第6話 コルピエアルクオレ
こんにちはこんばんは田原武馬です。
ウェディングリリー6話目です!
それではどうぞ。
登場人馬 プロフィール
◆アルトン・アンダーソン(27)
アメリカから来た青い瞳の天才ジョッキー。
来日からわずか3年で
G1レースを15勝している。
◆堀口新二(45)
美浦トレーニングセンターの競走馬調教師。
大手牧場や馬主とつながりが深く、数々の実力馬を管理している、名トレーナー。
丁寧な物腰で真面目だが、心配性。
◆黒川典房(50)
美浦所属のいぶし銀ジョッキー。
逃げの名手と言われている。追い込み馬を逃げさせ、勝利に導くことが出来るほどの妙技の持ち主。
たまに逃げ馬を最後方で控えさせたりもする。行動が読めないため、一部のファンからの人気が高い。
◆コルピエアルクオレ
競走馬 黒鹿毛
美浦の堀口厩舎所属。
主戦騎手 アルトン・アンダーソン
感情をあまり表に出さず何を考えているか分からない。
だが、その末脚は一級品。
メスの二歳馬。
◆ダンガンハリケーン
競走馬 鹿毛
臆病な性格で馬群に入ることを嫌う。
逃げの名手として名高い黒川典房を主戦に迎え、逃げ馬として覚醒した。
メスの二歳馬。
九月、うだるような暑さは鳴りを潜め、夏から秋への移り変わりを予感させる。
早朝にもなると少し寒いぐらいだ。
そんな中でも厩舎の朝は早い。
外はまだ暗い内から調教の準備、馬の健康チェックなどやる事は沢山ある。
それは美浦トレーニングセンター所属の調教師、堀口新二にとっても例外ではない。
朝は四時には起き、馬の健康チェックに向かう。
先ずは馬房内で馬装点検をしている厩務員の荒川に声をかける。
「荒川さん、コルピエアルクオレの調子はいかがですか?」
「先生、コルピ、絶好調ですよ。あの圧勝の後でも足元も問題ないし、次のサウジアラビアRCにも問題なく使えると思います」
「そうですか。それはよかった」
堀口は満足そうに頷いた。
イタリア語で、心臓を刺す。という馬名意味を持つコルピエアルクオレは、堀口が現れた際も視線一つ動かさず、微動だにしない。
小柄で艶のある漆黒の馬体、額には白く細い針のような流星が走っている。
長いまつ毛を蓄えているが鋭い目をしている。
その瞳の奥は冷たく、二歳牝馬とは思えない威圧感を醸し出している。
競馬会において最大規模のオーナーブリーダー(生産牧場を所有している馬主)ハイエストファームの所有馬であり、牧場の数ある二歳馬の中でもかなりの期待をかけられてきた。
母は海外のG1を二勝したラガッツァベッラ、父はアメリカの大種牡馬、ピアシングハートだ。
優秀な血統に加え、幼いころよりハイエストファームが有する最新鋭の設備とハードな育成メニューをこなしてきたエリートである。
そんな彼女だが、無表情ながら耳は横に寝かせており、リラックスしている事が伺える。担当厩務員の荒川にだけは心を開いているのだ。
コルピエアルクオレはアメリカから来た天才ジョッキー、アルトン・アンダーソンを背に、七月の札幌競馬場の芝1600m新馬戦を大差(十馬身)勝ちという鮮烈なデビューを飾った。
アルトンはレース後、青い目を輝かせ、興奮した様子でこう語った。
「コルピエアルクオレ、この馬のレベルは二歳のガールとは思えまセン。同世代ではまず負けることはないでショウ。牝馬三冠は通過点だと思いマス」
牝馬三冠とは桜花賞、オークス、秋華賞という三つのG1レースをすべて勝利した牝馬に与えられる称号である。
しかしそんなコルピエアルクオレにも弱点があった。体質のためか、どれだけ飼葉を与えても体が大きくならず、調教やレースで大きな負荷をかけると体重を減らしてしまうのだ。
なので堀口はコルピエアルクオレにハードな調教を課した事がない。それはまだ、コルピエ自身を一度も100%で仕上げられていない事を意味していた。
では荒川さん、頼みますよ。堀口はそう言い残し、他のスタッフにも声をかけて回った。
「それでは皆さん。今日もよろしくお願いします」
「ハイ!」
堀口厩舎スタッフの声が響く。朝のミーティングが終わりそれぞれが馬房へと散っていった。
その後は調教のため、担当馬と運動場へ向かうのだ。
堀口も運動場の馬場沿いに設置された美浦の調教スタンドに向かう。これは四階建ての大きな窓が目立つ建物で、屋外のスタンドからはダートコースや坂路コースが一望できる。
堀口は他の調教師への挨拶もそこそこにストップウォッチと双眼鏡を構え、管理場達を待つ。
遠くのコースを双眼鏡で覗いていると、堀口の厩舎カラーであるスカイブルーのジャケットに身を包んだ二人が見えた。
手前にいるのが荒川だ。騎乗馬はコルピエアルクオレである。
奥にいるスタッフも堀口厩舎のベテランで、騎乗馬は昨年の皐月賞馬、ウルスグングニルである。
今回、コルピエアルクオレの次走、サウジアラビアRCの一週前追切という事で同厩舎の先輩馬に調教の併せをしてもらっている。
G1馬が出ている調教なので話題性もあり、スタンドにはスポーツ新聞の記者や他の競馬関係者で賑わっていた。
「堀口先生、今日はなんでまた、新馬を勝ったばかりの二歳馬にグングニルをぶつけるんです?かわいそうじゃないですか」
記者がへらへらとした態度で聞いてきた。
堀口はあまり気にせず適当に返事をし、双眼鏡を構え直す。
二頭の馬が細かい木片の敷き詰められた平坦なコースに入り、走り出す。
ウルスグングニルが先行しコルピエアルクオレは後から追いかける形になる。
最初の勢いはグングニルが楽な手応えで勝っていたが、ラスト200m、荒川が手綱を一度動かし、コルピエにゴーサインを出した。
刹那、コルピエアルクオレの姿は影となり、ウルスグングニルを飲み込んだ。そして最後は二馬身も差をつけてゴールの標識を通過した。
堀口が手元のストップウォッチを確認すると、ラスト200mのタイムが10.9秒と出ていた。
二歳馬のウッドチップコース、ラスト200mの平均タイムが11.9秒であり、それより1秒も速いことになる。
他の調教師や記者から感嘆の声が聞こえてくる。
コルピエアルクオレはまだ本気ではない。にもかかわらず自分よりも二回りほど体格の大きいオス馬、それもG1馬を相手に軽々と先着してみせた。
底の見えないそのポテンシャルに、堀口は笑みを浮かべつつも畏怖の念を抱いた。
一週間後、コルピエアルクオレはアルトンを背に坂路コースで最終追切を終えた。坂路とは上り坂になっているコースのことで、筋力強化やスタミナアップにつながるものだ。しかし ウッドチップコースの調教より強い負荷がかかる。
心配していた堀口に対し引き上げてきたアルトンはニヤッと笑い、親指を立てて見せた。
「彼女言ってまシタ。『まだ足りない』と」
◇◇◇
十月十日 サウジアラビアRC当日
東京競馬場で行われるこの重賞は、芝の1600m、二歳馬限定の牡馬牝馬混合戦である。
「九頭、全馬ゲートに収まります……。スタートしました!一頭タイミングが合いません。5番コルピエアルクオレ、後ろからになります。先行争い、内の1番ダンガンハリケーンが行く構え、そのやや後方にいるのが6番マウントレコード……」
コルピエアルクオレはゲートの出が他の馬より一呼吸遅れ、最後方からのスタートになってしまった。
東京の芝1600m、コーナー二つのマイル戦での出遅れは、二歳の馬にとってはかなりの痛手だ。
しかし鞍上のアルトンに焦りの表情は見られない。
「それが君の選択がそれならワタシは付き合おう」
アルトンは独り言のように呟き、笑った。
向こう正面の中間地点、コルピエアルクオレの目の前では、先行争いに加わらなかった馬達がけん制しあい、消耗戦が展開されている。
先頭を行くダンガンハリケーンのペースが速すぎるのだ。ついていけばスタミナがなくなり、捕まえなければそのまま逃がしてしまう。
アナウンサーの声が響く。
「最終コーナーに差し掛かり各馬一気に動いた。ダンガンハリケーンを6番マウントレコードが早くも捕まえに行く。その後方に2番ウルスリコリス8番フィガリ並んで三、四番手。五番手が9番グッバイボーイ。その後7番ライフセーバー、後方に3番トウジ、4番ジルオーケストラと続きます。一番人気コルピエアルクオレはまだ最後方です。」
他の馬がしびれを切らして前に殺到していく中、アルトンとコルピエはまだ動かない。
「九頭、最後の直線に向きました!先頭はダンガンハリケーン、鞍上黒川の鞭が飛ぶ、二馬身、三馬身とリードを広げます!二番手で追っているマウントレコード少し苦しいか、三番手に8番フィガリが追ってきている!」
残り300m地点、スタンドからは客の絶叫や歓声が聞こえてくる。
応援、喜び、怒号、すべてが渦のように混ざり、一つの音の波を生み出している。
その時、コルピエアルクオレが耳を後ろに伏せ、後ろ脚の踏み込みに力が入る。
アルトンは密集する馬群を横目に見ながら、手綱を前に押し出しゴーサインを出した。
「Let's go little girl!」
滑らかなゴムまりのような筋肉が膨張し、あっという間に加速した。
中段で走っている馬達を遥か後方の景色にし、その前を行くマウントレコードをも、あっという間に置き去りにする。
「外からコルピエアルクオレ!二番手マウントレコードをかわす!坂を上りきって残り200m!」
アナウンサーがそう言い終わる時には既に、コルピエアルクオレがダンガンハリケーンをかわし先頭に立っていた。
「コルピエアルクオレ、ダンガンハリケーンに並びかけるか!いや、並ばない!あっという間にかわしたかわした!」
コルピエアルクオレの小さな背中は加速を続ける。
「二番手争いは1番ダンガンハリケーンと6番マウントレコードだが、完全に抜け出した!5番コルピエアルクオレ、その差を五馬身、六馬身と広げる!圧勝だ!ゴールイン!」
電光掲示板に、勝利タイムは1分32秒0と表示され、その上にはレコードの赤い文字が灯っていた。
その後、勝利騎手インタビューでコルピエアルクオレの次走は阪神ジュベナイルフィリーズに出走することが明かされた。
「彼女は本当に賢い強い馬デス。同い年にはセイムレベルの馬イマセン。阪神ジュベナイルフィリーズはG1だけど勝つ自信、ありマス!」
一方、京都競馬場の検量室のモニターでシュンヤと大護とこのレースを見ていた。
大護は苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「シュンヤ、ありゃ強すぎる。従来のレコードを0.7秒も更新だってよ。おまけに最初のあれは出遅れなんかじゃねぇ。馬自身が馬群での消耗を嫌って、自らの意思で最後方を選択したんだ。俺にはそう見えたね。」
シュンヤも神妙な面持ちで返事をする。
「コルピエアルクオレ、確かにこの馬のレースセンスはずば抜けている。ですが先生、僕はリリーの強さを信じています。まずは二週間後、アルテミスステークスで結果を出します」
……
二週間後、十月二十四日
ウェディングリリーと久我シュンヤはサウジアラビアRCとコース、距離ともに同じアルテミスステークスを逃げ切り、勝利した。
「逃げる逃げる!大楽勝!ウェディングリリー、アルテミスステークス制覇!鞍上の久我シュンヤ騎手は重賞初勝利となります!!」
勝利タイムは1分32秒0。奇しくもコルピエアルクオレと全く同じタイムであった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
次回もお楽しみに!
ウェディングリリーのプロフィール↓
2月10日生まれ 白毛
調教師 大護竜一郎
馬主 佐々木伊三郎
生産牧場 芹澤ファーム
馬体重 482キロ(前走時)
父:アッシュウイング
母:ホワイトヴェール
二戦二勝
主な勝鞍 アルテミスステークス(G3)




