第15話 直りましたよ!
「やめろ、バルド!」
鼓膜を震わすエドガーの怒声が響いた。
直後、俺の目の前で、風圧とともに巨大な棍棒がピタリと止まる。
「ひっ……!?」
俺は恐怖で後ろへ飛び退き、そのまま派手に尻餅をついた。
だが、抱え込んだ左腕の中――エドガーから預かった鍋だけは、地面に打ち付けないようしっかりと胸に抱きかばっていた。
「エドガー様! しかし、この怪しい格好をしたものは!」
「控えなさい! 彼は私が修理を依頼したお方だ!」
丸眼鏡を奥に押し込みながら、最初に会った時の穏やかさからは想像もつかない毅然とした態度で、エドガーが駆け寄ってくる。
大男――バルドと呼ばれた鎧武者は、気まずそうに棍棒を下ろし、頭をかいた。
「……すまん、新手の盗賊かと思ったんだ」
スーツ姿の盗賊がいてたまるか。
心の中で悪態をついた。
「怪我がなくてよかったです、高尾さん。……おや?」
エドガーが俺に差し伸べた手を止め、俺が胸に抱えていた鍋に目を留めた。
俺は立ち上がり、服の汚れを払いながら、修理の終わった鍋を両手でエドガーに手渡す。
「お待たせしました。柄の交換と接合部の補強、完了です」
「……これは……」
鍋を受け取ったエドガーの表情が固まる。
木製の柄は、森の頑丈な木を削り出した滑らかなフォルムへと生まれ変わっていた。
それだけではない。
鍋本体と柄の接合部には、ガタつきを抑え、長年使って歪んでいたネジ穴も完璧に修正されている。
エドガーが鍋を持ち上げ、軽く振ってみる。
「ガタつきが……一切ない。それどころか、以前よりも持ち上げた時のバランスが良い……? まるで、最初からこの柄だったかのように手に馴染む……」
「長年使われていたので、鍋本体の重心に合わせて柄の角度をコンマ数ミリ微調整しました。接合部には耐熱補強も施してあるので、以前より激しい加熱にも耐えられますよ」
スマホの画面交換時に、フレームの歪みを整えてボタンの押し心地を新品以上に仕上げる――元店長としての血が騒ぎ、つい『過剰品質』に仕上げてしまった。
「おいおい……マジかよ。どこの鍛冶屋でも断られた鍋が、買い直すより上等になってやがる……」
横から覗き込んだバルドが、信じられないものを見る目で鍋と俺を交互に見つめた。
先ほどの攻撃的な態度は消え去り、その目には職人に対する明らかな敬意が浮かんでいる。
「さっきは済まなかったな、職人さん。俺はバルド。この商会の護衛だ。……あんた、タダ者じゃねえな」
「死ぬかと思いました。結果として無事でしたが、次は気をつけたほうがいいんじゃないですか? 大事な鍋、直ってよかったですね、エドガーさん」
俺が笑いかけると、エドガーは愛おしそうに鍋の柄を撫で、深々と頭を下げた。
「……素晴らしい。素晴らしい仕事です、高尾さん。私の思い出を、こんなにも見事に蘇らせてくださるとは……」
エドガーの目が、丸眼鏡の奥でじんわりと潤んでいた。
そう、俺は前の仕事で、お客さんのこんな顔を見たかったんだ。
エドガーさんの顔を見ているうちに、俺の目にも涙が滲んだ。
『泣き虫』
うるさい猫め。感動する気持ちが分からないのか。
『分からん』
こいつに分かってもらえなくていいや。
「さて、高尾さん。私はこの後、シアーヌの村に行き商売をします。折角ですから、一緒にいかがですか?」
エドガーさんが提案してくれた。
この世界を見るために森を出た俺にとって、絶好の提案だ。
商人なら、この辺りの地理には詳しいだろう。もしかしたら、世界情勢についても何か知っているかもしれない。
ここは同行させてもらおう。
「是非お願いします。道中、色々お聞きしたいことがあるのですが」
「もちろん、私に答えられることであればお答えしますよ」
『やったな。情報源を得られたな』
あぁ、助かる。
こうやって誰かに聞く、教えてもらうなんていつぶりだろう。
少なくとも、ここ数年は無かったな。
「これから向かうシアーヌ村は、どんなところなんですか?」




