第76話「花火」
夜だった。
颯が「今日は花火大会だ」と言ったのは、夕方の五時だった。
夏休み三日目。颯の計画表から一日ずれてしまったものの、ほとんど予定通りだ。
近くの河川敷で、毎年恒例の花火大会が開催されていた。
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六人で河川敷に向かった。
颯、城島、澪、里中、そして俺。
倉石は来なかった。
「先生も誘えばよかったのに」颯が言った。
「花火大会に倉石先生を誘うのか」里中が言った。
「なんかミスマッチだな」颯が笑った。
「先生なりの楽しみ方がありますよ」城島が静かに言った。
「どんな楽しみ方だ」
「聞いたことがないのでわかりません」
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河川敷に着いた。
人が多く、屋台が並んでいた。
焼きそば、たこ焼き、かき氷、綿飴。
颯が「全部食べる」と言ったのに対し、里中が「負けない」と言った。颯が「先輩、対抗してくるんですね」と言い、里中が「当然だ」と言った。
城島が「節度を持ってください」と言ったとき、またいつものように二人が「はい」と少ししょぼくれながら同時に言った。
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澪が俺の隣を歩きながら言った。
「花火大会、来たことはありますか」
「ない」
「この体では初めてですか」
「そうだ」
「楽しみですか」
俺は少し考えた。
「楽しみかどうかはわからない。だが——悪くないと思っている」
「悪くない」澪が微かに笑った。「いつもの評価ですね」
「そうだな」
「楽しかったになるといいですね」澪が言った。「花火を見た後で」
「そうなるかもしれない」
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各々がかき氷や焼きそば、綿飴などを手に取った。
そんな中、俺はリンゴ飴を手に取った。
「リンゴ飴か」颯が言った。「渋いな」
「珍しかった」
「また珍しかったからか」颯が笑った。「煉、珍しいものに弱いな」
「そうかもしれない」
澪が綿飴を少し千切って、俺に差し出した。
「どうぞ」
「いいのか」
「はい。交換してください、リンゴ飴と」
俺はリンゴ飴を澪に渡した。澪の綿飴を一口食べた。
甘かった。
椎名の能力で感じた甘さとは、全く違う甘さだった。その中にはなぜか酸味も感じられた。
「どうですか」澪が言った。
「甘い」
「それだけですか」
「甘くて、軽い」
「綿飴らしい感想ですね」澪が言った。「私もリンゴ飴、食べていいですか」
「どうぞ」
澪がリンゴ飴を一口食べた。
「甘酸っぱいですね」澪が言った。
「俺も同じ事を思った」
「でも——綿飴の方が好きです」
「そうか」
「あなたは?」
「どちらも悪くない」
澪がため息をついた。
「どちらも悪くない、か」澪が言った。「もう少し感想に幅を持たせてください」
「努力する」
「何とかなる事を期待してますよ」
と澪は言ってふふって笑った。
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暗くなった頃、全員で河川敷の土手に座った。
颯が「もうすぐだ」と言った。
里中が「毎年見てるが、毎年いいな花火は」と静かに言った。
颯が「先輩、花火好きなんですか」と言った。
「好きだ。だめか」
「全然だめじゃないです。意外でした」
「花火のどこが意外なんだ」と里中が言った。
「なんとなく、先輩はにぎやかなものが好きかと」颯が言った。
「花火はにぎやかだろ」
「それはそうですね」
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最初の花火が上がった。
大きな音がした。
夜空に、光の花が咲いた。
赤だった。
続けて、青、白、金色。
次々と花火が上がった。
颯が「きれいだ」と言った。
里中が黙って空を見ていた。
城島が静かに微笑んでいた。
澪が花火を見ていた。光が、澪の目に映っていた。
俺は花火を見ている。
ーーー俺は空の光を眺めている。
人間の体で見る花火は、こういうものか。
音が体に響く。光が目に刺さる。周囲の人間の歓声が耳に入る。
全部が同時に来る。
悪くなかった。
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澪が俺を見た。
「どうですか」
「思ったより音が大きい」
「そうですね」澪が言った。「怖くないですか」
「怖くない。ただ——大きい」
「初めて聞く音ですか」
「この体では初めてだ」
「そうですか」澪が花火に視線を戻した。「私は子どもの頃、花火の音が怖くて」
「そうだったのか」
「はい。でも父と一緒に来た時、怖くなくなりました」澪が静かに言った。「隣に人がいると、怖くないんだと気づきました」
俺は澪を見た。
「今は怖くないか」
「怖くないです」澪が言った。「隣にいる人がいるので」
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颯が「煉、楽しいか」と振り返った。
「楽しい」
「言えたな」颯が笑った。「よかった」
「そうだな」
「花火、好きか」
「悪くない」
「また悪くないか」颯が言った。「次は好きって言えるようになれよ」
「努力する」
里中が「後輩、感想が少なすぎる」と言った。
「そうかもしれない」
「もっと騒げ」
「騒ぎ方がわからない」
「俺が教えてやる」里中が言った。「見ろ。きれいだ、と言えばいい」
「きれいだ」
「もっと大きい声で」
「きれいだ」
「もっとだ」
「きれいだ」
周囲の人が少し振り返った。
颯が爆笑した。里中が「よし」と言った。澪が「……黒瀬くん」と小声で言った。城島が静かに笑っていた。
「恥ずかしいですよ」澪が言った。
「里中が言えと言った」
「私のせいか」里中が言った。
「そうだ」
「まあいい」里中が花火を見た。「声に出して言うと、本当にきれいだと思えるだろ」
「そうかもしれない」
「だろ」里中が言った。「感情は声に出すと増幅される。漫画で読んだ」
「椎名に似たことを言うな」
「誰だ椎名って」
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花火が続いた。
しばらく、全員で黙って空を見ていた。
颯が「夏だな」と言った。
「そうだな」里中が言った。
「来年もこうやって来ような」颯が言った。
「当然だ」里中が言った。
「城島先輩も」
「もちろんです」城島が言った。
「澪ちゃんも」
「来ます」澪が言った。
颯が俺を見た。
「煉も」
「来る」
「即答だ」颯が笑った。「花火が気に入ったのか」
「気に入った」
「今度は気に入ったって言えた」颯が嬉しそうに言った。「成長だぞ」
「そうかもしれないな」
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帰り道だった。
澪が俺の隣を歩きながら静かに言った。
「楽しかったになりましたか」
「なった」
「よかったです」澪が言った。「悪くないが積み重なりましたね」
「そうだな」
「来年も来ましょう」澪が前を向いたまま言った。
「来年も」
「はい。全員で」澪が静かに言った。「それが——楽しみです」
「そうだな」俺は言った。「俺もだ」
澪が少し間を置いた。
「……一緒ですね、また」
「そうだな」
颯と里中の声が前から聞こえていた。
夜の河川敷に、六人分の足音が続いた。
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余談だが、そのあと帰り道で見つけた射的で、煉が屋台の景品を全部掻っ攫っていったのはまた別の話。ちなみに俺はゼロだった。まあ煉がほとんど俺にくれたからよし!




