第6話「ランク制度と最下位の男」
覇凰学園には、ランク制度があった。
入学初日の午後、担任の倉石がホームルームでそれを説明した。黒板に白墨で表を書きながら、淡々とした口調で話す。
「この学園では、生徒全員にランクが付与される。最下位のEランクから最上位のSランクまで、五段階だ。ランクは月に一度行われる学園内ランク戦の結果によって変動する」
黒板に書かれた表を、俺は眺めた。
| ランク | 基準
| Sランク | 学園最上位。現在一名
| Aランク | 上位異能者クラス
| Bランク | 中堅異能者クラス
| Cランク | 下位異能者クラス
| Eランク | 無能者・未覚醒者
「ランクによって、使用できる施設や受けられる授業が変わる。上位ランクほど高度な訓練環境と、学園が用意する実戦機会が与えられる」
倉石が続けた。
「初期ランクは入学試験の結果を参考に仮設定される。黒瀬」
「はい」
「お前の初期ランクはEだ」
教室がざわめいた。当然だ。Eランクは無能者と同義だ。特別入学した生徒の初期ランクがEというのは、学園側の意思表示でもあるのだろう。
俺は静かに答えた。
「わかりました」
颯が後ろから小声で言った。
「納得してるのか」
「してる。最下位から始める方が、やりやすい」
「……どういう発想だ」
澪が横からちらりと俺を見た。何か言いたそうだったが、黙っていた。
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倉石の説明が続く。
「ランク戦は月末に行われる。希望者は誰でも上位ランクの生徒に挑戦できる。勝てば挑戦した側のランクが一つ上がり、負けた側のランクが一つ下がる。ただし挑戦は一日一回まで、同じ相手への連続挑戦は一週間の間隔が必要だ」
「先生」
声が上がった。
前列の中央、一人の男子生徒が手を挙げていた。
スラりとした長身に、整った顔立ち。制服の胸元には、Sランクを示す銀のバッジが光っていた。
初期ランクがS。つまりこの男が、新入生唯一のSランク生徒だ。
「城島か」
「はい」倉石が指名すると、城島と呼ばれた男はゆっくりと立ち上がった。「確認なのですが、Eランクの生徒がSランクに挑戦することも、ルール上は可能ですか」
教室が静まり返った。
城島の目が、俺に向いていた。
真っ直ぐな目だった。敵意というより、品定めするような目だ。
「ルール上は可能だ」と倉石が答えた。「ただし——」
「ありがとうございます」城島は倉石の言葉を遮り、俺を見たまま続けた。「黒瀬煉くん、でしたね」
「そうだ」
「僕は城島蓮。生徒会副会長を務めています」城島は静かな声で言った。「無能者の特別入学については、生徒会としても懸念を持っています。もちろん、あなたを個人的に否定するつもりはありません。ただ——」
城島が微かに笑った。
「実力で示してもらえると、話が早い」
教室の空気が張り詰めた。
颯が「おいおい」と小声で言った。澪が息を呑む気配がした。
俺は城島を見た。
嫌いではなかった。正面から来る人間は、わかりやすくていい。
「わかった」
「……それだけですか」
「それだけだ。実力で示せばいいんだろ」
城島がしばらく俺を見ていた。それから静かに席に着いた。
倉石が何事もなかったように説明を続けた。だが教室の空気はしばらく元に戻らなかった。
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放課後、颯が俺の席に来た。
「城島のやつ、生徒会副会長だぞ。しかも新入生でいきなりSランクって、化け物じゃないか」
「強いんだろうな」
「怖くないのか」
「どうして怖い」
颯が頭を掻いた。
「普通は怖いだろ。Sランクに目をつけられたんだぞ。しかも生徒会だ。学園内で逆らったら色々と面倒なことになる」
「面倒なことになるとしたら、それはその時に考える」
「今から考えておくのが普通だ!」
「お前は心配性だな」
「お前が心配しなさすぎるんだ!」
俺は立ち上がり、荷物を持った。
「颯」
「なんだ」
「城島の異能、知ってるか」
颯が少し真剣な顔になった。
「光操作系だと聞いた。光の速度で動けるし、光線を武器にもできる。制御精度が異常に高いらしい。新入生でSランクなのも納得の実力だ」
「そうか」
俺は窓の外を見た。夕暮れが校舎を橙色に染めていた。
光操作。
あの戦いで勇者が俺を封印したのも、光の魔法だった。因縁めいたものを感じなくもないが——それは偶然だろう。
「なあ煉」颯が少し声を落とした。「本当に、Sランクに挑戦するつもりか」
「いつかはな」
「いつか、じゃなくて今すぐやりそうな顔してたぞ」
「さすがに初日はしない」
「よかった……」颯が胸を撫で下ろした。「せめてランク戦まで待ってくれ」
「まあ、なんとかなるだろ」
「その言葉が一番怖い!」
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廊下に出ると、澪が壁際に立っていた。
俺たちを待っていたらしい。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「城島くんのこと」澪が少し言葉を選ぶように間を置いた。「気をつけてください」
「ありがとう」
「お礼を言われることじゃないです」澪が眉を寄せた。「城島くんは強いだけじゃない。頭もいい。生徒会を動かして、ルールの範囲内でじわじわと追い詰めるタイプです。正面からのバトルより、そっちの方が厄介です」
俺は澪を見た。
「詳しいな」
「中学時代に一度、関わったことがあるので」
それ以上は言わなかった。踏み込んで欲しくない顔だ。
「わかった。参考にする」
澪が小さく頷いた。それから颯を見た。
「神崎くんも、巻き込まれないようにしてください」
「俺は煉の相棒だから、巻き込まれる気満々だけど」颯がにやりとした。「でもまあ、忠告はありがたく受け取っとくよ」
澪がため息をついた。
「……二人とも、似た者同士ですね」
「俺たちが?」颯が目を丸くした。「全然違うだろ、俺たち」
「傍から見たら同じです」
俺と颯は顔を見合わせた。
颯が「心外だ」と言った。俺は何も言わなかった。
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学園を出る頃には、すっかり日が暮れていた。
正門を出たところで、俺は足を止めた。
城島が一人で立っていた。
待っていたらしい。夕暮れの中、城島は俺を見て静かに言った。
「少し、話せますか」
「颯」
「わかった」颯が澪と先に歩き出した。「あとで連絡しろよ」
二人の足音が遠ざかった。
俺と城島、二人になった。
城島が口を開いた。
「誤解しないでほしいのですが」
「してない」
「……早いですね」
「お前は敵意で動いてるわけじゃない。授業中の言い方でわかった」
城島が少し目を細めた。
「そうです。僕はただ——この学園を守りたい」
「無能者の入学が、学園を脅かすと思ってるのか」
「思っていません」城島は静かに言った。「ただ、前例のないことには必ず摩擦が生まれる。あなたが実力を示せば、それを黙らせることができる。だから正面から言いました」
俺は城島を見た。
真っ直ぐな目だ。迷いがない。どこかで見た目だと思った。
「一つ聞く」
「何でしょう」
「お前は強くなりたいか」
城島が少し驚いた顔をした。想定外の問いだったらしい。
「……強くなりたいです。当然」
「なぜ」
「守りたいものがあるから」
俺は少し考えた。
「そうか」
「あなたは? なぜ強くなりたいんですか」
俺は空を見上げた。夜の帳が落ちて、星が一つ、また一つと灯り始めていた。
「答えを探してる」
「答え?」
「昔、問いを立てた。その答えを、この体で出したい」
城島はしばらく俺を見ていた。
「……よくわかりませんが」やがて城島が言った。「ランク戦で会いましょう。Eランクからどこまで上がれるか、楽しみにしています」
「ああ」
城島が踵を返した。その背中に、俺は言った。
「城島」
「何ですか」
「お前の異能、光操作だろ」
城島の足が止まった。振り返らずに答えた。
「……よく知っていますね」
「光には、影がある」
しばらく間があった。
城島がゆっくりと振り返った。その目が、初めて純粋な興味の色を帯びていた。
「楽しみにしています、黒瀬くん」
今度こそ城島は歩いていった。
俺は夜空を見上げた。星が増えていた。
覇凰学園、一日目。
強敵の予感と、拭えない謎と、うるさい相棒と、真面目すぎる隣人。
それから——底から這い上がる、始まりの予感。
「まあ、なんとかなるだろ」
夜風が、俺の黒髪を揺らした。




