第79話「不死身と封印の関係」
翌日の午前中だった。
倉石のところにヴィオラとともに向かった。
颯と澪と城島も来た。里中は用事があると言って来なかった。
倉石がヴィオラを見た瞬間、目が細くなった。
ヴィオラも倉石を見た。
二人がしばらく無言で向き合っていた。
「封印の監視者の末裔か」ヴィオラが先に言った。
「そうだ、お前の気配——記録に残っているものと、一致する」
「記録を持っているのね」
「ある」倉石が机の引き出しから、古びたノートを取り出した。「見るか」
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ヴィオラがノートを受け取り、ページをゆっくりと捲った。
数ページ目で、手が止まった。
ヴィオラの目が、動かなくなった。
「どうした」
ヴィオラが答えなかった。
ページを見つめていた。
しばらくして、静かに言った。
「この字——私が書いた」
全員が止まった。
「どういうことだ」
「そのままの意味よ」ヴィオラがノートから目を上げた。「この記録——封印の監視者が書いたものだと思っていたんでしょ」
「そうだ。代々、監視者の一族が記録してきたものだ」
「違う」ヴィオラがノートのページを指でなぞった。「この部分は私が書いた。魔王が封印される直前に」
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沈黙があった。
颯が「ヴィオラさんが書いたのか、この記録を」と言った。
「全部ではない。この数ページだけ。他は監視者の人間が書いたもので間違いない」
「なぜお前が書いた」
「封印の直前、私はこの記録を書いている監視者に頼まれた」ヴィオラが静かに言った。「魔王の本当の状態を書いてほしいと。当時の私にしか知らないことがあったから」
「何を書いた」
ヴィオラがノートのページを、俺に向けた。
古い文字で書かれていた。
かろうじて読める。
俺は声に出して読んだ。
「魔王ヴァルゼイドは、戦いを望んでいたのではない。ただ、それ以外の方法を知らなかっただけだ。誰かが教えていれば、違う生き方があったかもしれない——」
俺は読むのを止めた。
部屋が静かだった。
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「……これを書いたのか」俺は言った。
「そうよ、当時の私が思っていたことを、正直に書いた」
「監視者はこれを読んでいたのか」
「読んでいたはずよ。代々引き継がれてきたなら、この記録も受け継がれてきた」
倉石が静かに言った。
「私も読んでいた。だが——これを書いたのが人間ではないとは思っていなかった」
「人間じゃないというより——人間よりずっと長く生きている、というだけだけど」
「それでも驚いた。黒瀬、お前はこれを読んでどう思う」
俺は少し考えた。
「昔の俺のことを、よく見ていたんだな、と思った」
「そうね」ヴィオラが俺を見た。「ずっと見ていたから。傍にいたから」
「覚えていないが」
「覚えていなくていい」ヴィオラが静かに言った。「私が覚えているから」
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倉石がノートを受け取って、別のページを開いた。
「もう一つ確認したい」
「なにかしら」
「黒剣ヴァルムについての記述がある」倉石がページを示した。「黒剣は光と観測を吸収する。封印の術式においても黒剣が近くにあると精度が落ちた——この記述も、お前が書いたか」
ヴィオラがページを見た。
「これは私じゃない。監視者の誰かが書いたものね。ただ——内容は正しい」
「正しいと言い切れる根拠は」
「実際に見ていたから。黒剣が近くにあると、術式が揺らいだ。あの剣は特別な性質を持っている。観測を吸収するという性質が、様々な異能に干渉する」
「今、冥焔会が黒剣を使って封印解除の研究をしている。それはどのくらい危険だ」
ヴィオラが少し間を置いた。
「正直に言う」
「頼む」
「時間の問題よ」ヴィオラが静かに言った。「黒剣を使って封印に干渉し続ければ、いずれ解除できる。ただ——簡単ではない。封印は複雑な術式だから。少なくとも、すぐには解除できない」
「どのくらいの時間がある」
「私の見立てでは——二ヶ月から三ヶ月」
全員が静かになった。
「二ヶ月か三ヶ月」颯が言った。
「それ以上かもしれない。それ以下はないと思う」ヴィオラが言った。「封印の術式は、私が間近で見ていた。あれを解くのは、相当な時間と労力が必要よ」
「根拠は」倉石が言った。
「封印を施した時、私もその場にいた。どれだけの力が込められたか、知っている」
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澪がノートを手元に引き寄せた。
「確認させてください。今の情報を整理します」
全員が澪を見た。
澪がノートに書き込みながら言った。
「封印解除まで、二ヶ月から三ヶ月。夏休みが終わるのが八月三十一日。今が七月の半ば。計算すると——夏休み中か、二学期が始まってすぐの時期が、一番危険な時期になります」
「そうなるな」倉石が頷いた。
「つまり」澪が俺を見た。「黒剣奪還を動かすなら、夏休み中がベストです」
「颯の計画表では七月末に動く予定だった」俺は言った。
「その予定で問題ないと思います。ただ——準備を急ぐ必要があります」
「わかった。今日から準備を本格化する」
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倉石がヴィオラを見た。
「お前の不死身という能力——封印の記録に、似たような記述がある」
「どこに」
倉石がページを捲った。
別の箇所を示した。
「剣士の女。どんな傷を受けても次の日には完全に回復していた——という記述だ」
ヴィオラがそのページを見た。
「……これも私が書いたものではないわね。監視者の誰かが観察して書いたのでしょう」
「そうだろうな、だが内容は正しいか」
「正しい。どんな傷でも、時間が経てば治る。それが私の力よ」
「その力の起源は」
「わからない。生まれた時からあった。なぜそうなのか——何百年考えても、答えが出ない」
「封印と関係がある可能性は」
ヴィオラが少し止まった。
「……考えたことがなかった。封印と、私の不死身が関係している?」
「推測だ」倉石が言った。「だが——魔王の封印が施された時代に、不死身の剣士が現れた。その剣士が今も生きている。無関係とは言い切れない」
ヴィオラがしばらく黙っていた。
「……調べたことがなかったわ。何百年も生きてきて、自分の力の起源を調べようとしなかった」
「なぜだ」
「怖かったのかもしれない」ヴィオラが静かに言った。答えが出ることが」
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颯が「怖いという気持ち、わかる気がします」と言った。
ヴィオラが颯を見た。
「なぜわかるの」
「俺も——自分の異能の限界を、調べるのが少し怖かった時期があったから」颯が言った。「限界がわかったら、その先がないと思って」
「でも調べたのか」
「調べた、煉に言われたから。限界がわかることと、限界を超えられないことは別の話だって」
ヴィオラがしばらく颯を見ていた。
「……あなた、いいこと言うのね」
「たまに言います。煉にも同じこと言われました」
「そうね」ヴィオラが倉石を見た。「調べてもらえるかしら。封印と私の力の関係を」
「わかった」倉石が言った。「時間はかかるが、記録を当たる」
「ありがとう」ヴィオラがたしかに言った。
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話し合いが終わった後、全員がアパートを出た。
廊下でヴィオラが俺に言った。
「一つだけ聞いていいかしら」
「なんだ」
「倉石という人——信頼できる?」
「できる。あの人は俺の側にいると言った。その言葉は本物だと思っている」
「そうか、私の記録を持っていた人間の末裔が、今もその記録を守って、煉の側にいる」
「そうだな」
「不思議な繋がりね」ヴィオラが言った。
「そうかもしれない」俺は言った。「だが——悪くない繋がりだ」
ヴィオラが微かに笑った。
「そうね。悪くない」
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澪が俺の隣に来た。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「封印解除まで二ヶ月から三ヶ月——焦りますか」
「焦らない」
「なぜですか」
「焦っても黒剣は戻らない。準備を確実にやる。それだけだ」
「そうですね」澪がノートを抱え直した。「私も準備を急ぎます。作戦の精度を上げる」
「頼む」
「任せてください」澪が真っ直ぐ俺を見た。「必ず、全員で戻ってくる作戦を作ります」
「ありがとう」
「お礼を言われることじゃないです。当然のことをするだけです」
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帰り道、颯が言った「着々と動いてきたな」
「そうだな」
「ヴィオラさんが仲間になって、作戦を急ぐことも決まって。あとは実行するだけだ」
「その通りだ」
「煉、怖くないか」
「何が」
「施設に行くことが」
俺は少し考えた。
「怖くない」
「本当に?」
「みんながいるから」俺は静かに言った。
颯がしばらく俺を見た。
「……また言った。みんながいるから、って」
楓がニコッと笑った。
「本当のことだ」
「わかってる」颯が言った。「俺も同じだ。煉がいるから怖くない」
「そうか」
「そうだ」颯が空を見上げた。「まあ」
「なんとかなるだろ、か」
「そうだ」颯が笑った。「絶対なる」
夏の空が、青く広がっていた。
七月末まで、少し時間があった。
やることは決まっていた。
全員で、動く。
それだけで十分だった。




