表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/88

第71話「海水浴、まさに夏!」

夏休み初日だった。


 颯が全員に連絡を入れてきた。


 朝の八時だった。


「計画できた!今日の十時に駅前集合」


 俺はスマホを見た。


 初日から動くのか。


「わかった!」


 颯から即座に返ってきた。


「やった!全員集合したら計画書を見せる。完璧だから覚悟しろ」


---


 駅前に集まった。


 颯が大きな紙を広げた。


 手書きの計画書だった。


 丁寧に書かれていた。颯にしては珍しく、几帳面な字だった。


「見ろ。夏休みの計画だ」颯が言った。


 全員で覗き込んだ。


夏休み計画(作成:おれ)


 一日目:海水浴


 二日目:花火大会(夜)


 三日目:バーベキュー


 七月末:黒剣奪還作戦(要相談)


 八月:自由行動・訓練、、、?


 八月三十一日:夏休み最終日・全員で集まる


「きっちり書いてきましたね」城島が言った。


「夏休みを無駄にしたくなかったから」颯が言った。


「黒剣奪還作戦が計画に入っているのは」澪が静かに言った。


「全部含めて夏休みだから」颯が言った。「楽しいことも大事なことも、全部計画に入れた」


「颯くんらしいですね」澪が言った。


「そうだろ」


 里中が「完璧だな」と言った。


 颯が「だろ」と言った。


 二人の意見が珍しく一致した。


 城島が「珍しいですね」と言った。颯が「珍しい」と言った。里中が「うるさい」と言った。


---


 一日目の海水浴だった。


 電車で四十分、海沿いの駅で降りた。


 砂浜が広がっていた。


 波の音がした。


 颯が「来たぞ海」と叫んだ。


 里中が「広いな」と言った。


 城島が「綺麗ですね」と静かに言った。


 澪が「海、久しぶりです」と言った。


 俺は砂浜に立って、海を見た。


 広かった。


 離島で見た海と同じ色だった。だが今日は——仲間が全員いる。


「黒瀬くん」澪が隣に来た。


「なんだ」


「どうですか、二度目の海は」


「悪くない」


「悪くない、ですか」澪が少し笑った。「前より評価が上がりましたね」


「前は一人で見た。今日は全員いる」


「それが違うんですね」


「そうだ」


---


 颯が海に飛び込んだ。


 里中が「負けない」と言って飛び込んだ。


 颯と里中が水のかけ合いを始めた。


 城島が「二人とも楽しそうですね」と言いながら、静かに波打ち際を歩いていた。


 澪が砂浜に敷いたシートに座っていた。


 俺もシートの端に座った。


「入らないのか」俺は澪に聞いた。


「少し後で入ります」澪が言った。「今は見ていたい気分です」


「そうか」


「黒瀬くんは」


「後で入る」


「はしゃぎますか」


「はしゃがない」


「努力してください」


「努力する」


 波の音が続いていた。


 颯と里中がまだ水をかけ合っていた。颯が「先輩、かけすぎです」と言った。里中が「お前が先にかけた」と言った。颯が「かけてない」と言った。里中が「かけた」と言った。


「本当に似た者同士ですね」澪が静かに言った。


「そうだな」


「颯くんと里中先輩がいると、場が明るくなりますね」澪が続けた。「私には、ああいう賑やかさがないので——ありがたいと思っています」


「お前は別の形で場を支えている」


「私が?」


「お前がいると、全員の動きが整う」俺は言った。「颯が騒いで、里中がうるさくて、城島が冷静で。その中でお前が情報を整理して方向を示す。それがないと、ただ騒いでいるだけになる」


 澪がしばらく黙っていた。


「……そんな風に見ていてくれたんですか」


「そうだ」


「気づいていませんでした」澪が視線を落とした。「私はただ——みんなの役に立ちたくて、考えているだけです」


「それが役に立っている。だから言った」


 澪が少し間を置いた。


「……ありがとうございます」


「お礼を言われることじゃない。本当のことだ」


 澪がため息をついた。だが口元が緩んでいた。


「……さらっと言うんですよね、そういうことを」


「さらっとではない」


「さらっとです」澪が海を見た。「でも——嬉しいです」


---


 昼になった。


 砂浜でかき氷を食べた。


 颯がイチゴ味を頼んだ。里中がメロン味を頼んだ。城島がレモン味を頼んだ。澪がイチゴ味を頼んだ。俺はブルーハワイを頼んだ。


「煉、ブルーハワイか」颯が言った。


「そうだ」


「なんでブルーハワイにしたんだ」


「色が珍しかった」


「珍しかったから選んだのか」颯が笑った。「煉らしい理由だな」


「そうか」


「美味しいか」


「甘い」


「それだけか」


「甘くて、冷たい」


「それがかき氷だよ」颯が言った。「初めて食べたのか」


「この体ではそうかもしれない」


「魔王時代にかき氷はなかったか」颯が笑った。


「なかった」


「じゃあ夏休みの発見だな」颯が言った。「かき氷が美味しいということ」


---


 午後、俺は海に入った。


 颯が「来たぞ煉」と言った。


「ああ」


「はしゃいでくれ」


「はしゃがない」


「ちょっとだけ」


「ちょっとだけならどういう状態だ」


「笑いながら泳ぐとか」


「笑いながら泳ぐ必要はない」


「つまらない」


「泳ぐことに集中する」


 俺は泳いだ。


 人間の体で泳ぐのは、離島以来二度目だった。


 体の動かし方は分かっていた。


 だが、今日はその感覚が違った。


 波が体を押す感覚がある。水の冷たさが全身に広がる。


 悪くなかった。


 颯が隣で泳いでいた。


「煉、ちゃんと泳げるじゃないか」


「当然だ」


「でも楽しいだろ」


「悪くない」


「悪くないか」颯が笑った。「煉の最高評価だな、それ」


「そうかもしれない」


「楽しいって言えよ」


「楽しい」


「言った」颯が声を上げた。「煉が楽しいって言った!澪ちゃーん!聞こえたか!?」


 砂浜から澪が「聞こえましたよー」と静かに言った。


---


 夕方になった。


 砂浜に全員が戻ってきた。


 夕暮れの光が海を染めていた。


 橙色の海だった。


 全員でしばらく、その景色を見ていた。


 誰も何も言わなかった。


 颯が「きれいだな」と静かに、


 里中が「そうだな」と元気に、


 城島が「夏らしいですね」と冷静に、


 澪が「来てよかったです」と囁くように、


ーーーーーーー言った。


 俺は何も言わなかった。


 だが——来てよかったと思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ