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第81話「潜入開始」

夜明け前だった。


 集合場所に指定した廃工場の裏手に、全員が揃っていた。施設は目の前だった。


 廃工場の外観を保っているが、地下に本体がある。外周に警備が複数いる。澪が事前にまとめた情報通りの配置だ。


 俺は全員を見た。


「始める」


---


 最初にしたことは——最大出力で雑魚を一掃することだった。


 里中が右手を大きく広げた。周囲の空気に、目に見えない密度の花粉が満ちていく。春の離島で練習した花粉の密集、あの時より遥かに精度が上がっていた。集中させた花粉の壁が、施設の外壁に向かって静かに広がった。


「颯」


「わかってる」


 颯が嵐操作を起動した。ただし今日は広範囲ではなく、垂直方向への集中だ。地面から天に向かって、強烈な上昇気流が生まれた。里中が撒いた花粉が、その気流に乗って施設の上空へと一気に舞い上がった。花粉の雲が、夜明け前の空に層を作るように広がった。


 城島が何も言わず、ただ動いた。


 光理支配の光を、施設の正面に向けて収束させた。ただの盾でも刃でもない。発射装置だ。俺の終環の弾道を最大限に増幅させるための、光の筒。この使い方を思いついたのは城島自身だったが、実現させたのは離島の訓練以来積み重ねてきた精度あってのことだ。


「準備できました」城島が静かに言った。


「行くぞ」


---


 俺は右手の薬指に意識を集中させた。


 終環ラスト・シグネットが、黒く脈打つように光り始めた。


 銃が顕現した。


 だが今日は——初手から全力で行く


 なんせ“とっておき”があるからな


「神々にすら忘れられ、時の彼方に封じられし終末の印」


 颯の上昇気流が、施設上空の花粉と共鳴するように揺れ始めた。


周囲は煉の存在自体に怯えるように時空さえも歪んでいる様に見えた


「幾千の鎖、幾億の戒め、その全てを今ここに断ち切る」


 城島の光の筒が、俺の銃口の前に完全に整列した。光と黒の交差が、夜明け前の空気を歪めた。


ーーーーーー「なんて美しいんだ」


「過去を縛る楔よ、砕けろ。未来を閉ざす檻よ、崩れろ。運命を繋ぐ輪よ、解き放たれよ」


 里中が上空の花粉密度を、さらに上げた。薄く広がっていた花粉の層が、一点に凝縮されるように集まっていく。颯の気流がそれを螺旋状に巻き込んで、エネルギーの渦を作り出した。


「我は最後を刻む者。世界の終わりに立つ証明そのもの」


 全員が息を止めた。ーー来る!


「——完全詠唱全封印、解放。来たれ、呼応しろ——終環ラスト・シグネット


 引き金を引いた。


---


 音はなかった。


 だが衝撃があった。


 城島の光の筒を通り抜けた弾が、上空の花粉と颯の上昇気流が作り出した渦に突入した瞬間——化学反応と物理反応が同時に相互しあい、到底人間には出力しきれないような、そんな閃光が放たれた。花粉が持つ微細な有機物質が弾の黒い力に触れて爆発的に励起され、颯の気流がその爆発を増幅させる渦として機能した。


 通常の終環のゆうに二倍を超える火力が、施設の正面を直撃した。


 外壁が消えた。


 爆発ではなく、存在ごと零に帰されるような消え方だった。外周にいた警備の異能者たちが、反応する間もなく吹き飛んだ。爆煙の中に、人影が転がっていた。誰一人として立っているものはいなかった。


「すごい」颯が呆然と言った。「花粉と嵐操作がそこまで相性がいいとは思ってなかった」


「私も想定以上だった」里中が煙を見ながら静かに言った。いつもの大声ではなかった。それだけ、今起きたことの規模が里中にも響いていた。


「とりあえず、、、」俺は言った。


「第一関門突破だな」

---


 中に入った。


 地下への階段が見えた。下から異能の気配が複数、波のように押し寄せてきた。澪の事前情報通り、施設内部には相当数の構成員がいる。だが最初の一撃で外周を一掃した分、内部の構成員が出口に向かって集まってきていた。


 階段の先から、大勢の人影が湧き出てくるのが見えた。


 十人以上だ。全員が異能を発動している。炎、電撃、岩石、風刃——様々な気配が入り乱れていた。


 だが所詮雑魚の集まり。弱者がどれだけ集まったところで、本当の力には太刀打ちできず屈服するしかすべはない。


俺が前に出て終わらせようとした時、、、


 颯が俺の横に並んだ。


「ここは——」


「俺たちに任せて先に行け」


 里中が颯の言葉を遮って言った。


 颯が里中を見た。


「あっ、それ私が言いたかったのに」


「言うの遅れたー、」里中がしょんぼりしながらも、腕を組んだ。「後輩、私たち二人に任せて先に行け」


「後輩、俺は後輩じゃないですからね。一個下なだけです」


「同じだ」


「全然違いますよ」


楓がこちらに向き直って言った。「俺たち二人じゃ、不安か?」


「いや、全くだ」そう言った煉の表情は笑みをこぼしていた。


 颯は笑っていた。里中も口の端が上がっていた。二人が向かい合うと、いつでもこうなる。似た者同士だからだ。


「颯」俺は言った。


「わかってる」颯が正面を向いたとたん、嵐操作が全開になった。廊下の空気が轟々と唸り始める。「行けよ、煉。黒剣、絶対取り戻してこい」


「里中も」俺は里中を見た。


「当然だ」里中が右手を広げた。花粉が廊下に満ちていく。「後輩に言われなくても、ちゃんとやる」


---


 俺、城島、ヴィオラの三人で先に進んだ。


 背後から颯の嵐と里中の花粉が炸裂する音が聞こえた。複数の異能者が吹き飛ぶ気配がした。振り返らなかった。あの二人は大丈夫だ。あの二人が大丈夫だと思えることが、今の俺には確信として根付いている。


 城島が光理支配を展開しながら、俺の横を走った。ヴィオラが先頭を切って、廊下を進んでいく。不死身の人間が最前線に立つ。それがヴィオラの役割だ。ここには異能者が多くいる。流石の俺でも強者の不意打ちには反応できない可能性がある。


 地下深くに向かうにつれて、気配の密度が変わった。


 上の階では乱雑に散らばっていた気配が、一点に収束していく感覚があった。


 角を曲がった先で、ヴィオラが急に立ち止まった。


「いる」ヴィオラが静かに言った。


 俺も感じていた。


 前方の廊下の奥に、人影が一つあった。


 立っているだけだ。こちらに向かってくるわけでも、攻撃を構えるわけでもない。ただ、廊下の中央に立って俺たちを待っていた。


 気配が重かった。


 橘将望とも、辻堂とも、有馬とも今までの強者の誰とも違う種類の重さだ。もっと深く、もっと静かで——底が見えない。ヴィオラが手こずったと言っていた相手の気配と、この感覚が一致した。


 城島が息を呑んだ。


 ヴィオラが俺の隣で、初めて緊張に近い何かを滲ませながら言った。


「こいつよ」


 人影が、ゆっくりとこちらを向いた。


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