えていると、店の中からエドガーさんが出てきた。
「お二人とも、ありがとうございます。中身も問題ありませんので、今日はここで終わりにしましょう」
「おう」
バルドが返事をする。
「バルドは馬を預けてきてください。戻ったら、軽く歩きながら飲みに行きましょう」
「分かった!」
エドガーさんの声が、妙に弾んでいる。
「飲みに行く」
その言葉だけ、やけに力が入っていた気がする。
バルドが苦笑しながら俺に顔を寄せる。
「エドガーさん、ああ見えて酒豪だからよ。ここのセルベサを楽しみにしてんだ」
「なるほど……」
俺は少しだけ不安になった。
俺は酒に弱い。
日本にいた頃も、少し飲んだだけで顔が赤くなるタイプだった。
「俺は呑まれないように気をつけよう……」
そう呟きながら、エドガーさんの後について店へ戻る。
すると、エドガーさんがふと思い出したように振り返った。
「そうだ、高尾さん」
「はい?」
「ここの二階の一室、滞在中は使ってください」
そう言って、鍵を差し出してきた。
「……え?」
「高尾さんの部屋です」
「いやいや、申し訳ないです!」
思わず両手を振る。
「では、泊まる宛でも?」
「……」
ない。
考えてみれば当然だった。
この世界に来てから、まともに金を稼いでいない。
そもそも、俺は無一文だ。
「……ない、です」
正直に答える。
エドガーさんは穏やかに笑った。
「高尾さんは私の客人です。なので、これくらいのことはさせていただきますよ」
「でも……」
「それに」
エドガーさんは懐から何かを取り出した。
「これは、私の思い出の品を直していただいた費用です」
手のひらに乗せられたのは、三種類の硬貨だった。
金色。
銀色。
銅色。
おそらく、この世界のお金だろう。
色合いから考えれば、金が一番高くて、その次が銀。そして銅が一番安い。
……たぶん。
ただ、それぞれの価値がさっぱり分からない。
「おっと」
俺の顔を見て、エドガーさんが察した。
「説明が必要そうですね」
「ちょっと待ってください!」
慌てて荷物を漁る。
ペンとメモ。
日本にいた頃から使っていたものだ。
取り出した二つを見て、エドガーさんが興味深そうな顔をする。
「んん?」
「あとで説明します。今はこっちをお願いします」
「分かりました」
エドガーさんが説明を始める。
俺はメモを取りながら聞いた。
まとめると、こういうことらしい。
金貨。
**オル。**
銀貨。
**プラ。**
銅貨。
**コブ。**
そして、
**1オル=10プラ=100コブ。**
「シンプルで助かった……」
十進法。
日本人としては非常にありがたい。
これなら計算もしやすい。
そして、エドガーさんが渡してくれた報酬を確認する。
**2オル、5プラ、8コブ。**
頭の中で計算する。
200コブ。
50コブ。
8コブ。
合わせて258コブ。
「……結構な金額じゃないですか?」
思わず聞いてしまう。
「良いんですか? こんなに」
エドガーさんは不思議そうな顔をした。
「当たり前です。私の大切な品を直していただいたのですから」
「……」
鍋を思い出す。
エドガーさんが見習いの頃に父親から譲り受け、長年使い続けてきた鍋。
それを、俺が修理した。
元店長としての仕事ではない。
ここでは、俺自身の技術でやった仕事だ。
「それでは……ありがたくいただきます」
硬貨を受け取る。
ずしり、と手の中に重みを感じた。
金額の価値は、まだよく分からない。
でもこれは、俺がこの世界で初めて自分の手で稼いだ金だ。
そう思うと、不思議と嬉しかった。
森で生き延びることしか考えていなかった俺が、初めてこの世界で誰かの役に立って、その対価をもらった。
これから、このお金で生活していくことになる。
そんなことを考えていると、外から足音が聞こえてきた。
「お待たせしました!」
バルドが戻ってきた。
エドガーさんが嬉しそうに立ち上がる。
「さて、バルドも戻ってきたようです。飲みに行きましょう!」
「おう!」
二人とも、やけに楽しそうだ。
俺も立ち上がり、二人についていく。
向かう先は、さっきエドガーさんが教えてくれた飲食店が並ぶ区画。
シアーヌ名物。
セルベサ。
黄金色の酒。
白い泡。
俺もこの世界に来て、初めて飲むことになる。
……アルコールに弱い俺が、どこまで耐えられるか。
「この世界に……ウコンの力はあるのか……」
そんなことを考えながら、俺は二人の後を追った。




