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Eidolon ~忘れられた世界で、もう一度~  作者: 秋津 聖


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第13話 信用という商品

「こんにちは!」

営業スマイルで声をかけた。


向こうもこちらに気がつき、穏やかな笑顔を返してくれた。


「こんにちは。こんな街道で他の方と出会うとは思いませんでしたぞ」


柔らかな笑顔。

だが、その視線は俺を静かに観察している。



服装、身だしなみ、話し方。

商談前に相手を見極める視線だ。

……あれは、俺も何度となく向けてきた目だった。

「私もですよ。人に会うのは久しぶりでして……」



「はは、そうですか」

男性は軽く頭を下げた。


「私はアズール共和国で商いをしております。エドガー・ベルナールと申します」

白髪交じりのオールバック。綺麗に整えられた白いあごひげは、先端が小さく束ねられている。

目元には眼鏡。

年齢は四十代後半ほどだろう。

服装は一目で上質と分かるが、華美ではない。

旅の邪魔にならない実用性と品格を兼ね備えた装いだった。


「高尾朔と申します。よろしくお願いします」


……ん?

待て。

俺、普通に会話している。日本語で。

相手も当然のように日本語で返している。

だが、ここは異世界だ、日本語なんて通じる理由がない。


何故だ……?


『転移時に最低限の補正が入っている』

突然、ネロの声が頭の中に響いた。

『言葉を翻訳しているわけじゃない』


『この世界の言語構造を、お前の認識に組み込んだ

だから聞く、話す、読むは問題ない』


……便利すぎないか。

『便利じゃない。必要だっただけだ、異世界で言葉も分からず放り出す方が非効率だからな』


確かに。言葉が通じなければ、情報収集以前の問題だ。


『あと一つ』


『しばらくは俺との会話は念話で行く。まだ、この世界の常識を把握しきれていない

 知性を持つ動物が存在する可能性は否定できないがそれが一般的な存在なのか、特殊な存在なのかは判断できない』


……つまり?

『喋るところを他者に見せるな』


「……」


言いたいことは分かる。


でも。

『……いや、普通は猫が喋るなんて想定しないだろ』


『そうなのか?』


『そうだよ』


『この世界では違う可能性もある』


可能性の話をするな。


……まあ、珍しい存在として扱われるのは俺も困る。


『分かった。しばらくはこのままでいこう』

…………

……


「……失礼しました。少し考え事を」


「いえいえ」


エドガーは穏やかに笑った。

「人と話すのが久しぶりとのことでしたからな」


少し間を置いて、続ける。

「この先のシアーヌ村の方ではないのですね?」


「えぇ。そこの森の中で、理由があってしばらく暮らしておりまして」


「あの森で……」


眼鏡の奥の目が、わずかに細められた。


「故郷を追われましてね」

俺は続ける。

「なんとかあの森へたどり着きました。幸い、命の危険に遭うようなこともなく、今日まで生き延びてきましたが……あの森、何かあるのでしょうか?」


異世界から来た。

その部分だけを伏せた。

嘘ではない、話す必要のない事実を隠しているだけだ。


エドガーは黙って俺を見る。


服、靴、そして背負っているリュック。


「失礼を承知で申し上げますが……故郷を追われたというお話と、今のあなたの身なりが少々結びつきませんな」


やはり、そこを見るか。

「服は故郷では一般的なものです」


俺は穏やかに答える。

「追われる際に、一張羅と仕事道具だけは何とか持ち出せまして」


「仕事道具……ですか」


「えぇ」


「どのようなお仕事を?」


「修理業を少々」


その瞬間、眼鏡の奥の目が変わった。


先ほどまで旅人を見る目ではない。


商人が価値を見極める目。


「修理……ですか」


「はい」


「それは興味深い」


エドガーは少し考えるように、あごひげへ手を添えた。


「ちょうど昼食にしようと思っていたところです」


穏やかな笑顔。

「よろしければご一緒しませんか? 食事をしながら、お話を伺いたい」


完全に警戒が解けたわけではない。

だが、俺に価値があるかどうかを見極める段階には入った。


願ってもない。

「ありがたく、お受けします」


「ではこちらへ。護衛の者たちも、間もなく斥候から戻る頃でしょう」


温かいスープを受け取りながら考える。


情報。

信用。

そして、自分が提供できる価値。


異世界でも、それは変わらない。

まずはこちらから差し出す。


「エドガーさん」


「はい?」


俺は荷馬車へ目を向けた。


「旅では、小さな不具合が大きな事故につながります」


眼鏡の奥の目が、わずかに動いた。


「荷馬車でも道具でも構いません。気になるところがあれば、一度見させていただけませんか」


少しだけ笑う。


「こう見えて、修理には少し自信があります」


数秒の沈黙。


エドガー・ベルナールの眼鏡の奥の目が、静かに細められた。


それは先ほどまでの旅人を見る目ではない。

目の前にいる男が、どれほどの価値を持つのか。

一人の商人として見極める目だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


エドガーの商人の目に対し、プロとしての第一歩を踏み出した朔。

次回はいよいよ荷馬車の診断と修理に取りかかります!


「面白かった!」「どう直すのか続きが気になる!」と少しでも思っていただけましたら、

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