閑話 レーヌドールの挑戦
こんにちはこんばんは。
田原武馬です。
今回は間話です。
レーヌドールと星勝義が主役です。
それではどうぞ!
登場人馬プロフィール
◆星勝義(48)
ジョッキーとして三十年のキャリアを持つベテラン。
最多G1勝利や歴代最多勝利など数多くの記録を保持している。いつも笑顔を浮かべている。
◆黒川典房(50)
美浦所属のいぶし銀ジョッキー。
逃げの名手と言われている。追い込み馬を逃げさせ、勝利に導くことが出来るほどの妙技の持ち主。たまに逃げ馬を最後方で控えさせたりもする。行動が読めないため、一部のファンからの人気が高い。
◆アルトン・アンダーソン(27)
アメリカから来た青い瞳の天才ジョッキー。
来日からわずか3年で
G1レースを16勝している。
◆レーヌドール
競走馬 尾花栗毛
主戦騎手 星勝義
栗東の豊彦厩舎所属。
牝馬ながらムキムキマッチョ。
メスの二歳馬
◆グロウコマンド
競走馬 鹿毛
主戦騎手 アルトン・アンダーソン
栗東の堀口厩舎所属。
無敗の三冠馬を父に持つ。
オスの二歳馬
◆ウルスチャクラム
競走馬 栗毛
主戦騎手 黒川典房
美浦の手越厩舎所属
新馬戦で逃げ切り勝ちを収めているが……?
オスの二歳馬
さて、皆さんレーヌドールという金髪のムキムキ牝馬を覚えているだろうか。
ウェディングリリーの新馬戦で惜しくも二着に敗れた栗毛の競走馬だ。
レーヌドールはデビュー前からレジェンド騎手、星勝義騎手が目をかけていた競走馬である。
彼はデビュー前のレーヌを見て、フランスのG1凱旋門賞を目指せると評価した。
今回はそんな彼女の生い立ち、そして彼女の挑戦の序章を見ていこう。
三月三日、北海道安平町に位置する大牧場、ハイエストファームで彼女は産まれた。
母はアメリカのダートで活躍し、重賞を三つ勝っているフランスギャル。
金色に輝くたてがみと尻尾がトレードマークだった。牝馬ながらに560キロと巨大で、現役中、怪我は無し。
父のグランリオンはイギリスで活躍した馬で、G1を4勝している。
産駒はみな小柄なのが特徴だ。しかしコース、距離を問わず活躍馬を輩出している。
種牡馬デビューからわずか三年で、その種付け料は2000万円を超えている。
巨大で丈夫な母、小柄でどんな舞台にも対応した産駒を輩出している父。
二頭の良い所とそれぞれの中間に当たるサイズ感を受け継ぎ、生まれたのがレーヌドールである。
HFの最新設備で育成され、翌年のセレクトセール(馬のセリ)でエンジェルレーシング代表、松岡正に一億二千万円という値段で落札された。
そしてさらにその翌年、栗東の豊彦厩舎に預けられたのだ。
七月の初戦はウェディングリリーに敗れ、辛酸をなめたレーヌドールだが、その闘志は衰えていなかった。
二戦目、八月の函館競馬場、二歳未勝利戦のパドック。
母譲りの金色のたてがみを持つその馬はいた。ノッシノッシと力強く外周を歩く様子が目を引く。
頸から肩へ非常に発達した筋肉を持ち、歩く姿は重機関車のようだ。これは決して調教に失敗したゆえの太目体系ではない。レーヌドール、これが彼女の生まれ持った体格なのだ。
体重は465キロと平均的であるが、そのパワフルな骨格ゆえに、体感、500キロを超えて見える。
トモはもちろんボリューミーで今にもはち切れそうだ。でっかい重機乗せてんのかい!と掛け声が聞こえてきそうだ。
「あの金髪の馬、筋肉はすごいけど顔はめんこいな」
パドックの客席からそんな声が聞こえてきた。
発達した肉体とは対照的に、顔は細い鼻筋とアーモンド型の目をしている。
人間の美的感覚に当てはめると、美人な馬なのだ。
パドックでの周回も終わった。少しすると緑色の勝負服に身を包んだ星勝義がレーヌに近づく。
星はレーヌが一歳のころから牧場に足繁く通い、気にかけていた。そんな彼に自身の初勝利をささげるべく、彼女の目は先頭モードになる。
(カツヨシ、今日もかっこいい。絶対勝ってやるんだカラ)
今回の舞台は札幌の芝1800m。
坂はなく、平たんだがパワーが要求されるコースである。
ゲートが開いた。レーヌドールは前扉を破壊するかの如く勢いでぶっちぎってスタートを決めた。
他の馬もスタートを決めたが遥か後方にいる。バルクの桁が違うのだ。
その後は中団まで位置を下げ、足を溜めた。
直線、星がレーヌドールを追い出すと、その筋肉は唸りを上げた。
先頭を走る馬を難なく捕まえると、一着でゴールを駆け抜けた。
(ヤッタ!勝った!)
星は優しくレーヌの首筋を撫で、褒めていた。
「よくやった。次も勝とう」
レーヌドールは嘶き、喜びを表現した。
三戦目、九月二十六日に行われたオープンクラス、芙蓉ステークスに出走した。
中山競馬場、芝2000mの舞台だ。
レーヌドールは前走と同じく馬群中団で足を溜め、前を行く馬に並び、突き放す。
危なげなくゴールして二連勝を決めた。
そして四戦目は十二月二十六日に行われるG1レース『ホープフルステークス』に決定した。
このG1レースは『阪神ジュベナイルフィリーズ』のような牝馬限定のレースと違いがある。
牡馬も混同のレースとなるのだ。競走馬は通常、牡馬の方が牝馬より体が大きく成長も早い。
ゆえに牝馬のレーヌドールがその中で勝利を収めることは到底容易なことではない。
このレース選択は星の進言によるものだ。
「こんな所で負けるようでは凱旋門賞なんて夢のまた夢ですよ」
昨今、日本馬は数々の海外G1を勝ち、評価されてきた。
しかし、フランスのG1、凱旋門賞だけは五十年以上の挑戦がありながら、ただの一度も戴冠が叶っていない。星自身も今まで十五回騎乗し、最高着順は三着であった。
彼自身の騎手人生をかけて勝ちたいタイトルであった。
レーヌドールとなら凱旋門賞を勝てる。初めて出会ったときにそう確信した。
圧倒的な筋肉量。それを持ちながら、500キロ以下の平均的な馬体。
父譲りのコース形態を問わないポテンシャル。母譲りの頑強な骨格。そのどれもがフランス、ロンシャン競馬場で勝利するための理想的な要素であった。
この馬で凱旋門賞に挑戦させてほしい。日本競馬界を背負ってレーヌドールと戦いたい。
星はレーヌドールを管理する豊彦英司調教師、オーナーの松岡正にそう語った。
星ほどの騎手がそう言うなら。最終的には豊彦も松岡も了承した。
そして迎えたG1ホープフルステークス
当日、レーヌドールは二番人気に支持されていた。一番人気はグロウコマンドという鹿毛の牡馬だ。
その父ファイヴコマンド。日本競馬界の至宝と詠われる無敗の三冠馬の初年度産駒だ。
「星ちゃん、オッズ見た?グロウコマンドの人気すごいな。鞍上がアルトンなのも相まってだろうけど」
休憩室で座る星に先輩、黒川典房が手を振りながら近づいてきた。
「あの馬はG2の東京スポーツ杯2歳ステークスで圧勝した馬ですからね。それは人気しますよ」
「てっきり星ちゃん、レーヌドールが一番人気じゃないのを悔しがっているかと思ってたわ。まあ俺のウルスチャクラムは人気無いし、星ちゃん達を邪魔せんようにするわ」
「黒さん、そんなこと言って、自分の馬でもワンチャンス狙ってるんでしょ?レースかき乱さないでくださいよ」
星は冗談めかして黒川に言う。
「いやいや、そんなことないって。今日もチャクラムと一緒にアルトンと星ちゃんを見守っとるけえの」
「見守るって、ウルスチャクラムは前走逃げて勝った馬でしょう」
「あら、知ってたんや。まあレースは何が起こるかわからんからなー」
カッカッカッと笑いながら黒川は大股で歩き去っていった。
「まったく、食えない人だな」
今でこそレジェンド騎手と世間から評されている星だが、若手時代は、黒川などの先輩騎手達に散々苦汁をなめさせられてきた。
中でも三十年前、自身のデビューレースが一番の心残りだ。ダートの短距離戦、早めに先頭に抜け出し、星が勝利を確信した瞬間、内からスルスルと抜けてきた黒川の騎乗馬に差し切られたのだ。
デビュー戦だけは人生に一度きり、ゆえにやり直したいレースを質問された時、毎回自身のデビューレースと答えている。
今回も一筋縄では行かなそうだな。
黒川が去って行った扉を眺め、星はそう思った。
◇◇◇
中山競馬場、芝2000m ホープフルステークス
レースも中盤。向こう正面を十八頭が駆けていく。
レーヌドールは前から七番手に位置し、五番手を進むグロウコマンドをマークしながらレースを運んでいる。
星はレーヌドールの背中の上で、やはりな。と呟く。
その顔にはややこわばった笑みが張り付いている。
レーヌドールの後方にぴたりとついてくる影がある。ゼッケン番号二番、ウルスチャクラムである。
黒川は前走、逃げの戦法で勝ったウルスチャクラムを大胆にも後方八番手につけている。
「こっからなら星ちゃん、アルトンの動きもよく見えるでえ!」
黒川がこういう事をしてくるのは初めてではない。しかしこの奇想天外な脚質チェンジはここぞというときにしかしてこない。黒川はそういう男なのである。
「前には先行タイプのグロウコマンド、後ろにはよくわからない黒さん。さあてどうするかな」
星は口の端を上げながら呟いていた。
星の体内時計によると1000m通過は61秒台。ややスローペースだ。
隊列に依然変化はない。
グロウコマンドは、前走の東スポ杯2歳ステークスでスローの展開から一頭抜け出し、圧勝している馬だ。さらに中山のカーブがキツイ小回りコースでも難なくポジションを確保していることから、かなりの器用さを持っていることが伺える。
対してレーヌドールはパワフルな推進力を持ち合わせている馬だが、小回りのコースは得意ではない。
今も外目にポジションを取ることで、なんとかグロウコマンドを射程圏内に入れている。
「グロウコマンドより遅く仕掛けると勝ち目は無いな」
「星ちゃん、えらい弱気やないの」
黒川のウルスチャクラムは依然としてレーヌドールの後ろにぴったりとついている。
600mのハロン棒が眼前に見えた。
(ここで動くしかない……!)
グロウコマンドが進出を開始する寸前、絶妙なタイミングだ。
星はレーヌドールの手綱を動かし進出を始めた。緩やかな下り坂も相まってぐんぐん加速していく。グロウコマンドをかわし、さらに一頭、二頭と追い抜いていく。
そして400m付近で先頭に立つ。
ここからゴールまで高低差2.4mの急坂だ。
後方に迫りくるグロウコマンドの姿が見えたが、もうそれは関係ない。
レーヌドールの真価はここからだ。星は手綱を緩めない。さらに鞭を一発入れ、合図を送る。
それに呼応するようにレーヌドールの豪脚が中山の急坂を捉え、弾む。蹄を踏み抜く度、後ろに芝の大きな塊が跳ね上がる。
坂を越え、二番手との差を一気に広げたレーヌドールは直線半ばで堂々と先頭に立った。
その勢いは凄まじく、星は勝ちを確信した。
「俺を忘れてもらっちゃ困るで、星ちゃん!」
しかし、黒川の声と共にウルスチャクラムが猛然とした勢いで迫ってきていた。
「黒さん、またあなたですか!」
星も負けじとレーヌドールに渾身の鞭を数発叩き込む。
二頭は馬体を併せ、一歩も譲らない。火の出るようなデッドヒート。
馬体が激しく何度もぶつかり合う。ベテラン騎手同士の意地と意地のぶつかり合い。
客は拳を振り上げ、熱狂のままに二頭の走りを見守る。
栗毛と鹿毛の両者が絡まりあい、ゴール板を駆け抜けていた。
アナウンサーもどちらが勝者かわからないようで、二頭の名前を交互に叫んでいる。
星が顔を上げると、馬場の中央に鎮座する電光掲示板には『写真』と出ている。
着差が際どい際は、決勝審判委員が写真にてミリ単位で勝ち負けの判定を行うことになっているのだ。
ゴール板を過ぎ、向こう正面を減速させながら走るレーヌドールに、ウルスチャクラムが並んできた。
「どっちかね?」
「わからないです。でもやっぱり最後きましたね。黒さん」
「まあ競馬は何があるかわからんって言ったやろ」
黒川はあっけらかんと笑っている。
星も笑顔で返す。
その時、スタンドがワッと湧いた。
「お、結果が出たかいな」
「星さん!黒川さん!」
遠くにいた若手騎手が興奮気味に二人に近寄ってくる。
「どっちどっち?」
「同着です!一着同着!」
「えー!ほんとかい!!」
レースでの一着同着は競馬では非常に珍しい。
G1レースともなると過去に一件しか事例が存在しない。
「レーヌ、よくやったぞ!男馬相手によくやった!」
星は笑顔を浮かべ、美しい金色の鬣をわしゃわしゃと撫でた。
(カツヨシ嬉しそう!頑張ってヨカッタ!)
黒川も愛馬の首筋を軽く叩き、褒めている。
「おっしゃ!じゃあ星ちゃん、二頭そろってウイニングランやな」
「そうですね!行きましょう」
スタンド前に引き上げてきた二人と二頭は万雷の拍手で迎えられた。
ホープフルステークス(G1) 同着 レーヌドール
ウルスチャクラム
レーヌドールは四戦目でG1勝利を成し遂げた。
しかし、彼女の目標は星との凱旋門賞勝利。レーヌドールの挑戦はまだまだ始まったばかりである。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回はウェディングリリーの話に戻ります。
簡単競馬用語解説 ウイニングラン:G1レースの勝利馬と騎手が、客のいるスタンド前までゆっくり走り、手を振ったりこぶしを上げてアピールをすること。ファンの歓声を一身に受けることが出来る至福の時間。




