第72話「銀髪の女、彼女の異能とは、、、?」
帰り道、駅に向かって歩いていた時だった。
俺は気配を感じた。
砂浜の方からだ。
剣のような気配だった。
ヴィオラだ。
俺は足を止めた。
「どうした煉」颯が言った。
「少し後で来る。先に駅に行っていてくれ」
「一人で?」
「すぐ行く」
颯がしばらく俺を見た。
「……わかった。待ってるぞ」
「ありがとう」
澪が俺を見た。何も言わなかった。だが目が「気をつけて」と言っていた。
俺は頷いた。
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砂浜に戻った。
夕暮れの砂浜に、一人の人影があった。
ヴィオラだった。
銀色の髪が夕暮れの光に染まっていた。
波打ち際に立って、海を見ていた。
「来ると思っていた」ヴィオラが振り返らずに言った。
「気配を隠していなかったからだろ」
「そうね」ヴィオラが俺を見た。「楽しそうだったわね、友達と」
「見ていたのか」
「少しだけ」ヴィオラが波打ち際から離れた。「邪魔したくなかったから、声をかけなかった」
「なぜ来た」
「話をしたかったから」ヴィオラが静かに言った。「あなたが準備できた時に、と言ったけど——待ちきれなくなった」
「そうか」俺はヴィオラを見た。「交流戦で会って以来だ」
「そうね」
「一つだけ確認する」
「なんかしら」
「倉石先生の記録に、お前に似た剣士の記述があった。魔王時代、俺の近くにいた人物だ」
ヴィオラがしばらく俺を見た。
「そうね。その記述は正しいわ」
「お前が魔王時代にいた剣士か」
「そう」ヴィオラが静かに言った。「私はあなたの傍にいた。ずっと」
「なぜ俺が覚えていない」
「覚えていないのは——あなたのせいじゃないわ」ヴィオラが言った。「理由がある。それを話しに来た」
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俺とヴィオラは、砂浜の岩に並んで座った。
波の音が続いていた。
「まず一つだけ聞く」俺は言った。
「どうぞ」
「お前の異能は何だ」
ヴィオラが少し間を置いた。
「直接聞くのね」そう言って少し笑った。
「昔と全然変わらない、私の異能は不死身よ」ヴィオラが静かに言った。
「不死身」
「そのまま。死なない」ヴィオラが言った。「どんな傷を受けても、どんな攻撃を食らっても——死なない。時間が経てば、完全に回復する」
俺はヴィオラを見た。
「それは異能か。それとも生まれつきか」
「どちらでもある、と言えばいいかしら」ヴィオラが海を見た。「私が生まれた時から、この力はあった。なぜそうなったのか——私にも分からない」
「いつから生きている」
「魔王時代より前から」ヴィオラが静かに言った。「正確な年数は数えていないわ。数えることに意味を感じなくなって久しい」
「不死身だから年を取らないのか」
「取らない。見た目はずっとこのまま」ヴィオラが自分の手を見た。「最初は怖かった。周りの人間が年を取って、死んでいく。自分だけが残り続ける。それが——何度繰り返されたか」
俺は黙っていた。
「魔王時代のあなたを見た時、初めて同じ種類の孤独を感じた」ヴィオラが俺を見た。「あなたも一人だった。誰も追いつけない場所に一人でいた」
「そうだったな」
「だから傍にいた」ヴィオラが言った。「邪魔するつもりはなかった。ただ——同じ種類の孤独を持つ相手の傍にいたかった」
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「なぜ俺が覚えていないんだ」俺は聞いた。
「あなたが封印された時」ヴィオラが静かに言った。「私はあなたの記憶に干渉した」
「記憶に干渉した?」
「封印される前、あなたは多くのことを覚えていた」ヴィオラが続けた。「その記憶のまま封印されれば、封印が解ける時に——過去の執着が邪魔をすると思った。だから」
「俺の記憶を消したのか」
「全部ではない」ヴィオラが言った。「魔王としての力の記憶は残した。戦い方も残した。でも——人との繋がりの記憶を、少しだけ薄くした」
俺は少し間を置いた。
「俺の許可なく、やったのか」
「そうね」ヴィオラが真っ直ぐ俺を見た。「ごめんなさい。でも——後悔はしていない。あなたが今、こうして人間として生きているのを見て、あの判断は正しかったと思っている」
「なぜだ」
「過去の執着がなかったから、あなたは今の黒瀬煉になれた」ヴィオラが静かに言った。「過去の記憶が全部あれば——あなたは魔王のままでいようとしていたかもしれない」
俺は砂浜を見た。
波が繰り返し打ち寄せていた。
「怒っているかしら」ヴィオラが聞いた。
俺は少し考えた。
「怒っていない」
「なぜ」
「お前が言った通りかもしれないからだ」俺は静かに言った。「過去の全てを覚えたまま転生していたら——俺は今の生き方を選ばなかったかもしれない」
「もしかしたら、力を存分に使って世界を壊そうとしていた可能性すらある」
「……そう言ってくれると、少し楽になる」ヴィオラが海を見た。
「ただ一つだけ言う」
「なんかしら」
「次に俺の記憶に干渉しようとするなら、許可を取れ」
ヴィオラがしばらく俺を見た。
それから、小さく笑った。
「わかった。約束する」
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「もう一つ聞く」
「なにかしら」
「お前が俺に話したいことは、それだけか」
ヴィオラが少し間を置いた。
「いいえ」ヴィオラが静かに言った。「もう一つある」
「なんだ」
「冥焔会のことよ」ヴィオラが俺を見た。「あなたは黒剣を取り戻そうとしている。冥焔会の施設に行くつもりでしょ」
「そうだ」
「知っている」ヴィオラが言った。「だから——私も行く」
「なぜだ」
「不死身の使い道を、あなたは分かるかしら」ヴィオラが静かに言った。「死なない人間が一人いれば、どんな状況でも最後まで動き続けられる」
「囮になれるということか」
「そう」ヴィオラが言った。「私は死なない。だから——最も危険な場所に立てる。あなたたちが動くための時間を、私が作れる」
俺はヴィオラを見た。
「なぜそこまでする」
「借りがあるから」ヴィオラが静かに言った。「あなたの記憶を無断で消したこと。その借りを返したい」
「借りなら返した。先ほど謝った」
「謝っただけでは足りない」ヴィオラが言った。「行動で返したい。それが私のやり方だから」そして一つ付け加えるように言った。
「もう一つ本命に理由があるのよ」
その声は煉には届かなかったが、言葉を発した時のヴィオラの耳は光に当てられ、赤みがかっていた。
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俺はしばらく考えた。
不死身の人間が一人いる。
どんな傷を受けても死なない。
それは——確かに大きな戦力だ。
だが。
「一つだけ条件がある」
「なにかしら」ヴィオラが後ろから聞いてきた。
「俺の仲間として動くなら、全員に話を通す必要がある」俺は言った。「颯も、城島も、澪も、里中も、倉石先生も。俺が勝手に決めることじゃない」
ヴィオラが少し目を丸くした。
「……仲間の許可を取るのね」
「当然だ」
「魔王時代のあなたは、全部一人で決めていたけれど」
「今は違う」俺は静かに言った。「今の俺には、一緒に動く仲間がいる。その仲間を無視して動くつもりはない」
ヴィオラがしばらく俺を見ていた。
その目に、何かが宿った。
魔王時代を知っている目だった。
だが——今の俺を見ている目でもあった。
「……変わったのね」ヴィオラが静かに言った。
「そうかもしれない」
「いい方に変わった」
「お前がそう思うなら、そうなんだろう」
ヴィオラが微かに笑った。
「わかった。仲間に話を通してから決めて。私は待つ」
「少し時間をくれ」
「いくらでも」ヴィオラが立ち上がった。「連絡先を交換しましょう。あなたが準備できたら、呼んで」
スマホを取り出した。
連絡先を交換した。
「一つだけ聞いていいか」俺は言った。
「なんかしら」
「お前は——孤独じゃないのか。今も」
ヴィオラがしばらく砂浜を見ていた。
「孤独よ」ヴィオラが静かに言った。「ずっとそうだった。でも——あなたを見ていたら、少し違う気がしてきた」
「何が違う」
「あなたは一人じゃない」ヴィオラが俺を見た。「魔王時代は一人だった。でも今は——仲間がいる。それを見ていて、孤独でなくなる可能性があることを、久しぶりに思い出した」
俺は何も言わなかった。
「それだけよ」ヴィオラが歩き出した。「また連絡して、黒瀬煉」
銀色の髪が夕暮れの光に溶けた。
ヴィオラが砂浜を歩いて、見えなくなった。
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俺は少しの間、砂浜に立っていた。
波の音が続いていた。
空が暗くなり始めていた。
俺の記憶を消したのはヴィオラだった。
怒るべきかもしれない。
だが——怒れなかった。
ヴィオラの言葉が、どこか正しいと感じていたからだ。
過去の記憶が全部あれば、今の俺はなかったかもしれない。
颯も、澪も、城島も、里中も、——今の仲間たちと、こうして過ごすことはなかったかもしれない。
「まあ」
俺は歩き出した。
「なんとかなるだろ」
独り言が、波の音に溶けた。
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駅で全員が待っていた。
颯が「遅かったぞ」と言った。
「少し話していた」
「誰と」
「ヴィオラだ」
全員が静かになった。
「また会ったんですか」澪が言った。
「ここに来ていた」
「何を話していたんですか」城島が聞いた。
「後で全員に話す」俺は言った。「今日は海だ。その話は後でいい」
颯が「わかった」と言った。
里中が「引きずるな、今日は楽しい日だ」と言った。
「そうだな」颯が頷いた。「煉、楽しかったか今日は」
「楽しかった」
「即答だ」颯が笑った。
「楽しかったから即答した」
「そっか」颯が言った。「俺もだ。最高の一日だった」
電車が来た。
全員で乗り込んだ。
夏休みの一日目が終わった。
ヴィオラのことは、後で話す。
今日は——それだけで十分だった。




