第7話「無能者狩りと、黒剣の初仕事」
入学二日目の朝、俺が教室に入った瞬間にそれを実感した。廊下でもすれ違う生徒たちがこちらを見る。小声で何かを言い合っている。内容は大体、同じだ。
「あれが無能者の特別入学か」「剣持ち歩いてるんだって」「異能もないのに何しに来たんだろ」
俺は気にせず自分の席に座った。
颯が後ろから肩を叩いた。
「注目の的だな」
「うるさい」
「事実を言っただけだ。お前の言い方で言うと」
俺は何も言わなかった。颯がけらけら笑った。
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一時限目は戦闘理論の座学だった。
異能の分類、戦闘における異能の運用方法、相性関係。教員が淡々と板書しながら説明していく。内容自体は魔王時代の戦闘知識と重なる部分が多く、俺には復習に近かった。
問題は二時限目だった。
実技——戦闘訓練だ。
広い訓練場に全員が集められた。担当教員は倉石ではなく、壮年の女性教員だった。名前は篠崎という。
「本日は基礎的な異能運用の確認を行います。各自、対人を想定した模擬戦を行ってください。組み合わせはランダムで指定します」
篠崎が名簿を見ながら組み合わせを読み上げていく。
颯は早々に呼ばれて、相手のCランク生徒と向き合った。颯が嵐操作を発動した瞬間、相手が二秒で降参した。颯は拍子抜けした顔をしていた。
澪は呼ばれなかった。補助要員として端で見学している。無能者は原則、実技を見学するらしい。
そして俺も、しばらく呼ばれなかった。
篠崎が名簿を見て、少し間を置いた。
「黒瀬煉」
「はい」
「あなたは……特別枠での参加ですね」篠崎が俺の腰の黒剣を見た。「武器の持ち込みは本来規則違反ですが、入学許可の条件に含まれているとのことで、今回は認めます。ただし刃は使わないこと」
「了解です」
「相手は……」篠崎が少し考えてから、名前を呼んだ。「桐島、お願いします」
訓練場の端から、大柄な三年生が出てきた。
上級異能者のエンブレム。肩幅が広く、体格がいい。俺より頭一つ分は背が高い。
周囲がざわめいた。
「桐島先輩じゃないか」「三年のBランクトップだぞ」「なんで一年と組ませるんだ」
桐島は俺を見下ろし、鼻で笑った。
「無能者か。怪我させたら悪いし、さっさと終わらせてやるよ」
俺は桐島を見た。
強い、とは思わなかった。体格がいい。異能の出力も高そうだ。だが目が油断している。俺を最初から下に見ている目だ。
「始め」
篠崎の声と同時に、桐島が動いた。
地面が隆起した。土系の異能だ。地面から石の柱が次々と生え、俺に向かって突き出してくる。速い。Bランクトップというのは伊達ではない。
俺は走った。
石柱の間を縫うように、最短距離で桐島に向かって。石柱が俺を追うが、俺の方が速い。
桐島が目を見開いた。
「なっ——」
俺は桐島の懐に潜り込み、剣の柄で脇腹を打った。次に足を払って体勢を崩し、背中を床に押しつけた。剣の腹を首筋に当てる。
静止。
全部で七秒だった。
訓練場が完全に静まり返った。
篠崎が「そこまで」と言った。声が少し上ずっていた。
桐島がゆっくりと起き上がった。その顔は、先ほどまでの余裕が完全に消えていた。
「……お前、何者だ」
「黒瀬煉。Eランクの一年です」
桐島の顔が赤くなった。屈辱と怒りが混じった色だ。
だが桐島は何も言わなかった。立ち上がって、訓練場の端に戻っていった。
周囲の生徒たちが、俺を見ていた。
颯だけが「よし!」と小声でガッツポーズをしていた。
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昼休みになると、学園中に噂が広まっていた。
無能者がBランクの三年を七秒で沈めた。剣一本で、異能を使わずに。
廊下を歩くたびに視線が刺さる。午前中のそれとは種類が違う。好奇心と、畏れが混じった目だ。
颯が俺の隣を歩きながら上機嫌で言った。
「すごい噂になってるぞ。もう学園中に広まってる」
「面倒だな」
「仕方ない。お前が強すぎるんだ。俺は誇らしいけどな」
「お前が誇る話じゃない」
「相棒の武勲は相棒の誇りだ」
論理が相変わらず独特だ。
澪が反対側から俺に並んだ。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「午前中の訓練、見ていました」澪が少し声を落とした。「桐島先輩、怒っていましたよ。ああいうタイプは引かないので、気をつけてください」
「ありがとう」
「……お礼を言われることじゃないです」
澪が少し顔を逸らした。颯がにやにやしていた。俺は颯を無視した。
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案の定、翌日に動きがあった。
放課後、倉石に呼び止められた。
「桐島からランク戦の申請が出た」
「俺へのか」
「ああ」倉石が腕を組んだ。「ランク戦は月末が正式な開催日だが、個人間の申請があれば随時行える。桐島はお前に正式な挑戦状を出した」
「受けます」
「即答か」
「断る理由がない」
倉石がしばらく俺を見た。
「一つ、知っておけ」倉石の声が少し低くなった。「桐島は『無能者狩り』と呼ばれている」
「……どういう意味だ」
「過去に三人、無能者の生徒がいた。桐島に目をつけられて、ランク戦で徹底的に叩きのめされた。三人とも、精神的に参って退学した」
俺は黙って聞いた。
「ランク戦は正式なルールの下で行われる。だから学園側も強くは止められない。だが桐島の戦い方は——必要以上に相手を追い詰める」倉石が俺を真っ直ぐ見た。「お前は退学させられるつもりはないだろうが、念のため言っておく」
「わかりました」
「返事だけは一人前だな」
「返事だけじゃないですよ」
倉石が小さく鼻を鳴らした。それが笑いなのかどうか、判断がつかなかった。
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翌日の放課後、正式なランク戦が行われることになった。
会場は学園の第二訓練場だ。ランク戦は基本的に非公開だが、申請者が公開を希望した場合は観戦が許可される。桐島は公開を選んだ。
つまり、見せしめにするつもりだ。
第二訓練場に着くと、すでに観客が集まっていた。三十人はいる。上級生が多い。桐島の取り巻きだろう。一年生も何人かいた。颯と澪の姿も見えた。
颯が駆け寄ってきた。
「来たな! 俺、応援してるからな!」
「わかった」
「怪我するなよ」
「しない」
澪が颯の後ろから静かに言った。
「……終わったら、ちゃんと立っていてください」
「立ってる」
「約束ですよ」
「約束だ」
澪が小さく頷いた。
俺は訓練場の中央に向かった。
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桐島がすでに中央に立っていた。
昨日と違い、今日の桐島の目には油断がなかった。昨日の七秒が、桐島のプライドに深く刺さっているのだろう。
「昨日は油断した」桐島が低い声で言った。「今日は本気でいく。無能者だろうと手加減はしない」
「そうしてくれ」
「後悔しても知らないぞ」
「後悔する前に終わる」
桐島の目が細くなった。
審判を務める教員が前に出た。
「覇凰学園正式ランク戦。黒瀬煉、Eランク対桐島剛、Bランク。降参または戦闘不能で決着とする。準備はいいか」
「はい」「ああ」
「——始め」
桐島が地面を踏んだ。
今度は昨日と規模が違った。訓練場の床全体が隆起する。石の壁が四方から迫り、逃げ場を塞ぐ。同時に天井から石の槍が降ってくる。
閉じ込めてから潰す戦術だ。
俺は上に跳んだ。
石の壁が閉じる前に、壁を蹴って高く跳び上がる。石の槍の雨を、空中で体を捻って躱す。一本、二本、三本。全部かすりもしない。
「飛んだ!?」
観客席から声が上がった。
桐島が地面を操作して、俺の着地点を石の針山にしようとした。俺は着地点を変えた。空中で体の向きを変え、桐島の真後ろに降りる。
桐島が振り返った。
遅い。
俺はすでに動いていた。剣の腹で桐島の両膝の裏を打ち、前のめりに崩れたところで背中に乗り、剣を首筋に当てた。
静止。
今度は五秒だった。
観客が声を失っていた。
桐島の体が、怒りで震えていた。
「……降参、しない」
低い声だった。
「降参しないと言っている。まだ終わっていない」
「動けないだろう」
「異能はまだ使える。お前を道連れにしてやる」
地面が揺れた。桐島の異能が、訓練場全体を巻き込もうとしていた。俺を離せば、桐島は全力の異能を撃ち込んでくる。だが俺が押さえ続ければ、俺もその爆発に巻き込まれる。
観客席がざわめいた。
「まずい、桐島先輩、訓練場ごと壊す気か」「逃げろ」「黒瀬が巻き込まれる」
澪の声が聞こえた気がした。
俺は桐島の耳元で静かに言った。
「桐島」
「……なんだ」
「お前が今から撃とうとしている力、俺には届かない」
「強がりを——」
「強がりじゃない」俺は静かに続けた。「ただの事実だ。お前の全力を受けても、俺は立っている。それがわかっているから、俺は今も動じていない」
桐島の体の震えが、少し止まった。
「……嘘だ」
「試してみてもいい。ただし」俺は続けた。「観客席に澪がいる。颯もいる。お前の爆発は俺だけじゃなく、彼女たちにも届く」
長い沈黙があった。
地面の揺れが、ゆっくりと収まっていった。
桐島の全身から、力が抜けた。
「……降参だ」
その声は、ひどく小さかった。
審判の教員が前に出た。
「勝者、黒瀬煉」
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訓練場を出ると、颯が飛びついてきた。
「やったぞ煉! Bランク撃破だ! ランク戦でBランクに勝ったから、お前のランクが上がるぞ!」
「そうか」
「そうかじゃない! すごいことだぞ!」
澪が俺の前に立った。
怒っている顔だった。
「無茶しないでくださいと言いましたよね」
「無茶はしていない」
「最後、爆発に巻き込まれそうでした」
「計算の範囲内だ」
「見ている側には関係ありません」澪の声が、少し震えていた。「見ている側は、計算なんてわからないんですから」
俺は澪を見た。
眼鏡の奥の目が、怒りと安堵が混じって揺れていた。
俺は少し考えてから言った。
「すまなかった」
澪が目を瞬いた。
「……謝るんですか」
「配慮が足りなかった。次は気をつける」
澪がしばらく俺を見ていた。それから小さく息を吐いた。
「……次は、ちゃんと気をつけてください」
「ああ」
「約束ですよ」
「約束だ」
颯が「いい話だ〜」と呟いた。澪が「神崎くんは黙っていてください」と言った。颯が「はい」と素直に答えた。
俺は訓練場を振り返った。
Eランクから、一つ上がった。
まだ底に近い。だが確かに、動き出した。
「まあ、なんとかなるだろ」
颯が「なるな!」と言った。澪が「なりますよ」と小さく言った。
俺は歩き出した。頂点はまだ遠い。だが今日の一歩は、確かに前に向いていた。




