第54話「帰路とそれぞれの収穫」
翌朝。
島の空気は、昨日より少し柔らかかった。
朝食を終えた後、倉石が俺を呼び止めた。
「黒瀬、少しいいか」
「はい」
施設の外に出た。倉石が腕を組んで、海を見た。
「Sランクになった」倉石が言った。
「そうです」
「学園内での最高ランクだ」倉石が静かに言った。「だが——それは同時に、学園の外から目が向くということでもある」
「どういう意味ですか」
「覇級は世界に数人しかいない」倉石が続けた。「その中には、新しい強者の情報を常に収集している者もいる。Sランクを取った無能者の話は——外に出る」
「冥焔会以外にも、動く可能性があるということか」
「そうだ」倉石が俺を見た。「二年生になれば、学園の外で動く機会が増える。その時に——お前は複数の方向から注目される存在になる」
「覚悟しておけということか」
「そうだ」倉石が海を見た。「一つだけ言っておく」
「なんですか」
「俺はお前の担任だ」倉石が静かに言った。「学園の中だけでなく——その外でも、お前の側にいるつもりだ。封印の監視者として、そしてお前の担任として」
俺はしばらく倉石を見た。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない」倉石が言った。「これが俺の選択だ」
倉石が施設に戻った。
俺は少しの間、海を見ていた。
波が繰り返し打ち寄せていた。
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出発の時間になった。
生徒たちが荷物を持って港に向かった。
颯が「帰るのか——でも帰ったら飯がうまい!!」と言った。里中が「同じこと思ってた!!!」と言った。颯が「先輩と意見が合った!!!」と言った。里中が「珍しい!!!!でもうるさい!!!!」と言った。颯が「結局そこ!!!!」と言った。
城島が「二人とも、歩きながら口論しないでください」と言った。二人が同時に「はい」と言った。
澪が俺の隣を歩きながら静かに言った。
「倉石先生と話していましたね」
「ああ」
「何を話したんですか」
「二年生から外の世界で注目されるという話だ」
「そうですか」澪が少し間を置いた。「心配ですね」
「心配するな」
「します」
「わかった」
「わかったって言えるようになりましたね」澪が言った。「以前は『心配するな』で終わらせていました」
「そうだったか」
「そうでした」澪が微かに笑った。「少し変わりましたね」
「そうかもしれない」
「いいことだと思います」
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港に着いた。
フェリーが待っていた。
昨日来た時と同じ船だ。
生徒たちがぞろぞろと乗り込んだ。
甲板に出た時、里中が颯の隣に来た。
「颯」
「なんですか先輩」
「昨日の訓練で——お前の嵐操作、役に立ったな」里中が言った。ぶっきらぼうな言い方だったが、目は真っ直ぐだった。
「え?」颯が目を丸くした。「先輩に認めてもらえたんですか」
「認めてやる。一回だけ」
「一回だけ!?」
「一回だけだ!!」里中が言った。「調子に乗るな!!!」
「わかりました!!!」颯が叫んだ。「でも嬉しいです!!!!」
「うるさい!!!!」
城島が「相変わらずですね」と静かに言った。澪が「そうですね」と言った。
俺は甲板の端に立って、島を見た。
遠ざかっていく島が、だんだん小さくなっていった。
二日間で、いくつかのことがわかった。
黒剣なしでも動ける。
颯の嵐操作と連携できる。
里中という新しい存在が加わった。
澪の観察眼と分析が、戦略の核になれる。
そして——
Sランクになった。
「まあ」
「なんとかなるだろ、でしょ」颯が後ろから言った。
「そうだ」
「なる!!!!」里中が言った。「花粉操作の私がいるから!!!!」
「それは少し盛りすぎでは」颯が言った。
「盛ってない!!!!」
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フェリーが本土の港に近づいてきた頃、里中がそっと俺の隣に来た。
颯とのやり取りとは全然違う、静かな歩き方だった。
「後輩」
「なんだ」
「一個だけ聞いていいか」里中が言った。前を向いたまま。
「なんだ」
「黒剣がないって聞いたけど——あれ、取り返すつもりか」
「そうだ」
「そっか」里中が言った。「冥焔会ってとこに渡ったって聞こえてきたけど」
「聞こえていたのか」
「色々と聞こえてくる」里中が言った。「私、耳だけはいいんだ。異能とは関係なく」
「そうか」
「その、冥焔会ってとこに行くつもりか」
「そうなる」
里中がしばらく黙っていた。
海風が、里中の赤い髪を揺らした。
「私も行く」里中が言った。
「来なくていい」
「来る!!!!」急に声が大きくなった。「花粉操作が役に立てる場面があるかもしれないだろ!!!!」
「危ない」
「知ってる!!!! でも行く!!!!」里中が俺を見た。「なんでかわかるか?」
「わからない」
「お前が昨日私の異能を認めてくれたから!!!!」里中が叫んだ。「認めてくれた人の役に立ちたいんだ!!!! それだけだ!!!!」
俺は里中を見た。
「それだけか」
「それだけだ!!!! 変な意味じゃないからな!!!! 絶対変な意味じゃないからな!!!!」
「わかっている」
「わかってるのか!!!!」
「わかっている」
里中が少し顔を赤くして前を向いた。
「……とにかく、行く。以上だ」
「危なくなったら即座に下がれ」
「わかった!!!!」
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颯が近づいてきた。
「なんか里中先輩と仲良くなってるな煉」颯が小声で言った。
「そうか」
「なんか顔赤かったぞ先輩」
「関係ない」
「本当に?」
「本当だ」
「煉ってモテるよな」颯がしみじみ言った。「澪ちゃんもだし、里中先輩もだし」
「関係ない」
「関係あるだろ!!」
「俺には関係ない」
「それが一番問題なんだよな」颯がため息をついた。「煉が気づかないんだもんな」
「何かあるのか」
「ない!!」颯が言った。「なんでもない!! 行くぞ!!」
颯が走っていった。
澪が後ろから来た。
「颯くんと何を話していたんですか」
「なんでもないと言っていた」
「そうですか」澪が前を向いた。「……里中先輩と話していましたね。何を」
「冥焔会に行く時についてくると言っていた」
「里中先輩が?」
「ああ」
澪がしばらく黙っていた。
「……そうですか」澪が言った。
「何か気になることがあるか」
「ありません」
「本当か」
「ありません」澪がきっぱり言った。「ただ——里中先輩の顔が少し赤かったので、少し気になっただけです」
「そうか」
「そうです」澪が前を向いた。「……なんでもないです」
フェリーが港に着いた。
生徒たちが降り始めた。
俺は最後に甲板を離れた。
振り返って、島の方向を見た。
もう見えなかった。
だが——この二日間で得たものは、確かにある。
「なんとかなる」
独り言が、港の風に溶けた。
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バスに乗った。
帰り道、颯はすぐに寝た。里中も寝た。二人が隣に座って、肩を寄せ合って寝ていた。
城島が「仲が悪いと言っていましたが」と俺に小声で言った。
「まあ」俺は言った。
「似た者同士ですね」
「そうだな」
澪がその光景を見て、小さくため息をついた。
「……颯くんが嬉しそうですね。寝顔が」
「そうだな」
「里中先輩も」澪が言った。「来る前と比べて、明らかに楽しそうです」
「校外学習の成果だな」
「そうですね」澪が窓の外を見た。「私も——楽しかったです」
「そうか」
「サバイバルが楽しかったという意味ではなく」澪が言った。「みんなと一緒にいることが、楽しかったという意味です」
「そうか」
「あなたもそうでしたか」
俺は少し考えた。
「楽しかった」
「本当ですか」
「本当だ」俺は言った。「島のサバイバルが楽しかったという意味で」
「それは少し違う楽しみ方ですね」澪が言った。
「そうかもしれない」
澪が小さく笑った。
「……まあ、あなたらしいです」
「そうか」
「そうです」
バスが走った。
車窓の外に、街が広がり始めた。
颯と里中がまだ寝ていた。
城島が静かに本を読んでいた。
澪が窓の外を見ていた。
俺は目を閉じた。
Sランクになった。
黒剣を取り戻す必要がある。
冥焔会がいる。
覇級がいる。
全部、まだ終わっていない。
だが——今は少しだけ、休んでいい。
「まあ」
颯が寝ながら「なんとかなるだろ」と言った。
寝言だった。
澪が「寝言でも言うんですね」と小声で言った。
城島が「さすがですね」と本から目を上げずに言った。
俺は少し笑った。
バスが、学園への道を走り続けた。




