第70話「欲張りな夏休み」
食事が終わった頃、颯が言った。
「みんなに一つだけ言っていいか」
「どうぞ」
「俺さ——この一年間で、めちゃくちゃ変わったと思う」颯が言った。「覇凰学園に入って、煉と出会って、澪ちゃんと城島先輩と知り合って、里中先輩も仲間になって」
「そうだな」
「去年の俺は——ただ嵐操作が得意なだけの奴だった」颯が続けた。「でも今は、目標がある。強くなりたい理由がある」
「何が理由だ」
「みんながいるから」颯が言った。「煉が頑張ってるから、俺も頑張れる。澪ちゃんが頭を使って考えてくれるから、俺は体を動かすことに集中できる。城島先輩が冷静でいてくれるから、俺が騒いでも大丈夫だって思える」
「颯くん」澪が静かに言った。
「里中先輩は——うるさいけど」颯が里中を見た。
「うるさいは余計だぞ」里中が言った。
「うるさいけど、元気をもらえる」颯が言った。「先輩がいると、なんか場が明るくなる」
里中がしばらく颯を見た。
「……そうか」里中が静かに言った。「それならうるさいのは許してやる」
「許してもらえた」
「一度だけだ」
「また言ってる」
全員が少し笑った。
「誕生日に言うことじゃないかもしれないけど」颯が続けた。「みんなと一緒にいられてよかったと思ってる。本当に」
沈黙があった。
温かい沈黙だった。
「俺も」俺は静かに言った。
「煉が言った」颯が笑った。
「本当のことだ」
「わかってる」颯が言った。「わかってるけど、嬉しい」
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帰り道だった。
颯と里中が先を歩いていた。
城島が少し後ろを歩いていた。
俺と澪が最後尾だった。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「颯くんのプレゼント——手合わせの約束を紙に書いて渡したのは、なぜですか」
「颯に一番喜んでほしいものを考えた結果だ」俺は言った。「颯が一番欲しいものは、物ではないと思った」
「俺と本気で戦う機会、ですか」
「そうだ。颯はずっと俺に追いつきたいと思っている。それが一番の望みだと感じていた」
澪がしばらく黙っていた。
「……あなたは、人のことをよく見ていますね」
「魔王時代の癖だ。相手を読む習慣が抜けない」
「悪い癖じゃないと思います」澪が言った。「颯くん、本当に嬉しそうでした」
「そうだったな」
「あなたのプレゼントが一番喜ばれていましたよ」
「そうか」
「そうです」澪が少し間を置いた。「黒瀬くん」
「なんだ」
「私の誕生日は十月です」
俺は澪を見た。
「何が欲しいんだ」
「まだ三ヶ月以上ありますが」澪が言った。「覚えていてください」
「覚えた」
「何をもらえますか」
「何が欲しいか言えば、考える」
「欲しいものを言うのは野暮だと思っています」澪が言った。「サプライズが好きです」
「難しいことを言う」
「あなたならできます」澪が微かに笑った。
「根拠は」
「颯くんの欲しいものを、言葉にせずに見抜いたから」澪が言った。「私のことも、そうやって見てくれると嬉しいです」
俺は少し考えた。
「わかった」
「本当に?」
「本当だ」
「楽しみにしています」澪が前を向いた。
後ろから楓と里中が突っ込むように走っており、さらに少し後ろから城島が追いかけていた。2人が澪と煉に近づいて言った。
「俺は今日!!!」
「私は12月ー!!!」
「先輩、誕生日12月だったんですね」
「そうだ!ちゃんと祝えよな!」
「わかりました」楓はそう言ってフッと笑った。「そういえば城島先輩は、、、」
「私は5月です」
その瞬間みんなが固まった。
「「なんで言ってくれなかったの!」」
「わざわざ言うほどのことでもないと思っていたので」
「もー、言ってくれれば俺全力で祝ったのに」と独り言のように楓が呟いた後に言った。
「もう絶対に忘れないので、今年の分も含めて来年祝います!覚悟していてください」
「それは楽しみです」と言って城島が先に歩いていってしまった。光に照らされた城島の顔は、気のせいか少し紅く紅潮しているように見えた。
七月の終わりだった。
期末試験が終わった。
颯が「終わった」と叫び、里中が「当然だ」と言った。颯が「先輩も試験あったんですか」と言い、里中が「当然だろ」と言った。
倉石が全校集会で言った。
「明日から八月三十一日まで、夏休みだ」
颯が「夏休みだ」と小声で言った。
「神崎、静かにしろ」
「はい」
「夏休み中も、自律的に訓練を続けること」倉石が続けた。「特にSランクの黒瀬と城島は、学園外での活動が増える可能性がある。体調管理を怠るな」
「わかりました」城島が頷いた。
「黒瀬」
「なんですか」
「夏休み中に動くつもりがあるのはわかっている」倉石が俺にだけ聞こえるような声で、静かに言った。「無理をするな。それだけだ」
「わかりました」
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全校集会が終わった。
颯が「夏休みの計画を立てる」と言った。
「何をするつもりだ」
「まず海だ」颯が言った。「前に約束しただろ。みんなで海に行くって」
「言っていたな」
「絶対行くぞ」颯が拳を握った。「あとバーベキューとか花火とか、夏らしいことを全部やりたい」
「全部か」
「夏休みは一回しかないから」颯が言った。「やれることは全部やる」
「颯くんらしいですね」澪が静かに言った。
「そうだろ」颯が笑った。「でも——やることをやった上で、黒剣奪還の準備も全部終わらせる。全部一緒にやる」
「欲張りだな」
「欲張りでいい」颯が言った。「大事なことは全部、やる。どっちかを諦めるのは俺の性格に合わない」
俺は颯を見た。
「そうだな」
「同意してくれた」颯が笑った。「じゃあ決まりだ。夏休みは全部やる。楽しいことも、大事なことも」
「その計画、お前が立てろ」
「もちろんだ」颯が言った。「任せろ」
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颯が先に帰った。
里中も帰った。
城島が「では私も」と言って帰った。
俺と澪が残った。
「澪」
「なんですか」
「夏休み、何がしたいか」
澪が少し考えた。
「色々あります」澪が言った。「でも——一番は、全員で無事に夏休みを終えることです」
「黒剣奪還が夏休み中にあるからか」
「そうです」澪が俺を見た。「夏休みが終わって、全員が無事でいることが——私の一番の希望です」
「なる」
「絶対ですか」
「絶対だ」
「約束ですよ」
「約束だ」
澪が少し間を置いた。
「……もう一つだけ」
「なんだ」
「颯くんが言っていた海——私も行きたいです」澪が静かに言った。「あなたと、みんなと、海に行きたいです」
「行く」
「本当に?」
「本当だ。颯が計画を立てたら、行く」
「楽しみです」澪が微かに笑った。「あなたが海ではしゃぐところが見たいです」
「はしゃがない」
「はしゃいでくれると嬉しいです」
「はしゃぐかどうかは保証できない」
「努力してください」
「努力する」
澪が笑った。
「では、夏休みを楽しみにしています」
「そうだな」
「まあ、なんとかなるでしょう」澪が先に言った。
「お前が言うのか、それを」
「たまには言いたくなります」澪が言った。「なんとかなりますよね、夏休みも」
「なる」俺は言った。「全部、なんとかなる」
澪が頷いた。
夕暮れの廊下に、二人の足音が続いた。
夏休みが、始まろうとしていた。




