第96話「見知った顔の転入生、、、?」
始業式の朝だった。
久しぶりに制服を着た。夏休みの間、制服を着る機会がほとんどなかった。袖を通した瞬間、体が学園モードに切り替わっていく感覚がある。人間の体は正直だ。環境に合わせて、自然と心構えが変わっていく。
学園に着くと、夏休み前より人が多く感じた。久しぶりに会う生徒たちが、あちこちで話をしていた。颯が昇降口で待っていた。日焼けしていた。
「煉、久しぶりの学園どうだ」
「悪くない」
「即答だ」颯が笑った。「俺も久しぶりで、なんか新鮮な感じがする。夏休み、色々ありすぎて学園のことを忘れてた気がして」
「そうだな」
「でも——帰ってきた感じがする。ここが俺たちの場所だなって」颯が言った。「なんか、いいよな。帰ってくる場所があるって」
その言葉は、魔王時代の俺には存在しなかったものだ。帰ってくる場所。颯はさらっと言ったが、それがどれほどの意味を持つか、俺にはよくわかった。
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ホームルームが始まる前に、倉石が教室に入ってきた。出席を取る前に、一枚のプリントを配った。
「今学期から、転入生が一名来る」
「マジで?」
「このタイミングで?」
「女子だったら神なんだけど」
教室がざわめいた。
「二学期からの転入は珍しいですね」澪が静かに言った。
「色々な事情がある」倉石がそれだけ言って、ドアの方を向いた。「入れ」
扉が開いた。
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教室の空気が、わずかにざわついた。
それは最初、ほんの小さな違和感だった。
ガラリ、と扉が開く音。
教室の温度が一段上がる。
ひそひそとした声が、波のように広がる。
そして――
扉の向こうから一人の少女が姿を現した。
瞬間。
空気が、止まった。
長い髪が光を受けて揺れる。
整いすぎている顔立ちに、思わず息を呑む者がほとんどだった。
ただ可愛い、という言葉では足りない。
どこか現実離れした、目を引きつける存在感。
「……は?」
誰かの間の抜けた声が、静まり返った教室に響く。
「え、ちょ、レベル高すぎん?」
「モデルか何か?」
「いや無理無理無理」
一瞬の静寂のあと、ざわめきが爆発した。
男子の視線が、一斉に彼女へと集まる。
隠そうとしても隠しきれない動揺。
姿勢を正すやつ、髪をいじるやつ、急に真面目な顔を作るやつ。
明らかに“戦い”が始まっていた。
「静かにしろ」
先生の一言で、無理やり収まる。
「自己紹介、頼む」
少女――ルナは、軽く頷いた。
そして、教室を一度だけ見渡す。
その視線が――
一瞬だけ、ある一点で止まる。
黒瀬煉の席。
ほんの一瞬。
だが確かに、そこだけを見ていた。
それから、何事もなかったかのように前を向く。
「ルナです。よろしくお願いします」
シンプルな自己紹介。
だが、それだけで十分だった。
再び、ざわめきが広がる。
「名前まで可愛いとか反則だろ」
「終わったわ、完全にヒロイン来たじゃん」
「席どこだよ、頼む近く来い」
男子たちのテンションは一気に最高潮へ達する。
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休み時間。
その熱は、一切冷めなかった。
「ねえ、前どこいたの?」
「趣味とかある?」
「部活決めてる?よかったら一緒に――」
次から次へと男子が集まる。
完全に囲まれていた。
質問攻め。
距離の詰め合い。
誰が先に仲良くなるかの無言の競争。
もはや群がる、という表現の方が近い。
「落ち着けってお前ら」
「順番守れよ!」
仕切り始めるやつまで出てくる始末。
教室の中心が、完全にルナになっていた。
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だが。
その中心にいる本人は――
どこか、興味がなさそうだった。
適当に相槌を打つ。
笑顔は浮かべる。
だが、その視線はどこか別の場所を探している。
そして。
一人の男子が、少し距離を詰めた。
「放課後さ、よかったら――」
その言葉が最後まで続くことはなかった。
ルナが、すっと一歩引く。
そして、はっきりと言った。
「ごめん」
柔らかい声。
だが、迷いは一切ない。
「そういうの、興味ないから」
一瞬で、空気が固まる。
「え……」
言われた本人も、周りも、言葉を失う。
あれだけの人数を前にして、ここまできっぱりと言い切るとは思っていなかったのだろう。
ざわめきが、少しずつ戸惑いに変わる。
だが。
ルナはそれ以上何も言わず――
そのまま、群れの外へと歩き出した。
向かう先は、ただ一つ。
教室の端。
窓際の席。
黒瀬煉のもと。
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「やっと見つけた」
その一言。
静かで、でもどこか嬉しそうな声。
周囲の視線が、一斉に集まる。
「え……?」
「なんであいつのとこ……?」
「いやいやいや待て待て」
理解が追いつかない空気。
クラスの異端児と言ってもおかしくはない、むしろどこか距離を置かれている存在――煉。
その隣に。
あの転入生が、迷いなく立っている。
ルナは、当たり前のように言った。
「隣、いい?」
確認の言葉ですらない。
もう決めている声。
煉は、ちらりと視線を上げる。
一瞬の沈黙。
そして――
「好きにしろ」
それだけだった。
あまりにも淡白な返答。
だが。
ルナは、嬉しそうに微笑んだ。
「うん」
その笑顔を見て。
周囲の男子たちは、完全に固まった。
「……は?」
「なんであいつ?」
「意味わかんねぇんだけど」
ざわめきが、別の意味で広がっていく。
羨望。
困惑。
そして、ほんの少しの敵意。
教室の空気が、一気に塗り替えられる。




