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Eidolon ~忘れられた世界で、もう一度~  作者: 秋津 聖


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第11話 森との決別


ログハウスが完成してから、数日が経った。


生活はかなり安定していた。


雨風を防げる家がある。

寝る場所がある。

道具を置く場所もある。


森の中で生きるという意味では、もう十分だった。


だが。


「――やっぱり、非効率だよな」


俺は浴室の外に作った湯沸かし設備を見る。


大きな瓶。

その下では薪が燃えていて、ただ水を温めているだけの簡単な仕組みだ。

少しでもお湯を張る際の移動時間を減らすために作ったものだったが――。


「なんとかできないか……」


問題はまだ残っている。

水を温める。浴槽まで運ぶ。温度を確認する。

毎回同じ作業を繰り返す。

元の世界なら、蛇口をひねれば終わる作業だ。


もちろん、この世界で同じものを作れるとは思っていない。

材料もない。技術もない。

それでも、改善できるところはあるはずだ。


俺は瓶を見る。

「……」

そこで、ふと思いついた。


「この瓶の下部に栓を付けて、浴槽より高い場所に設置すれば勝手に流れるか?」

水は高い場所から低い場所へ流れる。

子供の頃に見た流しそうめんと同じ発想だ。

「我ながらいい案だと思う」


早速試してみる。

「――『Eidolon』!」


光が広がる。

大きなかまどの上に、先ほどまで使っていた瓶が設置される。高さは3mほど。整備しやすいように、横にはしごまで作られている。

「……便利だな、Eidolon」

思ったよりすんなり出来た。

少し普段より疲れてる気がするが、力仕事のせいだろう。

そう思って気にするのはやめた。


瓶の下には簡易的な蛇口。

小さなピンを上げると、水が流れる仕組みだ。

その先には木製の水路。草津温泉で見た木樋のようなものを思い出し、それに近い形で作った。

水路の先は浴槽へ繋がっている。


「さて……」

果たして、これで上手くいくのか。

検証開始だ。


結果。

見事に問題だらけだった。


まず、水を瓶の中へ入れる作業。

これが想像以上に大変だった。

高さ3m。そこまで毎回水を運ばなければならない。

「……逆じゃないか?」

水を楽にするための設備なのに、水を入れる作業が一番大変になっている。


次に湯量。

瓶が大きすぎる。必要以上の水を温めてしまう。

「なら、サイズを変えればいい」

瓶を小型化し、浴槽に必要な量だけ溜められる大きさに変更する。これは解決した。


最後は、温度だ。

これだけは簡単にはいかなかった。

水を温めるには時間がかかる。火力を上げれば早くなるが、薪の消費も増え、安全性も落ちる。

「……」

今の俺の知識だけでは、ここが限界だった。


だが、失敗ではない。

トライ・アンド・エラーだ。

問題が分かったなら、次の改善に繋げられる。


まず、水を瓶へ運ぶ問題。

これは直接川から引けばいい。幸い、森の奥には少し標高の高い場所を流する支流があった。そこから水路を伸ばせば、高低差を利用して自然に水を送れる。


『Eidolon』を駆使し、水路を伸ばす。

途中で分岐させれば、飲み水以外の生活用水としても使える。結果的に、毎日の水汲みの時間を大幅に減らすことができた。


このスキルも、以前ならただ木を加工するだけだった。

しかし今は少し違う。

水の流れ。傾斜。接続部分。

作りたいものの構造が、頭の中にクリアに浮かぶ。スキルも着実に成長しているようだ。


次に濾過。

川の水をそのまま飲むのは少し不安だったので普段から濾過装置を作り飲水としていたが、この際水路の途中に組み込んでしまおう。


小学校の理科の実験。

砂。小石。炭。布。

簡易的な濾過装置。

「まさか、こんなところで役立つとはな」

人生で覚えた知識は、意外な場所で役に立つものだ。


風呂の改善作業を続けながら、ふと考えていた。

人間の時間は有限だ。

この世界には、もっと効率のいい方法があるのではないか。


「この世界の文明レベルって、どのくらいなんだ?」


俺は半年以上、森の中だけで生活していた。

現代の家に比べて住み心地は良かった。水もある。食料もある。

だから、忘れていた。

この世界へ来た理由。言われた言葉を。


『世界を直せ』


そのための『Eidolon』。

もしこの世界が現代と同じくらいの文明なら、給湯器のような設備だって存在するかもしれない。


「なあ、ネロ」


「なんだ?」


「風呂には絶対入らないぞ」


「いつか、絶対入ってもらう」


「断る」


「じゃなくて」

俺は続ける。


「この世界のこと、知らないんだよな?」


ネロは少し間を置いて答えた。


「あぁ……知らないな」


「見に行こうか?」


「世界をか?」


「給湯器を、な」


「どれだけ風呂が好きなんだよ、お前」

ネロに盛大に呆れられた。


「それも目的だけどさ」


俺は笑う。

「ここに来る前に言われた『世界を直せ』って。そのための『Eidolon』なんじゃないか?」


ここに来てから半年以上。

森の中で暮らしていた。快適だった。


誰かに指示されることもない。自分の知識と技術で環境を作る

。自分で考えて、自分で改善する。

これが自由なのかもしれない。


元の世界では違った。

上司や社長からの指示は常に優先してやってきた。

それが嫌だったわけじゃない。

頼られること自体は嫌いじゃなかった。

問題は、終わりがなかったことだ。

上からも、横からも、下からも――。


必要なら改善した。

10だった仕事は増えた。50になった。100になった。

そして、気付いた時には限界ぎりぎりだった。


でも今は違う。

自分の意思で動いている。


「直すのは好きなんだろ?」

ネロが言う。


「あぁ、好きだね」

壊れたものが直った時。使えなかったものが使えるようになった時。

その達成感と瞬間が好きだった。

「世界を直した時、どれほどのものになるのか」

考えるだけで、背中が少し震える。


「未知への挑戦か。異世界転移っぽいな」

ネロが少し呆れたように、でもどこか嬉しそうに言う。

「やっと動いてくれるのか。待ちくたびれたよ」


疑問に思った。

「ナビゲーターだろ? 言えばよかったじゃないか。『早く行け』って」


「……」

ネロが目を逸らす。

「何だよ?」

「まさか……お前もこの生活に満足していたんじゃないか?」


「ばっ!」

珍しくネロが声を荒げた。

「自主性を大事にしていただけだ! 命令されて動いても長く続かないだろ?」


……。

図星かよ。

俺は笑う。


「準備したら、行こう」

ネロを見る。


「新しい世界に――」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回は、朔の森での生活改善回でした。

異世界生活というと、魔法や戦闘を想像する方も多いと思いますが、朔の場合はまず「どう快適に生きるか」から始まります。

水を引く。

道具を作る。

失敗したら原因を考える。

派手さはありませんが、こういう積み重ねが文明を作っていくのではないかと思っています。

まさにトライ・アンド・エラーです。


そして、ついに朔は森の外へ向かう決意をしました。

半年以上過ごした森。

そこは朔にとって、初めて自分の意思だけで作り上げた場所でした。

次回からは、いよいよこの世界について知っていくことになります。

果たして、この世界の文明レベルはどの程度なのか。

Eidolonとは本当に何なのか。


次回もよろしくお願いします。


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