第65話「黒剣奪還、始動」
翌週の月曜日だった。
放課後、澪が俺に声をかけた。
「黒瀬くん、今日の放課後、時間がありますか」
「ある」
「倉石先生も含めて、全員に集まってもらえますか」
「何があった」
「冥焔会の研究施設について、少し詳しい情報が取れました」澪が静かに言った。「橘将望が教えた場所の周辺を、この二週間で調べていました」
俺は澪を見た。
体育祭の間も、澪は動いていた。
「一人で調べていたのか」
「城島くんにも少し手伝ってもらいました」澪が言った。「でも、主に私が」
「危険なことはしていないか」
「現地には行っていません」澪が言った。「文献とネットワーク上の情報だけです」
「そうか」
「信用してもらえましたか」
「している」
「ありがとうございます」澪が頷いた。「では放課後、屋上に集合でいいですか」
「わかった」
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放課後。
屋上に全員が集まった。
颯、城島、澪、倉石。そして里中が来ていた。
俺は里中を見た。
「お前も来るのか」
「来た」里中が言った。「冥焔会の話なら、私も関係ある」
「なぜだ」
「この前、一緒に戦っただろ」里中が言った。「仲間だろ、もう」
颯が「先輩、さらっと仲間って言った」と言った。里中が「うるさい」と言った。
倉石が「里中、お前も来るなら聞いていけ」と言った。里中が「はい」と言った。
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澪がノートを開いた。
「まず施設の場所から確認します」澪が言った。「橘将望が教えた場所——市街地から外れた工業地帯の一角です。表向きは廃工場になっています」
「廃工場か」颯が言った。
「表向きはそうですが、地下に施設があると思われます」澪が続けた。「周辺の電力使用量が、廃工場にしては異常に高い。稼働している機器がある証拠です」
「研究施設が地下にある」城島が言った。
「そう考えられます」澪がノートのページを捲った。「問題は警備です。冥焔会の施設ですから、異能者による警備が想定されます。人数は——最低でも五人以上いると思います」
「五人か」颯が言った。
「以上です」澪が言った。「それより多い可能性もある」
「黒剣は確実にそこにあるのか」倉石が聞いた。
「確実とは言えません」澪が正直に答えた。「ただ——橘将望が教えた場所であることと、電力使用量から考えて、研究が行われている施設であることは間違いないと思います。研究に黒剣が使われているなら、そこにある可能性が高い」
「可能性が高い、か」倉石が腕を組んだ。
「断言はできません」澪が言った。「でも、今ある情報で最も可能性が高い場所です」
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倉石が口を開いた。
「行くつもりか、黒瀬」
「行く」
「時期は」
「来月の交流戦の後だ」俺は言った。「交流戦で高坂と戦う。それが終わってから動く」
「なぜ交流戦の後だ」
「今の俺の状態を確認する必要がある」俺は言った。「黒剣なしでどこまで動けるか。交流戦で本物の実力者と戦って、自分の現状を把握してから動く」
「冷静な判断だな」倉石が言った。
「焦っても黒剣は戻らない。確実に動く方がいい」
颯が「俺も行くよな」と言った。
「来てもいいが——お前の役割を決めておく必要がある」
「嵐操作で援護するんだろ」
「そうだ。だが今回は施設の中での戦いになるかもしれない。屋外と違って嵐操作の規模に制限がある」
「制限があっても、やれることはある」颯が言った。「連れて行ってくれ」
「わかった」
城島が「私も当然参加します」と言った。
「城島の光理支配は必要になる」俺は言った。「頼む」
「任せてください」
里中が「私も行く」と言った。
「里中は」俺は里中を見た。
「なんだ」
「花粉操作は屋外では強い。だが施設の中では制限される」
「わかってる」里中が言った。「でも——屋外の警備がいるなら、私の出番がある」
俺は少し考えた。
「屋外の警備を担当してくれるか」
「任せろ」里中が胸を張った。「花粉操作で屋外の警備は全部止める」
「頼む」
「おう」里中がにやりとした。「ようやく本格的に使ってもらえるな」
「お前の力は本物だ。だから頼む」
里中が少し固まった。
それから、視線を逸らした。
「……当然だ」里中が言った。声が少し小さかった。
颯が小声で「先輩、照れてる」と言った。里中が「うるさい」と言った。声は小さかった。
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澪が「一つだけ確認させてください」と言った。
「なんだ」
「私は——どういう役割ですか」
俺は澪を見た。
「澪」
「はい」
「今回、来なくていい」
澪が少し間を置いた。
「……理由を聞いていいですか」
「異能がない状態で施設に入るのは危険すぎる」俺は言った。「今回は戦闘が中心になる。お前が来ることで、俺の判断が鈍る」
「判断が鈍る?」
「守るものが増えると、動きが変わる」俺は静かに言った。「これはお前を信頼していないのではない。俺の問題だ」
澪がしばらく俺を見ていた。
「……わかりました」澪が静かに言った。
「納得したのか」
「納得はしていません」澪が言った。「でも——あなたの判断を信頼します」
「ありがとう」
「お礼を言われることじゃないです」澪が言った。「ただし——」
「ただし?」
「作戦を立てる部分は、私がやらせてください」澪がノートを持ち直した。「現地に行けない分、準備で貢献します」
「頼む」
「約束ですよ。私の作戦を信じて動いてください」
「約束だ」
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倉石が「日程と詳細は追って連絡する」と言って立ち上がった。
「一つだけ言っておく」倉石が全員を見た。
「なんですか」
「冥焔会は、お前たちが思っている以上に組織としての力がある」倉石が静かに言った。「黒剣を取り戻すことが目的だが——それ以上のことに巻き込まれる可能性がある。覚悟をしておけ」
「覚悟はできています」城島が言った。
「俺もだ」颯が言った。
「当然だ」里中が言った。
俺は何も言わなかった。
倉石が俺を見た。
「黒瀬」
「わかっています」
「そうだろうな」倉石が静かに言った。「だが一人で全部抱えるな。それだけだ」
「わかった」
倉石が屋上を出た。
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残った五人が少しの間、黙っていた。
颯が口を開いた。
「煉」
「なんだ」
「黒剣、取り戻せるよな」
「取り戻す」
「取り戻せるかって聞いたんだ」
「取り戻す」俺は繰り返した。「取り戻せるかどうかではなく、取り戻す。それだけだ」
颯がしばらく俺を見た。
「……そっか」颯が言った。「じゃあ俺も全力でサポートする。それだけだ」
「頼む」
城島が「私も」と言った。
里中が「当然だ」と言った。
澪が「私は作戦を立てます」と言った。「完璧な作戦を。あなたたちが無事に戻ってくるための」
「頼む」
「任せてください」澪がノートを閉じた。「絶対に全員で戻ってきてください」
「約束だ」
「全員で、ですよ」澪が全員を見た。「誰も欠けることなく」
「約束する」颯が言った。城島が頷いた。里中が「当然だ」と言った。
俺は澪を見た。
「約束だ」
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屋上を出た。
颯が「腹減った。飯行こう」と言った。里中が「私も行く」と言った。颯が「先輩、急に来るんですね」と言った。里中が「仲間だからな」と言った。颯が「さっきも言ってましたよね」と言った。里中が「何度でも言う」と言った。
城島が「私も行きます」と言った。
四人が先に歩き出した。
俺と澪が少し後ろを歩いた。
「澪」
「なんですか」
「現地に来るなと言って、怒っていないか」
「怒っていません」澪が静かに言った。「あなたが私のことを考えて言った言葉だということは、わかっています」
「そうだ」
「だから——怒れません」澪が言った。「代わりに、完璧な作戦を立てます。それが私のできることですから」
「ありがとう」
「お礼を言われることじゃないです」澪が前を向いた。「ただ——一つだけお願いがあります」
「なんだ」
「戻ってきた時に——話を聞かせてください。黒剣を取り戻した話を」
「聞かせる」
「約束ですよ」
「約束だ」
澪が少し笑った。
「……楽しみにしています」
四人の声が前から聞こえてきた。
颯と里中がまた口論していた。城島が「落ち着いてください」と言っていた。
「まあ」
「なんとかなるだろ、ですね」澪が先に言った。
「そうだ」
「なりますよ」澪が静かに言った。「必ず」
五人で夕暮れの道を歩いた。
黒剣奪還の準備が、静かに動き始めた。




