第63話「閉会式と答え」
体育祭最終日だった。
残りの競技が午前中に行われた。
綱引きがあり、煉のクラスが出た。
颯が「綱引きは力だ」と言いながら全力で引っ張った。里中が「私も参加していいか」と聞いた。倉石が「ダメだ」と言い、里中が「そうか」と言って大人しく引き下がった。だがその顔は全く納得いっていなさそうだった。
颯が「先輩、今日は大人しいですね」と言って、里中が「疲れた」と言った。
「珍しい」
「うるさい」と言い、颯が「やっぱりいつも通りだ」と言った。
綱引きは俺のクラスが勝った。
颯が「力で勝った」と喜んでいた。
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午後の閉会式だった。
総合成績が発表された。
俺のクラスは総合一位だった。
颯が「一位だ」と叫んだ。
里中が「私のクラスは二位だ。悔しい」と言った。颯が「来年また対戦しましょう」と言った。里中が「絶対に一位を取る」と言った。
「あ、でも私3年生だった」
みんなが少し笑い、空気が和んだ。
城島が「よかったですね」と静かに言った。
澪が「おめでとうございます」と俺に言った。
「俺のクラスが一位になったのは、全員の成果だ」
「あなたが引っ張ったからですよ」澪が言った。
「そうかもしれないが」
「そうです」
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閉会式が終わった。
生徒たちが散り始めた。
颯が「打ち上げどうする」と言った。城島が「どこかで食べましょう」と言った。里中が「私も行く」と言った。颯が「先輩が来るなら楽しくなるな」と言った。里中が「当然だ」と言った。
「先に行っていてくれ」俺は言った。「少し後で行く」
颯が「わかった」と言って歩き出した。
澪が残った。
「私も少し残ります」
「そうか」
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グラウンドに二人だけになった。
夕暮れが始まっていた。
澪が俺を見た。
「一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたにとって体育祭は——どんなものでしたか」
俺は少し考えた。
二日間を思い返した。
リレーで走り、騎馬戦で戦った。そして、城島と組んでトーナメントを勝ち上がった。
颯が叫んでいた。里中がうるさかった。城島が静かに隣で戦ってくれた。澪がスタンドで記録を取っていた。
「楽しかった」俺は言った。
「戦いが楽しかったということですか」
「それだけではない」
「では?」
「全員が本気だった」俺は言った。「競技でも、応援でも。本気で何かをしている人間を見るのは——悪くない」
澪がしばらく俺を見ていた。
「悪くない、という表現がいつもあなたらしいですね」
「そうか」
「そうです」澪が空を見上げた。「楽しかった、とも言ってくれましたよね」
「言った」
「どちらが本当ですか」
「両方本当だ」
「両立しますか、悪くないと楽しかったは」
「する」
「どうやって」
「悪くないのが積み重なると、楽しかったになる」俺は言った。「一つひとつは小さい。だが全部合わせると——楽しかったという一言になる」
澪がしばらく黙っていた。
夕暮れの光が、グラウンドを橙色に染めていた。
「それは——」澪が静かに言った。「毎日のことも、そうですか」
「毎日?」
「学園での毎日です」澪が言った。「授業も、昼休みも、帰り道も。悪くないが積み重なって——楽しかったになりますか」
俺は少し考えた。
「なる」
「そうですか」澪が微かに笑った。「私もそう思います」
「そうか」
「そうです」澪がグラウンドを見た。「私にとっての悪くないは——あなたが隣にいることです。毎日」
俺は澪を見た。
澪が視線を逸らした。耳が赤かった。
「……言いすぎましたね」澪が言った。
「言いすぎていない」
「言いすぎました」
「本当のことだろ」
「……そうですが」澪が前を向いた。「さらっと受け取らないでください」
「受け取っていい言葉だから受け取った」
「困ります」
「なぜ困る」
「またその質問ですか」澪がため息をついた。「それ以上は聞かないでください」
「わかった」
二人の沈黙があった。
風が吹いた。
澪の髪が揺れた。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「来月の交流戦——頑張ってください」
「頑張る」
「城島くんも出ますよね」
「そうだ。Sランクで出る」
「二人で出るなら——心強いですね」澪が言った。「私は応援しかできませんが」
「応援は力になる」
「本当ですか」
「本当だ。知っているか知らているか知らないが——魔王時代、応援してくれる人間がいなかった」
「そうですね」
「だから今は——応援してもらえることが、悪くない」
澪がしばらく黙っていた。
「……悪くない、が積み重なっていますね」澪が静かに言った。
「そうだな」
「楽しかったになりそうですか」
「なっている」
澪が少し目を丸くした。
それから、静かに笑った。
「そうですか。よかったです」
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二人でグラウンドを出た。
颯たちがいる店に向かって歩いた。
夕暮れの道に、二人分の足音が続いた。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「一つだけ言っていいですか」
「どうぞ」
「今日は——来てよかったです。体育祭に」澪が静かに言った。「あなたが戦う姿を、二日間見られて。それが——悪くなかったです」
「悪くないが積み重なるな」
「そうですね」澪が前を向いた。「楽しかったになっています、もう」
「俺もだ」
澪が少し間を置いた。
「……一緒ですね」
「そうだな」
「それが——嬉しいです」澪が言った。耳がまた赤かった。
俺は何も言わなかった。
だが——悪くなかった。
夕暮れの道を、二人で歩いた。




