第10話 問題発見と改善作業
ログハウスが完成してから、数日が経った。
改めて外から見上げると、本当にデカい。
二階建て、雨風を防ぐ分厚い壁。
今まで暮らしていた6畳ほどの小屋とは、比べ物にならなかった。
「……」
俺は入口の前で立ち止まる。
「これ、本当に俺の家なんだよな……。元の世界じゃ、狭い1K暮らしだったのに」
「1K?」
ネロが「なんだそれ?」という顔で聞いてくる。
「一つの部屋と、小さな台所があるだけの狭い部屋だよ」
改めて言葉にして説明すると、なんだか悲しい気持ちになってくるな。
「それが君のかつての住居だったのか」
「まあな」
仕事から帰って、コンビニ飯を食べて、泥のように寝る。
ただそれだけの往復だった日も多かった。
そんな自分が、今では異世界の森の中で「庭付き一戸建て」に住んでいる。
「人生、本当に何があるか分からないな」
「異世界転移を経験しておいて、感心するポイントがそこなのか?」
「いや、ここも相当デカいポイントだろ」
だが、現状重大な問題がある。
外観(箱)は完成した。……だが、中身が圧倒的に足りない。
「……」
広々とした室内。何もない空間。あるのは木目の床と壁だけ。
「家というより、ただの巨大な木箱だな」
「雨風を防ぎ、寝食を行う住居としての機能は既に果たしていると思うが?」
「猫はそうかもしれないけど、人間はそれだけじゃ満足できない生き物なんだよ」
ネロは不思議そうに首を傾げる。
「まず必要なのは……」
俺は腕を組み、元店長らしく業務の優先順位を組み立てる。
「よし……寝床だ」
ベッド。
これはすぐに仕様が決まった。
元の世界で使っていた愛用のマットレスとフレームを思い出す。
これは簡単だった。
寝具だけは、家具の中でも一番こだわっていたからだ。
いくつものメーカーのベッドやマットレスのカタログを集め、構造まで吟味しながら選んでいたため、構造は深く理解している。
サイズ、高さ、フレームの構造、寝心地。細部まで頭の中でイメージを構築する。
完全に同じ素材は無理だが、構造の理解なら十分に記憶にある。
「――『Eidolon』」
光が広がり、木材が精巧に組み上がっていく。
数秒後、重厚な木製ベッドフレームが完成した。
「……おお」
表面に触れる。ちゃんとした滑らかな木の感触だ。
自作の葉っぱ布団を敷き、その上に横になってみる。
「……っ」
思わず深く目を閉じた。
「……久しぶりだな、この感触」
森でのサバイバル生活。
決して辛いことばかりではなかった。
だが、地面の上に寝るでもなく、固い簡易寝具でもない。
背中をしっかり支えてくれるベッド。
身体だけではなく、精神までゆっくり緩んでいく感覚があった。
「たかが寝床一つで、そこまで表情が変わるものなのか?」
「重要どころの話じゃないぞ!」
俺は即答する。
「質の良い睡眠は、すべてのパフォーマンスの基盤だからな」
さて、次だ。
次に解決すべき、俺にとって絶対に譲れない問題――それは『風呂』だった。
「風呂を作るぞ」
「……風呂? 身体を洗うだけなら、川で十分ではないか?」
「甘い! 湯船に浸かるんだよ。これは日本人として、いや人間として絶対に譲れない!」
一日の疲れをリセットし、精神の余白を取り戻す場所。
それが風呂だ。
まず浴槽。試行錯誤の結果作れた。
形、材質、水漏れを防ぐための木の噛み合わせ構造。
頭の中でロジックが繋がった。
「『Eidolon』」 光が収まり、立派な木製の風呂桶が完成した。
「よし、完璧だ!」
そう歓声を上げた……次の瞬間、俺は重大な問題に気づいて フリーズした。
「どうした?」
「……お湯ない」
「水場から水を運んで入れればいいのでは?」
「冷水風呂に入れってか!? 凍えるわ!」
俺は頭を抱えた。 元の世界の風呂。
蛇口をひねる。給湯器のボタンを押す。
それだけで、いつでも適温の温かいお湯が自動で出てくる。
だが、この森には電気もガスも、水道管だって存在しない。
「便利な生活って……見えないところで恐ろしいほどの技術とインフラが動いてたんだな……」
文明のありがたみを、異世界で骨身に染みて実感する。
(なら、給湯器のシステムをEidolonで……!)
一瞬そう考え、回路や加熱パイプの構造をイメージしようとした。
だが――頭の中にモヤがかかり、ロジックが途切れる。
「……駄目だ。作れない。構造の理解が根本的に足りてない」
さすがに、構造や原理を理解していないものは作れない。
この能力があっても、俺自身の理解が足りなければ形にはならない。
それを改めて確認した。
「万能ではないのな、このスキル」
結局、その日は泥臭い力技を選択した。
屋外で焚き火を起こし、巨大な鍋で何度も湯を沸かす。
それをバケツで何度も往復して浴槽へと運ぶ。
数時間後――。
「……ぜぇ……ぜぇ……疲れた……」
「極めて非効率的な作業だな」
呆れ顔のネロに、俺は肩で息をしながら答える。
「……分かってるよ! 毎日これは体が持たない、早めに問題解決をしないと」
ならば、次はどう改善するか? 火、水、熱伝導。
温めた水を重力で移動させる仕組み。
現代の複雑な給湯器は無理でも、もっとシンプルなシステムなら、俺の理解力でも構築できるはず。
だが――苦労して溜めた湯船に身体を沈めた瞬間、そんな愚痴は一瞬で吹き飛んだ。
「……あ゛ぁ~~~~~……」
思わず、おっさんみたいな声が漏れた。
……いや、おっさんだから間違ってはいない。
「……溜めるまでは地獄だったが……最高だ……」
見知らぬ異世界。
それでも、温かい湯に包まれているこの瞬間だけは、元の世界で過ごしていた日常の癒やしと何一つ変わらなかった。
「……私には理解できないな」
脱衣所から、ネロが冷ややかな視線を送ってくる。
「何がだ?」
「わざわざ苦労してお湯を溜め、ただ水に浸かっているだけではないか」
「猫は水が苦手だもんな。この至福はわからないか」
俺は湯船の縁に頭を預け、目を閉じた。
「人間はな、こういう無駄で贅沢な『余白』があるから、明日もまた頑張れるんだよ」
風呂から上がり、手作りの手ぬぐいで身体を拭く。
外に出ると、夜風が火照った身体に心地よく吹き抜けていった。
見上げるログハウス。
まだ足りないものだらけだ。
家具も、ちゃんとした調理場も、素材を溜める収納も、安定した野菜を作る畑も。
やるべき改善は山ほどある。
だが、焦る必要はない。
一つずつ問題を見つけ、
一つずつ改善していけばいい。
明日の予定は決まっている。
次は、水だ。
毎日川まで何往復もする生活は、
さすがに改善したい。
俺たちの新しい生活は、まだ始まったばかりだ。




