第59話「学園外からの視線」
翌週の月曜日だった。
放課後、倉石が俺を呼び止めた。
「黒瀬、少しいいか」
職員室に入った。
倉石が椅子を引いて座った。俺は立ったままだった。
「座れ」
「立っていた方が落ち着く」
「そうか」倉石が机の上に一枚の紙を置いた。「来月、学園外の異能者との交流戦がある」
俺は紙を見た。
交流戦の概要が書かれていた。
参加資格はSランク以上。他の異能者育成機関との合同開催。学園外の若手異能者も参加する。
「覇凰学園のSランクは、現在お前含め、城島も入れて二人だ」倉石が続けた。「出るかどうかは任意だが——出ることを勧める」
「なぜですか」
「Sランクになったお前が外でどのくらい動けるか、確認する必要がある」倉石が静かに言った。「島のサバイバルとは違う。本物の実力者と戦う機会だ」
「参加します」
「即答だな」
「考える必要がない」俺は言った。「強い相手と戦える機会なら、出る理由しかない」
倉石がしばらく俺を見た。
「一つだけ言っておく」
「なんですか」
「この交流戦には、他の機関のSランク相当が複数参加する」倉石が言った。「中には——覇級に近い実力を持つ者もいると聞いている。気をつけろ」
「覇級に近い」
「お前の実力は本物だ。だが黒剣がない今、慢心は禁物だ」
「慢心する気はありません」
「そうだな」倉石が紙を俺に渡した。「詳細はこれを読め。来月の第二土曜日だ」
---
廊下に出ると、颯が柱にもたれて待っていた。
「何の話だったんだ」
「来月、交流戦がある」
「交流戦。学園外のやつとか」
「そうだ」
「煉が出るのか」
「出る」
颯がしばらく俺を見た。
「俺は出られないのか」
「参加資格はSランク以上だ」
「そっか」颯が少し間を置いた。「悔しいな。煉と一緒に出たかった」
「強くなれば出られる」
「そうだな」颯が頷いた。「絶対Sランクになる。次の試験で」
「頑張れ」
「珍しく応援してくれた」颯が笑った。「本気の言葉か」
「当然だ」
---
翌日の放課後だった。
学園の正門を出た時だった。
三人の生徒が待っていた。
見覚えのない顔だった。制服が違う。覇凰学園の制服ではない。
別の機関の生徒だろう。
全員がSランクに近いエンブレムをつけていた。
一番前に立っている男子が俺を見た。
背が高かった。体格がいい。目つきが鋭かった。
「黒瀬煉だな」男子が言った。
「そうだ」
「聞いた。無能者がSランクを取ったと」男子が続けた。「信じられなかったが——来月の交流戦の前に、確かめたくなった」
「確かめる?」
「強いのか、本当に」男子が腕を組んだ。「無能者がSランクを取れる時代になったなら、Sランクの価値が落ちる。それが気に食わない」
俺は男子を見た。
挑発だ。
だが悪意のある挑発ではなく——純粋に確かめたいという気持ちが、目から見えた。
「名前は」
「高坂陸斗。東央異能学院、Sランク相当だ」高坂が言った。「お前に勝てる自信がある」
「そうか」
「受けるか」
後ろから颯が走ってきた。
「煉、待って。聞こえてた。喧嘩か」
「喧嘩ではない」俺は言った。「手合わせを申し込まれた」
「受けるのか」
「受ける」
「黒剣ないけど大丈夫か」
「やってみればわかる」
颯がため息をついた。
「わかった。俺は離れて見てる」
---
正門前の広場が、自然と場所になった。
高坂の仲間二人が端に下がった。颯も下がった。
俺と高坂が向かい合った。
「一つだけ確認する」俺は高坂に言った。
「なんだ」
「怪我をさせるつもりはない。お前もそうか」
「当然だ」高坂が言った。「喧嘩じゃない。実力を確かめたい、それだけだ」
「わかった。来い」
---
高坂が異能を発動した。
やはり身体能力強化系だ。最近、身体能力強化の強者たちと戦ったおかげで、ある程度相手の異能が察せられるようになってきた。これは、三浦や辻堂に似ている。だが——辻堂より出力が高い。
地面が、高坂の踏み込みでひびが入った。
速かった。
辻堂に匹敵する速度だ。
やはりSランクといったところか、三浦や辻堂よりも異能に対する理解が深く、洗練されているものだがその分、実践が足りないようにも見えた。
高坂の右拳が、俺の顔面に向かった。
俺は半歩左にずれた。
拳が空を切った。
風圧が頬を掠めた。
「速い」高坂が言った。「躱せるとは思わなかった」
「続けろ」
高坂が連打に入った。
右、左、右。
一撃ごとの威力が高い。受ければ体が持たない。
俺は全部躱した。
一撃も受けなかった。
高坂が舌打ちした。
「なぜ当たらない。速度はこっちが上のはずだ」
「速度だけが全てじゃない」俺は静かに言った。
「何が全てなんだ」
「読みだ」そう俺は言い切った。「お前はあまりにも実践が足りていない。その様子を見るに、お前らの学校で、お前は最初から強かったからSランクになっただけだと見た。そんなお前には[読み]ということは難しい。
「う、う、うるせぇぇええ!」
そう言って高坂が殴りかかってきた。
「図星か」
---
俺は反撃に入った。
高坂の拳が来た瞬間に、内側に踏み込んだ。
高坂の懐の中に入った。
距離、ゼロだ。
この距離では高坂の拳は使えない。腕が伸びないからだ。
俺は右の掌底を高坂の胸骨に打った。
鈍い音がした。
高坂が二歩下がった。
「っ——」
「どうだ」
「まだだ」高坂が体勢を立て直した。「一発もらっただけだ」
「そうだな」
高坂が今度は出力を上げた。
先ほどより速い。地面が更に沈んだ。
俺は動じなかった。
来る。
右からだ。
高坂の足の踏み込み方から読んでいた。
高坂の拳が来た瞬間、俺は前に出た。
攻撃の軌道の内側に入り込んだ。
高坂が驚いた。
その一瞬を逃さなかった。
俺は高坂の右腕を掴んで引いた。
体重移動を利用して、前傾みになった高坂の首筋に左の手刀を当てた。
静止した。
---
沈黙があった。
高坂が動かなかった。
俺も動かなかった。
どちらも、その状態の意味を理解していた。
やがて高坂がゆっくりと両手を上げた。
「参った」
高坂の仲間二人が、息を呑んだのが聞こえた。
颯が「よし」と小さく言った。
---
「強いな」高坂が俺を見た。「本当に異能がないのか」
「ない。正真正銘の無能者だ。付け加えると本当だったら俺には相棒とも呼べる武器がある」
「それは出さないのか、どこまでもこっちを舐めやがって」
「いや、奪われた」
「は?お前ほどの実力者が奪われる?そんなことがあるのか?」高坂は疑問を口にした。「それも驚くべきことだが、奪われた状態で、これだけできるのか」高坂がしばらく俺を見た。「俺は出力で押せばいけると思っていた。だが出力を上げるたびに、逆に読まれた」
「出力を上げると動きが大きくなる」俺は言った。「大きい動きは読みやすい」
「なるほど」高坂が頷いた。「一つだけ聞いていいか」
「なんだ」
「お前は——何を目指している」
俺は少し考えた。
「頂点だ」
「覇級か」
「その先まで」
高坂がしばらく俺を見た。
それから、手を差し出した。
「来月の交流戦で会おう。次は本気でいく」
「来い」俺は高坂の手を握った。「俺も本気で相手をする」
「楽しみにしている」高坂が言った。「黒剣を取り戻して来い。黒剣ありのお前と戦いたい」
「そうする」
---
高坂たちが去った。
颯が駆け寄ってきた。
「煉、一発も食らわなかったな」
「一発も食らう理由がなかった」
「それが一番すごいところだよな」颯が言った。「ただ強いんじゃなくて、無駄がない」
「経験があるだけだ」
「数百年分の経験な」颯が笑った。「でも——かっこよかった。懐に入ったところ。あれが一番かっこよかった」
「そうか」
「そうだ」颯が言った。「俺も早くああいう戦い方できるようになりたい」
「できる」
「根拠は」
「お前は体の使い方が素直だ」俺は言った。「変な癖がない。だから伸びる」
颯がしばらく俺を見た。
「……また珍しいことを言った」
「本当のことだ」
「そっか」颯が少し照れた顔をした。「ありがとう」
「礼を言うことじゃない」
「言いたいから言う」
---
澪に今日のことを話したのは、翌朝の屋上だった。
澪がノートを持って聞いていた。
「正門前で手合わせをしたんですか」
「そうだ」
「学園側に問題になりませんか」
「倉石先生には報告する」
「そうしてください」澪が言った。「で——どうでしたか」
「強かった。来月の交流戦でまた会う」
「勝てますか」
「勝てる」
「根拠は」
「俺が強いからだ」
澪がため息をついた。
「自信過剰では」
「自信ではない。事実だ」
「事実と自信の違いは何ですか」
「自信は感情だ。事実は客観的なものだ」俺は言った。「俺が強いのは事実であって、自信ではない」
澪がしばらく俺を見た。
「……反論できない言い方をしますね」
「本当のことだから」
「わかりました」澪がノートを閉じた。「でも——気をつけてください。黒剣がない今は」
「わかっている」
「本当に?」
「本当だ。倉石先生にも同じことを言われた」
「倉石先生と私、同じことを言っているんですね」澪が少し笑った。「それだけ、周りが心配しているということです」
「ありがたい話だ」
「ありがたいと思っているなら、ちゃんと受け取ってください」
「受け取っている」
「本当に?」
「本当だ。心配してくれる人間がいることを——悪くないと思っている」
澪が少し間を置いた。
「悪くない、ですか」
「魔王時代は誰もいなかった。今はいる。それが——悪くない」
澪がしばらく風に揺れる空を見ていた。
「……そうですか」澪が静かに言った。
「そうだ」
「では」澪が俺を見た。「心配させないでください。できるだけ」
「努力する」
「努力、ですか」澪が笑った。「約束、にしてください」
「約束だ」
「よかった」澪が弁当を開いた。「では食べましょう。玉子焼き、今日も持ってきました」
「ありがとう」
「お礼を言われることじゃないです」
いつもの言葉だった。
風が吹いた。
空が青かった。
来月の交流戦まで、二週間あった。
黒剣はまだない。
だが——やることは見えている。
俺は玉子焼きを食べた。
甘かった。
いつも通りだった。
「まあ、なんとかなるだろ」
「なりますよ」澪が前を向いたまま言った。
「そうだな」
屋上に、風が吹いた。




