第14話 買い直せないもの
「この鍋は、見習いの頃に父から譲り受けた物でしてね。ずっと使い続けてきた思い出の品なんです。地元の鍛冶屋に見せても『こんな小物は買い直せ』と取り合ってくれず、諦めていたのですが……直せますか?」
そう言ってエドガーから渡されたのは、一つの鍋だった。
日本でいう『雪平鍋』のような形状をしている。
持ち手である木製の柄が根元から完全に脱落しており、このままでは加熱しても持ち上げられない。
想いの詰まった道具か。
そういう依頼は、元店長として燃える。
「はい、直せますよ!」
鍋を受け取り、まずは状態の確認(診断)に入る。
持ち手の折れ方を見る。木材そのものが折れたのではなく、長年の熱と湿気で接合部が傷み、限界を迎えていたようだ。鍋本体はまだ十分使える。
幸い、鍋自体に穴が空いているとか変形しているということはなかった。単純に柄の部分が外れてしまっているだけだ。
これなら、新しい持ち手を作成し、手持ちのネジとワッシャーで固定し直してあげればまた使える。
(Eid――)
『待て。ここでスキルを使うな』
持ち手を生成するためにスキルを使おうとした瞬間、ネロの念話が頭の中に響いた。
『まだ、この世界でスキル(魔術)が一般的かどうかも分からん。人前で使うリスクを避けるべきだ』
……迂闊だった。
ネロの言う通りだ。
久しぶりに人と話せたことで、どこかに隙が生まれていたのかもしれない。感謝しておこう。
「エドガーさん、持ち手に使える木が森に少し入ったところにあるので、取ってきていいですか? 硬く丈夫な木を使えば、また長くお使いいただけますから」
エドガーが丸眼鏡の奥から俺を静かに見つめてくる。
「もちろん、お願いします。私としても、また使いたいのでね」
少しの沈黙の後、エドガーは穏やかに笑って答えてくれた。
「修理には集中も必要でしょう。私は少し席を外しております。終わりましたら戻りますので、よろしくお願いします」
エドガーが気を利かせて離れてくれたのを確認し、俺は荷物を持って森の木陰へと向かった。
「ネロ、すまん。助かった」
人目がなくなったのを確認し、口に出して礼を言う。
黒猫の姿で木の上に飛び乗ったネロは、尻尾を揺らした。
「もう少し慎重なタイプだと思ってたんだがな?」
ネロにそう言われて、返す言葉もなかった。
この世界はどんなルールで社会が動いているのだろうか。それを知るまでは、もっと気を引き締めなければならない。
俺は改めて思い直し、手元の修理に意識を集中させた。
「それにしても『買い直せ』か。職人気質なのも分かるが、冷たいな」
効率だけで言えば、正直買った方が早いのだろう。
だが、今まで道具に込められてきた想いまで買い直すことはできない。直して使いたいと思うものには、それだけ強い想いがあるのだから。
周りを確認し、誰もいないことを確かめる。
念のため、ネロにも確認を取った。
「ネロ、周りには誰もいないか?」
「問題ない」
「よし、ではミッションスタートだ」
まずは現在の柄の取り付け部分の清掃からだ。
ポーチからクリーニング用のツールを取り出し、長年の油汚れや錆を丁寧に拭き取っていく。
「これでよし。さて、次は……」
接合部分のサイズや角度を精密に測り、頭の中に完成形を思い描く。
丈夫な木と言ったが、スキルを使う際に強度も上げられる。近くにあった真っ直ぐ伸びた枝を拝借した。
「うん、大丈夫だ。素材は揃った。やるぞ」
手のひらをかざし、構造を理解しながら完成イメージを浮かべ、スキルを発動させる。
「――『Eidolon』!」
素材の周りが青白く光り、木目そのものが流れるように変化していく。
ものの二~三分で、完璧な柄が成形され、耐熱処理まで施された。
カンカンと乾いた音をさせ、鍋と持ち手の強度に問題がないことを確認する。
「これでよし。……ただ、今戻るには少し早すぎるな」
手に持った鍋を見つめながら呟く。
「それにしても、こっちの世界にも雪平鍋なんてあるんだな。これでラーメンとか作ったなー」
「らーめん? なんだそれは?」
「食べ物だよ。小麦を細長く伸ばして作った食べ物を茹でてさ。色んな食材を煮込んだスープに浸して食べるものだ。日本人の大体が好きなはずだ。カレーと一、二を争う人気メニューだな」
「らーめん、かれー……美味いのか?」
「人気店は開店前から行列だ。俺も行ったことはないが、美味いんだろうな」
「構造を理解しろ。食べたい」
「無茶言うなー。こっちで機会があったらな」
ラーメンやカレーの作成か。……ただの料理だな。
そんなくだらない話をネロとしていたら、それなりに良い時間になったので、エドガーのところに戻ることにした。
森を抜け、先ほどの焚き火の近くに差し掛かった時――。
「何者だ!」
勢いよく、鎧を着たデカい男がこちらに向かって猛然と走ってきた。
「えっ、あ、俺は……」
言い終わる前に、大男は近くにあった巨大な棍棒を振り上げ、俺に向かって容赦なく殴りかかってきた。




