↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eidolon ~忘れられた世界で、もう一度~  作者: 秋津 聖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/33

第16話 文明との接触

「これから向かうシアーヌ村は、どんなところなんですか?」


馬車の手綱を握り、ゆっくりと並んで歩くエドガーさんに尋ねた。


頭の中で想像していたのは、きっとよくある『最初の村』だった。


何百人も住んでいるわけではなく、数十人から多くても百人程度。小さな家がいくつか並んでいて、畑を耕しながら細々と暮らしている。


そんな場所を勝手に想像していたのだ。


「そうですね。村とは言われていますが、今歩いているこの道の先には王国がありますからね。宿場町として重宝されているところですよ」


「……宿場町?」


想像していたものと、まったく違った。


宿場町。


現代では、そんな場所と言われても温泉街くらいしか思い浮かばない。


箱根、また行きたいな。


「人の交流が多いので、色々なものを見ることができますよ。それに、セルベサが名物なんです。『シアーヌ・セルベサ』と呼ばれていて、王都のお店でも人気なんですよ」


「セルベサ?」


聞き慣れない言葉に、思わず聞き返す。


(ネロ、知ってるか?)


『いや、初耳だ』


ネロも知らないらしい。


俺が不思議そうな顔をしているのを察したのか、エドガーさんが続けて説明してくれた。


「東の方では別の呼び方をするのかもしれませんね。麦を使って発酵させたお酒です。黄金色をしていて、上には白い泡が浮かびます。飲んだ時の爽やかな喉越しが人気なんですよ」


思った。


ビールじゃん。


『ビールだな』


どこの世界でも、ビールは大人気なんだな。


ただ、残念ながら俺はアルコールにかなり弱い。


楽しめるかどうかは……少し不安だ。


「それに、近くには川が流れていましてね。向こうの山から流れてくる水を使っているんです。雪解け水も含まれているので、とても綺麗なんですよ」


「向こうの山……」


その言葉に、ふと森での生活を思い出した。


俺がいた森にも川があった。


毎日のように水を汲み、飲み水や生活用水として使っていた川だ。


もしかしたら、あの川も同じ山から流れてきているのだろうか。


そう考えると、少しだけ不思議な気分になる。


森の中で完結していると思っていた生活も、こうして辿っていけば、この町や王国まで繋がっている。


「そういえば、ビールってことは麦を使ってるんですよね?」


「ええ、そうですよ」


「だったら……麦茶とかも作れるのかな」


「むぎちゃ?」


「いや、こっちの話です」


麦茶、飲みてぇな……。


そんなことを考えながら歩いていると、しばらくしてエドガーさんが前方を指差した。


「見えてきましたよ」


街道の先。


木々の向こうに、建物がいくつも並んでいるのが見えた。


近づくにつれて、その全体像が少しずつ見えてくる。


「……意外とでっかいな」


思わず声が漏れた。


『村じゃないな』


ネロも同じ感想だったらしい。


俺の想像していた『最初の村』とは、あまりにも規模が違う。


街道沿いには荷馬車が行き交い、人の姿も多い。


商人らしき人。


荷物を運ぶ職人。


農作物を積んだ荷車。


旅人らしき人。


遠目からでも、それぞれが違う生活をしていることが分かる。


これが……人の暮らす町。


俺が森を出てから初めて見る、本格的な人間社会だった。


町の入口まで近づくと、両脇に槍を持った二人の男が立っていた。


兵士……なのだろうか。


一人は背が高く痩せ型。


もう一人は背が低く、がっちりとした体格をしている。


見事な凸凹コンビだ。


やっぱり、よくある通行証を見せるパターンなのだろうか。


そう思っていると、背の高い方がエドガーさんに声をかけた。


「エドガーさん、こんにちは。今回も商いですかね?」


「ええ。数日間は滞在しようかと思っています」


エドガーさんは慣れた様子で答え、何かを見せながら二人の兵士と簡単なやり取りをしていた。


「今回の移動は、お連れの方がお二人なんですね」


「ええ。道中お世話になった方と、その護衛の方です。ぜひここのセルベサを堪能していただこうと思いまして」


「それはいい! お連れの方、シアーヌを楽しんでください」


「ありがとうございます」


そんなやり取りをしただけで、何事もなく通された。


……良いのか?


俺は少し拍子抜けしながら、エドガーさんの後ろを歩く。


すると、エドガーさんがこちらを振り返った。


「私の通行書は、私以外に三人まで身元を保証できる特別なものなんです。ですから、高尾さんについても特に確認されなかったんですよ」


「なるほど」


「それに、高尾さんは武器も持っていませんし、そのお召し物も大変上質で、気品を感じさせますからね」


なるほど。


エドガーさんの身元保証があり、武器も持っていない。


そして、このスーツだ。


「スーツで来て良かった……」


思わず呟いた。


『見た目って、やっぱり重要なんだな』


ネロも感心したように呟く。


町の入口を抜けると、数メートル先に開けた場所が見えてきた。


中央には大きな石造りの噴水。


そこを中心に、四方向へ道が伸びている。


「この先は宿屋が並んでいる区画です。広場に近ければ近いほど、宿泊費も高くなります」


エドガーさんが左手を指差す。


「こちら側には商店が並んでいます。私もこの後、こちらで商売をします」


今度は右手を指差す。


「こちらは飲食店が多いですね。夜になったら、一緒に飲みに行きましょう」


「……セルベサですか?」


「ええ。せっかくですから、ぜひ」


酒か……。


飲みたい気持ちはあるが、俺の酒への弱さを考えると少し怖い。


「そして最後はこちら。役場や、町の代表者の家などがあります」


説明を聞きながら、俺は頭の中で町の構造を整理する。


噴水を中心に四方向。


左上が宿屋、右上が商店、右下が飲食店、左下が役場。


そして、下側が今通ってきた町の入口だ。


中央の噴水周辺には、たくさんの人が行き交っていた。


商人、職人、住民、農家、旅人。


髪の色も金髪、茶髪、赤毛、黒髪と様々だ。


聞こえてくる活気ある声。


荷車の軋む音。


店から漂ってくる料理の匂い。


それらすべてが新鮮だった。


だが、元店長としての職業病なのか、俺の目は行き交う人々の『道具』に向いていた。


職人の腰に下がった工具袋の手入れ状態。


看板の固定方法。


(へえ……鍛冶職人の腰道具、なかなかいい手入れをしてるな)


森にいた時は、火を起こし、水を確保し、食べ物を探すだけだった。


身体一つでサバイバルするしかなかった。


でも、ここには店がある。


仕事がある。


人の生活がある。


そして、修理すべき道具がある。


「……すごいな」


『何がだ?』


「全部だよ。それに……ワクワクしてきた」


「何がですか?」


エドガーさんが振り返る。


「いえ、こちらの話です」


俺は改めて町を見渡した。


そして、ふと思う。


この町なら、もっと色々なことができるんじゃないか。


「……エドガーさん。今日のご予定が終わったら、手持ちの工具で足りない金属資材やパーツが買える道具屋を教えてもらえますか?」


「もちろんですよ。何か修理に必要なものでも?」


「ええ。少し、この町で試してみたいことがありまして」


職人としての血が騒いでいた。


森を出て、ようやく俺は――


この世界の文明と、新しい『仕事』の予感に触れたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。