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白毛馬ウェディングリリー~純白女王の軌跡~  作者: 田原武馬
第二章 三歳クラシック編 前半
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13/26

第11話 桜のつぼみ

こんにちはこんばんは。田原武馬です。

ウェディングリリー11話目です。

それではどうぞ!

 ――二月中旬。

 シュンヤはジャンヌフラッグとの勝利以降、順調に勝ち鞍を増やしていた。二週間で京都のメインレースを含めた十二勝をあげた。

 競馬ファンの間でも『乗れる若手騎手』として久我シュンヤの名前は徐々に認知されていった。


 早朝、シュンヤは栗東トレセンに続く坂道を、愛用のロードバイクで走っていた。

 この道は四月になると桜が満開になる。

 上に目をやると、膨らみかけた桜の蕾(つぼみ)が街灯に照らされていた。

「桜が咲く頃、僕とリリーはどうしているかな」

 呟いた言葉は、誰に届くこともなく、背後に消えていった。


 大護厩舎につき、急いで安全防護ベストを着込む。

 その上から大護厩舎のカラーである黄色いブルゾンを着る。その他ブーツやグローブ、プロテクターを素早く身につける。ヘルメットは騎手専用の青色のもの。

 シュンヤは立ち上がり両手で頬をパン!と叩く。

 今日からウェディングリリーの調教だ。

 四月の桜花賞に向け、本格的なトレーニングが始まる。

 シュンヤはリリーの帰厩後、ファーストコンタクトを任されていた。


 シュンヤが外に出ると、厩舎の入口を背にして立つ白馬が見えた。

 ウェディングリリーだ。朝日を受け、輪郭を燃えるような橙色に染めている。

 鳥飼に足を上げてもらいヒョイ、と跨る。

「リリー!また大きくなったね!」

 以前に比べ、リリーの背腰の位置が上がっている。腰や臀部など、後肢の筋肉が成長している証だ。

「ちょっとシュンヤ!レディに向かって最初に言う言葉がそれ?可愛くなったね。とか綺麗になった!とかもっとあるでしょう!」

「ごめんごめん。綺麗だよ。リリー」

「フ、フン!わかればいいのよ!」

 怒っている風な態度を取っているが、耳が横にふわっと垂れている。嬉しいのだ。

 馬の感情は耳の向きを見ればわかる。

 シュンヤそれを言葉には出さず笑いを噛み殺した。

「それじゃ、行こうか」



「シュンヤ、私がいない間、なにか面白い事あった?」

 運動場までの道すがら二人はのんびりと話していた。舗装された道にウェディングリリーのカツカツという小気味良い足音が響いている。


「そうだなー……鳥飼さんが干し草の中にずっこけたとか、大護先生の帽子が風で飛ばされて池に落ちたとかはあったけど……」

「なんだかつまらないわね」

「あとは……ジャンヌフラッグと一緒に勝ったよ!」

「ジャンヌちゃんと?それを先に言いなさいよ!」

「ジャンヌ、凄かったよ。狭い馬群の中を縫(ぬ)って末脚爆発!って感じで」

「フフン。そうでしょうね。私が走るコツを教えたんだから」

「彼女は馬群にいると落ち着くらしくてね。ジャンヌの身体の動き、呼吸を感じて導いたんだ。一体感っていうかそういうのを感じたよ」

「そ、そうなのね」

「あの日以来、騎手として成長できた気がするんだ。レース後、宮本さんが泣きながら抱き着いてきて困ったよ。鳥飼さんが引き離してくれたから良かったんだけど。でも宮本さんのあの幸せそうな顔は嬉しかったな」

「……」

 感傷に浸りながら話すシュンヤ。しかしリリーの首筋に徐々に浮き出る血管には気が付いていない。

「リリー?」

 返事がないためふと視線を下げると、リリーの耳が後ろ向きに絞られている。不満がある時のサインだ!

 歩みも心無しかズンズンと乱暴になっている。

「リリー、もしかして怒ってる?」

「……怒ってないわよ。私がいない間にジャンヌちゃんとそんなに仲良くなって、しかも人間の女とも仲良くなってて!」

「そんなつもりじゃ……!」

 目の前に運動場が現れ、シュンヤの言葉はそこで途切れた。

「まあいいわ。行きましょう。私たちの目標は桜花賞ですものね」

 そんなリリーの言葉にシュンヤは内心胸を撫で下ろす。

「そうだよ。そのために今日はウッドチップコースで単走調教だ。」


 しかし、リリーはWC(ウッドチップ)コースに入る否や、後ろ脚を跳ね上げ、ギュン!と駆け出してしまった。

 とてつもない加速にシュンヤは一瞬体を置いていかれそうになる。

「まだ合図を出していないよ!リリー!」

「聞こえないわー!」

 不機嫌そうな声が風に乗って聞こえてきた。

(リリー、すっごい怒ってる!だけど、それよりも、このスピード……!)

 リリーの武器であるスタートの加速力が更に磨きがかかっている。

 風が耳の横でビュンビュンと鳴ってうるさいぐらいだ。

「凄いよリリー!!やっぱり君は最高だ!」

 200m、400m、リリーの速度は衰えない。

 シュンヤは必死でリリーにしがみつく。

 油断すれば体を前に投げ出されそうになる。

 それほどの凄まじい動きだ。


 手綱からジン、と熱い感情が流れ込んできた。

「あなたの一番は私だけなんだから!私だけを見ていなさい!シュンヤ!」

 シュンヤはリリーの言葉に一瞬、目を見開いたが口の端をニヤっと吊り上げた。

「もちろん!僕の一番は君だけだ!リリー!」

 幸せを噛みしめながらその言葉を放った。


 遠くからその様子を双眼鏡でのぞいていた大護はポツリと漏らす。

「リリーのやつ、ありゃまた暴走してねえか?いや……」

 鞍上のシュンヤを見ると、表情に焦りは見られないどころか笑みを浮かべている。

 「アイツ、何か掴んだな」

 大護は、弟子(シュンヤ)の遠くなっていく背中を見つめ、呟いた。


 その後シュンヤは、大護、鳥飼と共に、厩舎の休憩ルームで机を囲み顔を突き合わせていた。


 大護が口を開く。トレードマークのサングラスも相まってかなりの迫力だ。


「シュンヤ、今回俺はあえて、タイムなんかの指示をしなかった。あのリリーの加速、あれはどう見ても11秒台は切っていた。しかも馬なりでだ。あれは本当に暴走じゃなかったんだよな?」


「ええ、先生。僕が保証します。あれがリリーの自然な走りなんです。筋肉の鼓動を、生命のリズムを感じました。最初から他の馬を気にして速度を抑える必要なんて無いんです。あれがリリーの一番いい形だってわかりましたから」


「ちょいちょいちょい、シュンヤ、調教ならいいかもしれないけど、レース本番であんな足を最初っから使ってたらバテちまうぞ」


「シュンヤ、俺も鳥飼に賛成だ。最初っから速度を抑えない?大逃げってやつだな。だけどな、リリーは馬群で足を溜める事が出来る馬なんだ。リリーの今後を思うなら、差しか先行馬として育てた方がいいと思う。大逃げなんてのは最終手段みたいなもんだよ」


 大逃げとはスタートから飛ばして走り、道中は後続に五から十馬身以上差をつける戦法の事だ。大抵最後にはスタミナが切れてしまうので、直線は道中のリードを活かしての逃げ粘りを図る事になる。諸刃の剣のような戦法である。


 しかし、シュンヤは自信たっぷりといった様子で腰に手を当て言い放つ。

「先生が言った足を溜めること、そしてスタートの速さを活かした大逃げ、リリーならどちらも兼ね備えた走りが出来ます!」


 「二週間後、それをお見せしますよ。名付けて『真・大逃げ戦法』です!」

「名前なんとかならなかったのか」

 ドヤ顔で披露するシュンヤに鳥飼がツッコむ。 


―そして二週間後

 再びウッドチップコースで走るウェディングリリーは、重賞勝ち馬であるアルダロスを一切寄せ付けず、ゴールの標識を駆け抜けた。


「確かに、あれなら、リリーの良さが活きる。考えたじゃねえか」

「現状コルピエアルクオレを倒すならこれしか無いかもな……!」

 大護と鳥飼はリリーの新たな走りに納得したようで、少し興奮気味だ。


「見ましたか?これが『真・大逃げ戦法』です!」

 もう一度ドヤ顔で言ってみる。


「走りは納得したけど、やっぱそれダサくないか?」

シュンヤはそっぽを向き、鳥飼の言葉に聞こえないふりをした。


「あと約一ヶ月、大逃げ戦法に磨きをかけます。絶対勝ちましょう!桜花賞!!」

「おうよ!」

「ああ!」

 男達の声が、僅かに暖かみを帯びた風の中へ溶けていった。


――桜の季節が、もうすぐやってくる。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回はいよいよ桜花賞です!!

お楽しみに!

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