第58話「悪くない1日」
午後の授業が終わった。
颯が「帰り、コンビニ寄っていいか」と言った。
「なぜ俺に聞く」
「なんとなく」
「好きにしろ」
「付き合ってくれ」颯が言った。「昨日あんまり飯食えなかったから腹が減った」
「大富豪をしていたからだろ」
「そうだ」颯が笑った。「でも楽しかったからいい」
城島が「私も少し寄っていいですか」と言った。
「どうぞ」
四人でコンビニに向かった。
里中は今日は来ていなかった。昨日の疲れで休んでいるのかもしれない。
颯がコンビニで大量に買い込んだ。城島がお茶を買った。澪がおにぎりを一つ買った。俺はコーヒーを一本取った。
外のベンチに四人で座った。
颯が「今日も眠かった」と言いながら食べ始めた。
「自業自得だ」
「わかってる。でも後悔していない」颯が言った。「お前はどうだ。後悔しているか」
「していない」
「昨日のこと全部含めて?」
「全部含めて」
颯がにやりとした。澪が視線を逸らした。城島が静かに笑っていた。
「いい夜だったな」颯が空を見上げた。「また誰かがやろうって言ったら、行くか」
「行く」
「即答だった」颯が言った。「珍しい」
「楽しかったからだ」
「煉が楽しかったって言うの、最近増えたよな」颯が言った。「前はあまり言わなかった」
「そうか」
「変わったよな、煉」颯が静かに言った。
「そうかもしれない」
「悪いことじゃないと思う」颯が笑った。「ずっとそのままでいてくれ」
「どういう意味だ」
「今のままの煉でいてくれってこと」颯が言った。「魔王でも人間でもなくて、黒瀬煉な感じ」
俺は颯を見た。
「颯」
「なんだ」
「たまに本質を突くな、お前は」
「たまにって言うな。割と頻繁に言ってる」
「そうか」
「そうだ」颯がコンビニの袋を持ち上げた。「帰るか。明日も授業がある」
「そうだな」
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帰り道、城島が俺の隣を歩きながら言った。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「Sランクになってから、少し表情が変わりましたね」
「そうか」
「前より——穏やかになった気がします」城島が静かに言った。「戦っている時の顔ではなく、日常の顔が」
「そうかもしれない」
「いいことだと思います」城島が言った。「あなたが人間として生きているということだと思うので」
俺は少し考えた。
「城島」
「なんですか」
「お前も変わった」
「私がですか」
「仮面を脱いだ。それが一番大きい」俺は言った。「今のお前の方が、本物だ」
城島がしばらく黙っていた。
「……また言ってくれましたね」城島が静かに笑った。「本物だと」
「二回目だ」
「覚えていてくれたんですね」
「覚えている。本当のことだから」
城島が前を向いた。夕暮れの光が、城島の横顔を照らしていた。
「ありがとうございます」城島が静かに言った。
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澪と二人になった時、澪が言った。
「黒瀬くん、昼に聞いたことの続きを聞いていいですか」
「昼に続きは聞かないでくれと言っていなかったか」
「あの部分の続きではありません」澪が言った。「別の話です」
「なんだ」
「昨日の夜、みんなと一緒にいて——楽しかったですか」
「さっきも颯に聞かれた」
「私も聞いています」
「楽しかった」
「よかったです」澪が前を向いた。「私も楽しかった。颯くんのせいで眠いですが、それでも楽しかったです」
「そうか」
「あなたが笑っているのを見ると——安心します」澪が静かに言った。
「前にも言っていたな」
「また言いました」澪が言った。「本当のことなので」
「そうか」
「そうです」澪が少し間を置いた。「次は誰かの誕生日でもやりますか、ああいう集まりを」
「誕生日を把握していないが」
「颯くんの誕生日は来月です。私は調べました」
「用意周到だな」
「備えておきたい性格です」澪が言った。
「来月か」
「はい。何がいいか、考えておいてください」
「わかった」
澪が俺を見た。
「一つだけ言っていいですか」
「どうぞ」
「昨夜のこと——全部じゃないですが、嬉しかったです」澪が視線を逸らした。「それだけです」
「全部じゃないとはどの部分だ」
「聞かないでください」
「わかった」
「……今日は素直ですね」
「昼に言っただろ。お前が困るから」
澪がしばらく黙っていた。
「……困らせたくないと思ってくれているんですか」
「そうだ」
「そういうことを」澪が小さく言った。「さらっと言うんですよね、あなたは」
「さらっとではない」
「さらっとです」澪が前を向いた。「おやすみなさい。角を曲がったら私の家なので」
「ああ」
「また明日」
「また明日」
澪が角を曲がった。
俺はしばらくその場に立っていた。
夕暮れの空が、橙色に染まっていた。
昨日から今日にかけて、色々なことがあった。
サバイバルで島から帰ってきて、深夜に大富豪をして、アルコールで口が軽くなって、翌日も眠い目を擦りながら学園に行って。
それだけのことだ。
何も大きなことは起きていない。
だが——悪くない一日だった。
「まあ」
俺は歩き出した。
「なんとかなるだろ」
独り言が、夕暮れの道に溶けた。
アパートへの道を、一人で歩いた。




