第71話「海水浴、まさに夏!」
夏休み初日だった。
颯が全員に連絡を入れてきた。
朝の八時だった。
「計画できた!今日の十時に駅前集合」
俺はスマホを見た。
初日から動くのか。
「わかった!」
颯から即座に返ってきた。
「やった!全員集合したら計画書を見せる。完璧だから覚悟しろ」
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駅前に集まった。
颯が大きな紙を広げた。
手書きの計画書だった。
丁寧に書かれていた。颯にしては珍しく、几帳面な字だった。
「見ろ。夏休みの計画だ」颯が言った。
全員で覗き込んだ。
夏休み計画(作成:おれ)
一日目:海水浴
二日目:花火大会(夜)
三日目:バーベキュー
七月末:黒剣奪還作戦(要相談)
八月:自由行動・訓練、、、?
八月三十一日:夏休み最終日・全員で集まる
「きっちり書いてきましたね」城島が言った。
「夏休みを無駄にしたくなかったから」颯が言った。
「黒剣奪還作戦が計画に入っているのは」澪が静かに言った。
「全部含めて夏休みだから」颯が言った。「楽しいことも大事なことも、全部計画に入れた」
「颯くんらしいですね」澪が言った。
「そうだろ」
里中が「完璧だな」と言った。
颯が「だろ」と言った。
二人の意見が珍しく一致した。
城島が「珍しいですね」と言った。颯が「珍しい」と言った。里中が「うるさい」と言った。
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一日目の海水浴だった。
電車で四十分、海沿いの駅で降りた。
砂浜が広がっていた。
波の音がした。
颯が「来たぞ海」と叫んだ。
里中が「広いな」と言った。
城島が「綺麗ですね」と静かに言った。
澪が「海、久しぶりです」と言った。
俺は砂浜に立って、海を見た。
広かった。
離島で見た海と同じ色だった。だが今日は——仲間が全員いる。
「黒瀬くん」澪が隣に来た。
「なんだ」
「どうですか、二度目の海は」
「悪くない」
「悪くない、ですか」澪が少し笑った。「前より評価が上がりましたね」
「前は一人で見た。今日は全員いる」
「それが違うんですね」
「そうだ」
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颯が海に飛び込んだ。
里中が「負けない」と言って飛び込んだ。
颯と里中が水のかけ合いを始めた。
城島が「二人とも楽しそうですね」と言いながら、静かに波打ち際を歩いていた。
澪が砂浜に敷いたシートに座っていた。
俺もシートの端に座った。
「入らないのか」俺は澪に聞いた。
「少し後で入ります」澪が言った。「今は見ていたい気分です」
「そうか」
「黒瀬くんは」
「後で入る」
「はしゃぎますか」
「はしゃがない」
「努力してください」
「努力する」
波の音が続いていた。
颯と里中がまだ水をかけ合っていた。颯が「先輩、かけすぎです」と言った。里中が「お前が先にかけた」と言った。颯が「かけてない」と言った。里中が「かけた」と言った。
「本当に似た者同士ですね」澪が静かに言った。
「そうだな」
「颯くんと里中先輩がいると、場が明るくなりますね」澪が続けた。「私には、ああいう賑やかさがないので——ありがたいと思っています」
「お前は別の形で場を支えている」
「私が?」
「お前がいると、全員の動きが整う」俺は言った。「颯が騒いで、里中がうるさくて、城島が冷静で。その中でお前が情報を整理して方向を示す。それがないと、ただ騒いでいるだけになる」
澪がしばらく黙っていた。
「……そんな風に見ていてくれたんですか」
「そうだ」
「気づいていませんでした」澪が視線を落とした。「私はただ——みんなの役に立ちたくて、考えているだけです」
「それが役に立っている。だから言った」
澪が少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「お礼を言われることじゃない。本当のことだ」
澪がため息をついた。だが口元が緩んでいた。
「……さらっと言うんですよね、そういうことを」
「さらっとではない」
「さらっとです」澪が海を見た。「でも——嬉しいです」
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昼になった。
砂浜でかき氷を食べた。
颯がイチゴ味を頼んだ。里中がメロン味を頼んだ。城島がレモン味を頼んだ。澪がイチゴ味を頼んだ。俺はブルーハワイを頼んだ。
「煉、ブルーハワイか」颯が言った。
「そうだ」
「なんでブルーハワイにしたんだ」
「色が珍しかった」
「珍しかったから選んだのか」颯が笑った。「煉らしい理由だな」
「そうか」
「美味しいか」
「甘い」
「それだけか」
「甘くて、冷たい」
「それがかき氷だよ」颯が言った。「初めて食べたのか」
「この体ではそうかもしれない」
「魔王時代にかき氷はなかったか」颯が笑った。
「なかった」
「じゃあ夏休みの発見だな」颯が言った。「かき氷が美味しいということ」
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午後、俺は海に入った。
颯が「来たぞ煉」と言った。
「ああ」
「はしゃいでくれ」
「はしゃがない」
「ちょっとだけ」
「ちょっとだけならどういう状態だ」
「笑いながら泳ぐとか」
「笑いながら泳ぐ必要はない」
「つまらない」
「泳ぐことに集中する」
俺は泳いだ。
人間の体で泳ぐのは、離島以来二度目だった。
体の動かし方は分かっていた。
だが、今日はその感覚が違った。
波が体を押す感覚がある。水の冷たさが全身に広がる。
悪くなかった。
颯が隣で泳いでいた。
「煉、ちゃんと泳げるじゃないか」
「当然だ」
「でも楽しいだろ」
「悪くない」
「悪くないか」颯が笑った。「煉の最高評価だな、それ」
「そうかもしれない」
「楽しいって言えよ」
「楽しい」
「言った」颯が声を上げた。「煉が楽しいって言った!澪ちゃーん!聞こえたか!?」
砂浜から澪が「聞こえましたよー」と静かに言った。
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夕方になった。
砂浜に全員が戻ってきた。
夕暮れの光が海を染めていた。
橙色の海だった。
全員でしばらく、その景色を見ていた。
誰も何も言わなかった。
颯が「きれいだな」と静かに、
里中が「そうだな」と元気に、
城島が「夏らしいですね」と冷静に、
澪が「来てよかったです」と囁くように、
ーーーーーーー言った。
俺は何も言わなかった。
だが——来てよかったと思っていた。




