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69話「ある剣士の話と楓の誕生日」

六月の終わりだった。


 放課後、澪が倉石の記録を確認しに行った。


 俺はその間、屋上で待っていた。


 風が吹いた。


 空が夕暮れに染まり始めていた。


 颯が屋上に来た。


「煉、何してるんだ」


「待っている」


「澪ちゃんを?」


「そうだ」


「仲がいいな」颯が俺の隣に座った。「最近、特に」


「そうか」


「そうだよ」颯が空を見上げた。「煉、澪ちゃんのことどう思ってるんだ」


 俺は少し考えた。


「大事だと思っている」


「それだけか」


「それだけではないかもしれない」


 颯がしばらく俺を見た。


「……煉がそういうことを言うの、珍しいな」


「本当のことだから言った」


「そっか」颯が笑った。「澪ちゃんに言えよ、直接」


「言っている」


「え、もう言ったのか」


「何度か」


「何度か」颯が目を丸くした。「いつの間に」


「色々な機会に」


「俺、知らなかった」颯が頭を掻いた。「煉、意外と動いてるんだな」


「動いているつもりはない。本当のことを言っているだけだ」


「それが動いてるっていうんだよ」颯が笑った。「まあ——応援してる」


「ありがとう」


「珍しく素直に受け取ったな」


「お前の応援は、素直に受け取れる」


 颯がまた固まった。


「……今日の煉、調子が狂う」


「なぜだ」


「さらっとそういうことを言うから」颯が言った。「俺も嬉しいじゃないか」


「本当のことだ」


「わかってる」颯が笑った。「わかってるけど——照れる」


---


 澪が屋上に来たのは、三十分後だった。


 ノートを抱えていた。


「待たせました」


「大丈夫だ」


「颯くんも来ていたんですね」


「暇だったから」颯が言った。「で、何がわかったんだ」


 澪がノートを開いた。


「倉石先生の封印の記録に、一つだけ似た記述がありました」澪が静かに言った。「ヴィオラという名前そのものではありませんでしたが——魔王ヴァルゼイドの時代に、一人の剣士の記録が残っていました」


「剣士?」俺は言った。


「女性の剣士です」澪が続けた。「名前は記録されていませんでしたが——魔王の近くにいたと書かれていました。敵でも味方でもなく、ただそこにいた、という記述でした」


「敵でも味方でもなく」


「そう書かれていました」澪が俺を見た。「ヴィオラが言っていた通りですね。今は敵ではない、という言葉と一致します」


「魔王時代の記録に残っているということは——相当な年齢のはずだ」俺は言った。


「そうなりますね」澪が言った。「あなたと同じように、何らかの形で時代を超えてきた可能性があります」


「転生か、あるいは別の方法か」


「わかりません」澪が言った。「でも——倉石先生は、この記録を見て一つだけ言いました」


「なんと言っていた」


「慎重に接しろ、と」澪が静かに言った。「敵ではないかもしれないが、全てを信用するのは早い、と」


「倉石先生らしい言い方ですね」颯が言った。


「そうですね」澪が頷いた。「でも——私も同じ意見です。もう少し情報が集まってから、判断した方がいい」


「わかった」俺は言った。「ヴィオラのことは保留にする。向こうから来た時に、その時考える」


「それでいいと思います」澪がノートを閉じた。


---


 七月に入った。


 暑くなった。


 学園の廊下に、七月の行事予定が張り出された。


 颯が行事予定を見て「夏休みが来る」と言った。


「そうだな」


「夏休みになったら何する? 煉」


「黒剣奪還の準備だ」


「それは当然として」颯が言った。「それ以外で」


「それ以外か」俺は少し考えた。「特にない」


「ないのか」颯が言った。「海とか行かないのか。離島で初めて海を見たんだろ」


「そういえばそうだったな」


「そういえばって」颯が笑った。「夏休みに海行こうぜ。みんなで」


「お前が計画を立てれば行く」


「本当か」颯が目を輝かせた。「じゃあ計画する。絶対する」


---


 七月の第二週に入った頃だった。


 颯が放課後、俺と澪と城島を集めた。


 里中も来た。


「みんなに聞きたいことがある」颯が言った。


「なんだ」


「七月十三日って、空いてるか」


 全員が顔を見合わせた。


「何かあるのか」と城島が聞いた。


「七月十三日は——俺の誕生日です」颯が言った。


 澪が「知っています」と静かに言った。


「知ってたのか」颯が言った。


「調べていました」澪が言った。「以前、颯くんの誕生日に集まりたいと黒瀬くんに話しました」


「えっ、煉も知ってたのか」


「澪から聞いていた」


「二人に知られてた」颯が少し照れた顔をした。「じゃあ——誕生日に何かしたいな、みんなで」


「何がしたいんだ」と俺は聞いた。


「特別なことじゃなくていい」颯が言った。「ただみんなで集まって、飯食って、騒いで——そういう感じがいい」


「できる」俺は言った。


「本当か」颯が顔を上げた。


「お前が望むなら、そうする」


 颯がしばらく俺を見た。


「……煉に言ってもらえると、なんか嬉しいな」颯が言った。「ありがとう」


「誕生日おめでとう、と先に言っておく」


「まだ誕生日じゃないぞ」


「先に言いたかった」


「そういうことするんだな、煉が」颯が笑った。


 里中が「私も行く」と言った。颯が「先輩も来るんですか」と言った。里中が「仲間だからな」と言った。颯が「そうですね」と言った。


 澪が「七月十三日、楽しみにしています」と静かに言った。城島が「私も」と言った。


---


 七月十三日だった。


 颯の誕生日だった。


 放課後、五人で駅前の少し広い個室のある飲食店に入った。


 里中が「私が予約した」と言った。颯が「先輩が予約してくれたのか」と言った。里中が「当然だ」と言った。颯が「ありがとうございます」と言った。里中が「うるさい」と言った。颯が「お礼言っただけです」と言った。


 席に着いた。


 料理を頼んだ。


 颯が「誕生日に個室で飯食うの、初めてだ」と言った。「実家にいた時は家族で食べてたけど、こうやって友達と食べるの、初めてで」


「そうか」


「なんか——嬉しいな」颯が言った。


「嬉しいなら喜べ」


「喜んでる」颯が笑った。「ちゃんと喜んでる」


---


 料理が来た。


 食べ始めた時、澪がバッグから小さな包みを取り出した。


「神崎くん」


「なんだ」


「誕生日プレゼントです」澪が差し出した。


 颯が受け取った。開けた。


 スポーツ用のリストバンドだった。嵐操作の訓練中に使えるものだ。


「澪ちゃん、こういうのよく知ってるな」颯が言った。


「あなたが訓練中に手首を使いすぎることがあったので」澪が言った。「役に立てばと思いました」


「役に立つよ。ありがとう」颯が言った。「澪ちゃんらしいプレゼントだ」


「そうですか」


「実用的で、ちゃんと俺のことを見ててくれてるって感じで」颯が言った。「嬉しい」


 澪が視線を逸らした。


「お礼を言われることじゃないです」


---


 城島が「私からも」と小さな箱を出した。


 颯が開けた。


 シンプルなデザインのキーホルダーだった。嵐を連想させる、銀色の風車のモチーフだ。


「城島先輩、センスいいな」颯が言った。


「颯くんのイメージで選びました」城島が言った。


「俺のイメージが風車か」


「嵐操作をする人なので」


「そっか」颯がキーホルダーをカバンにつけた。「ありがとうございます、城島先輩」


「どういたしまして」


---


 里中が「私からもある」と袋を渡した。


 颯が開けた。


 大量の菓子が入っていた。


「先輩、量が多い」颯が言った。


「好きだろ、お前」里中が言った。


「好きです」


「なら問題ない」里中が言った。「食べ切れなかった分は私が食べる」


「自分も食べる気だったのか」


「折半だ」


「折半って誕生日プレゼントとしてどうなんですか」


「うるさい」


 颯が笑いながら「ありがとうございます」と言った。里中が「どういたしまして」と素直に言った。颯が「先輩、ちゃんとどういたしましてって言えるんですね」と言った。里中が「うるさい」と言った。


---


 全員が颯を見た。


 最後に俺だった。


 俺はテーブルの上に、一枚の紙を置いた。


「なんだこれ」颯が言った。


「黒剣を取り戻した後、お前と一対一で手合わせをするという約束だ」俺は言った。「それを紙に書いた」


 颯が紙を見た。


 シンプルな文字で、約束の内容が書かれていた。


「黒剣奪還後、神崎颯との一対一の手合わせを行う。黒瀬煉」


 颯がしばらく紙を見ていた。


「……煉らしいプレゼントだな」颯が静かに言った。


「物より、これの方が価値があると思った」


「価値ある」颯が言った。「めちゃくちゃ価値ある。今俺が1番欲しいものだ!」颯が紙を大事そうに折りたたんだ。「絶対に大切にする」


「頑張れ」


「頑張る」颯が顔を上げた。目が少し潤んでいた。「ありがとう、煉」


「誕生日おめでとう」


「ありがとう」颯がしっかりと言った。

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