第61話「全員の2位」
橋本が消えた。
やはり予測通りだった。
瞬間加速が発動した。
視界から消えた。
颯が「どこだ」と言った。
俺には見えた。
気配があった。「[読み]だ」
右後方。
「読めた」
俺は体を右に傾けた。
橋本の手が、俺の鉢巻きを掴みそこねた。
橋本が行き過ぎた。
速度を使い切った橋本の騎馬は、慣性で止まれなかった。
崩れた。
審判が「倒れ」を宣言した。
試合終了だった。
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静寂があった。
スタンドが、しばらく黙っていた。
それから——拍手が起きた。
「な、な、何が起きたんだ」
「黒瀬が瞬間加速を躱した」
「見えたのか、あれを」
「無能者がわかるはずないだろ」
「黒瀬ならいける、、、のか?」
颯が「煉、見えたのか」と言った。
「見えていない」俺は馬から降りながら言った。「気配で読んだ」
「光速に近い速度の気配を読んだのか」
「正確には——発動する前の気配を読んだ」
「発動する前に」颯が目を丸くした。「どういうことだ」
「使い切りの異能を発動する前は、体に力が入る」俺は言った。「その力みを、気配として読んだ」
颯がしばらく俺を見た。
「……魔王って、やっぱりすごいな」
「経験があるだけだ」
「その言い方、もう慣れてきた」颯が笑った。
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橋本が俺に近づいてきた。
「黒瀬、俺の加速が見えたのか」
「見えなかった。気配を読んだ」
「気配を」橋本が静かに言った。「俺は今まで、あの加速を躱した相手がいなかった。初めてだ」
「一度きりの技を全力で使った。立派だった」
橋本がしばらく俺を見た。
「……もう一つ聞いていいか」
「なんだ」
「例の武器があれば、もっと強いのか」
「そうだ」俺は静かに言った。「今の俺はこの体の本当の力の半分も出せていない」
「それでこれか」橋本が言った。「黒剣を取り戻せ。本物のお前を見たい」
「そうする」
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夕方になった。
競技の大半が終わった。
クラスの順位は総合二位だった。
颯が「惜しかった」と言った。城島が「十分な結果です」と言った。
里中が三年のクラスから駆け込んできた。
「私のクラスは三位だった。悔しい」
「三年生でも三位なんですね」颯が言った。
「うるさい」里中が言った。「来年は一位を取る」
「来年、私たちは二年になりますよ。対戦相手になるかもしれません」
「望むところだ」里中が言った。「来年の体育祭で決着をつけよう」
「望んでいませんが、来るなら相手をします」
「乗り気じゃない返しをするな」
颯と里中がまた口論を始めた。
城島が「相変わらずですね」と静かに言った。
「そうだな」
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澪が俺の隣に来た。
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
「騎馬戦、見ていました」澪が言った。「瞬間加速を躱した時——スタンドが静かになりましたね」
「そうだったか」
「そうでした。全員が息を呑んでいました」澪が静かに続けた。「私も息を呑みました。でも——怖くはなかった」
「さっきと同じことを言うな」
「本当のことなので」澪が言った。「あなたが戦う姿を見ると、安心します。それは変わりません」
「そうか」
「そうです」澪がグラウンドを見渡した。「今日——楽しかったですか」
「楽しかった」
「本当に?」
「本当だ」俺は言った。「強い相手と戦えた。それが楽しかった」
「戦いが楽しいんですね」澪が言った。「そういうところ、魔王らしいです」
「魔王時代は楽しいとは思わなかった。ただ戦っていた」
「今は楽しいと思えるんですね」澪が静かに言った。
「そうだな」俺は少し考えた。「今の方が——戦いの意味がある気がする」
「意味?」
「守るものがある。だから戦いに意味がある」俺は言った。「魔王時代にはなかったものだ」
澪がしばらく俺を見ていた。
それから、視線を落とした。
「……守るものの中に、私も入っていますか」
「入っている」
澪が少し間を置いた。
「……そうですか」澪が静かに言った。声が少し柔らかかった。「では——しっかり守ってもらいます」
「任せろ」
「頼もしいですね」澪が微かに笑った。「ただし、怪我しないことが条件です」
「なるべくそうする」
「なるべく、ではなく、絶対です」
「努力する」
「約束、にしてください」
「約束だ」
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夕暮れのグラウンドに、生徒たちの声が響いていた。
颯と里中がまだ口論していた。
城島が静かに二人を眺めていた。
澪が隣に立っていた。
「まあ」
「なんとかなるだろ、ですね」澪が先に言った。
「そうだ」
「体育祭も、なんとかなりましたね」
「そうだな」
風が吹いた。
グラウンドの砂が舞い上がった。
夕暮れの空が、赤く染まっていた。
今日は——いい一日だった。




