第64話「打ち上げと余韻」
颯たちが入った店は、学園近くのファミレスだった。
颯、里中、城島の三人が先に座っていた。
俺と澪が入ってきた時、颯が「遅かったな」と言った。
「少し話していた」
「二人で?」颯がにやりとした。
「そうだ」
「何を話していたんだ」
「体育祭の話だ」
「それだけか?」
「それだけだ」
颯が澪を見た。
澪の耳が少し赤かった。
「……それだけじゃなさそうだな」颯が言った。
「それだけです」澪が静かに言った。
「耳が赤いぞ」
「寒かったんです」
「今日は暑かったが」
「神崎くん」
「はい」
颯が大人しくメニューを開いた。
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里中が颯に小声で言った。
「なあ颯」
「なんですか先輩」
「煉と澪の間、なんか変わったと思わないか」
「変わりましたよ」颯が小声で返した。「最近ずっとそうです。少しずつ近くなってる」
「気づいてたのか」
「気づいてました」
「なんで言わないんだ」
「言ったら煉に睨まれるので」
「腰抜けめ」
「そういう先輩は言えるんですか」
「言えない」
「同じじゃないですか」
「うるさい」
城島が「二人とも、声が大きいです」と言った。
颯と里中が「はい」と同時に言った。
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料理が来た。
颯が「今日の体育祭、最高だった」と言いながら食べ始めた。
「一位になれたしな」
「煉のおかげだろ」颯が言った。「リレーも騎馬戦も異能戦も。全部煉が要所で決めた」
「お前も一位でゴールしたし、城島と連携した」
「煉に言われると照れるな」颯が頭を掻いた。
「事実だ」
「わかってるけど」
里中が「私は来年絶対一位を取る」と言いながら食べた。颯が「俺たちも取りに行きますよ」と言った。里中が「望むところだ」と言った。
城島が「楽しい体育祭でしたね」と静かに言った。
「そうですね」澪が頷いた。
「煉くんと組んで異能戦で優勝できたことが、一番よかったです」城島が俺を見た。「ありがとうございました」
「俺の方こそ、光理支配の新しい使い方を見せてもらった」
「滑走路にするアイデアはあなたのものです」
「実行したのはお前だ」
「さっきも似たような会話しましたね」
城島が微かに笑った。
「……来月の交流戦でも、よろしくお願いします」
「そうだな。お前と組める機会があれば」
「あれば、ですか」
「交流戦の形式によっては個人戦かもしれない」
「そうですね」城島が頷いた。「どちらにしても、全力で戦います」
「それだけでいい」
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食事が終わった頃、颯が言った。
「なあ、みんなに聞いていいか」
「なんだ」颯が言った。
「今日——一番心に残ったシーンはどこだ」
「質問が体育祭の感想会みたいだな」里中が言った。
「ちょっと聞いてみたくなった」颯が言った。「俺から言う。騎馬戦で煉が瞬間加速を躱したところだ。あれが一番かっこよかった」
「同感です」城島が頷いた。「私はリレーで煉くんが異能なしで三人抜いたところが印象に残っています。あの走り方は——見たことがなかった」
「私は異能戦で光理支配を滑走路にしたところだ」里中が言った。「あれ、発想がすごいと思った。花粉操作にも応用できないか考えた」
「応用できるかもしれない」俺は言った。
「本当か」里中が目を輝かせた。「後で教えてくれ」
「わかった」
颯が澪を見た。
「澪ちゃんは?」
「私は」澪が少し間を置いた。「全部です」
「全部?」
「全部が印象に残っています」澪が静かに言った。「一つに絞れません」
「正直だな」颯が笑った。
「正直に言いました」
「それでいい」颯が俺を見た。「煉は?」
「俺か」
「そうだ。一番心に残ったシーンを聞かせてくれ」
俺は少し考えた。
「橋本が一度きりの技を全力で使ってきた時だ」
「騎馬戦の相手の?」颯が言った。
「そうだ。負けるとわかっていても、全力でやってくる。それが——心に残った」
テーブルが少し静かになった。
「煉って、そういうところを見るんだな」颯が言った。
「そういうところが一番面白い」
「勝ち負けじゃなくて」
「そうだ。勝ち負けより——本気かどうかの方が大事だ」
颯がしばらく俺を見た。
「……煉みたいな戦い方をしたいな。俺も」
「できる」
「根拠は」
「俺がそう思うから、根拠になる」
颯が笑った。里中が「後輩に根拠を委ねるな」と言った。颯が「でも煉が言うなら本当だと思う」と言った。里中が「それはそうかもしれない」と認めた。
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帰り道、澪と二人になった時だった。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「橋本くんのことを一番心に残ったシーンに選んだのは——なぜですか」
「本当のことを言ったまでだ」
「そうではなくて」澪が言った。「なぜ、負けるとわかっていても全力でやってくる人を——心に残るものとして選んだのか、ということです」
俺は少し考えた。
「魔王時代、俺に勝てる相手はいなかった」
「そうですね」
「だから——全力でぶつかってくる相手がいなかった」俺は言った。「全員が俺に負けると知っていた。だから逃げるか、力を抜いてくるかのどちらかだった」
「橋本くんは」
「負けると知っていても、全力だった」俺は静かに言った。「それが——久しぶりの感覚だった。数百年ぶりだったかもしれない、最近はそういった経験が多くある。」
「本当に今の俺は恵まれている」
煉はそう、ぼそっと呟いた
澪がしばらく黙っていた。
「……そうか」澪が静かに言った。「あなたが心に残ったと言った意味が、わかりました」
「そうか」
「そうです」澪が前を向いた。「来月の交流戦でも——そういう相手と戦えるといいですね」
「そうなると思う。高坂がそういう目をしていた」
「楽しみですね」
「そうだな」
「あなたが楽しみと言えるようになったのも——体育祭のような経験が積み重なったからだと思います」
「そうかもしれない」
「そうです」澪が言った。「だから——こういう日々が大事なんです。戦いの日々じゃなくて、体育祭みたいな日々が」
「お前らしい考え方だ」
「そうですか」
「そうだ。戦い以外のことに意味を見つけるのは——俺には難しい。だがお前が言うと、そうだと思える」
澪がしばらく歩いた。
「……それは、私があなたにとって必要だということですか」
「そうだ」
澪が少し間を置いた。
「……困ります」
「なぜだ」
「嬉しすぎて困ります」澪が視線を逸らした。
俺は何も言わなかった。
澪が少し笑った。
「……おやすみなさい。角を曲がったら私の家なので」
「ああ」
「また明日」
「また明日」
澪が角を曲がった。
俺は少しの間、その場に立っていた。
夜の静かな道だった。
体育祭が終わった。
颯が一位でゴールした。城島と連携して優勝した。橋本が全力でぶつかってきた。澪がスタンドで見ていた。
全部が積み重なって——楽しかった、という一言になった。
「まあ」
俺は歩き出した。
「なんとかなるだろ」
夜の道に、独り言が溶けた。
来月は交流戦だ。
黒剣はまだない。
だが——今日のような日々が積み重なっていく。
それが——悪くなかった。




