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第50話「花粉の可能性」

 六人で島の中心部に向かって歩いていた。


 颯と里中が歩きながらまた口論をしていた。


「だから最強だって言ってるだろ!!」


「どこが最強なんですか!! さっきも効いてなかったじゃないですか!!」


「あれは相手が運よく花粉症じゃなかっただけだ!!」


「運よく、じゃなくてほとんどの人に効かないんですよ!!」


「細かい!!!」


「細かくない!!!」


 澪が俺の隣を歩きながら、静かに口を開いた。


「黒瀬くん」


「なんだ」


「里中先輩の異能について、少し気になることがあります」


「聞く」


「花粉操作——花粉を自在に操る異能ですよね」澪がノートを開いた。「私、昨日から少し考えていたんですが」


「昨日から」


「昨夜の野営中に思いついて、書き留めていました」澪が言った。「花粉というのは——非常に小さい粒子です。それを自在に操れるということは、粒子レベルの精密な操作ができるということです」


「そうだな」


「花粉の大きさは種類によって異なりますが、数十マイクロメートルから百マイクロメートル程度。これを自在に動かせるということは——空気の流れを極めて精密に操作できる可能性がある」


 俺は少し考えた。


「颯の嵐操作とは違う種類の空気操作ということか」


「そうです」澪が続けた。「颯くんの嵐操作は広範囲で大規模。でも里中先輩の花粉操作は——極めて精密で小規模。用途が全く違います」


「精密な空気操作が、どう使える」


「例えば」澪がノートを指でなぞった。「花粉を一点に集中させて飛ばせば、物理的な衝撃になります。小さくても、密度を極限まで高めれば——」


「弾丸になる」


「そうです」澪が頷いた。「あるいは、花粉を相手の視界に集中させれば——目を塞ぐこともできる。花粉症かどうかに関係なく」


---


 颯が会話に気づいて振り返った。


「澪ちゃん、何の話してるの?」


「里中先輩の異能の可能性について」


「可能性?」颯が首を傾げた。「花粉症じゃない相手には効かないって話じゃなかったっけ」


「それは花粉症を引き起こすという用途の場合です」澪が言った。「花粉そのものを物理的に操作すれば、別の使い方ができます」


 里中が歩みを止めた。


 俺たちの会話を聞いていたらしい。


「そ、そうだろ!!」里中が叫んだ。「だから最強だって言ったんだ!! わかってくれる人がいた!!」


「わかったとは言っていません」澪が静かに言った。「可能性があると言いました」


「同じだ!!」


「違います」


「細かい!!」


 城島が「落ち着いてください」と言った。里中が「は、はい」と言った。


「里中先輩」澪が里中を見た。「実際に試したことはありますか。花粉を一点に集中させて飛ばすという使い方を」


「……ない」里中が言った。声が少し小さくなった。「花粉症の人に効かせることしか考えてなかった」


「そうですか」澪がノートを閉じた。「一度試してみてください。使い方次第では、今より遥かに有効な異能になります」


 里中がしばらく澪を見ていた。


「……朝霧」


「なんですか」


「お前、頭いいな」


「普通です」


「普通じゃない!!」里中が言った。「無能者なのに、異能者の私の異能の使い方を考えてくれるなんて——」


「無能者だから関係ありません」澪が静かに言った。「異能がなくても、考えることはできます」


 里中がしばらく澪を見ていた。


「……朝霧、好きかもしれない」


「ありがとうございます」


「颯は嫌いだ!!」


「なんでそこで俺!!」颯が叫んだ。


---


 俺は里中に声をかけた。


「里中」


「なんだ後輩」


「今すぐ試せるか。花粉を一点に集中させて飛ばすことを」


「え? 今すぐ?」


「木を的にしろ。当てられるか」


 里中がしばらく考えた。


「……やってみる」


 里中が右手を前に伸ばした。


 目を細めた。


 集中している顔だった。


 しばらく何も起きなかった。


 颯が「どうなってるんだ」と小声で言った。


 その瞬間だった。


 前方の木の幹に、小さな穴が開いた。


 音もなく。


 全員が止まった。


「……開いた」里中が目を丸くした。「穴が開いた!!」


「そうだな」


「やった!! 私、やった!!! 朝霧!! お前が言った通りだ!!!」


「よかったです」澪が静かに言った。


「最強じゃないか私!!!!」


「まだ最強ではないと思いますが」


「なんで!!!!」


 颯が「実際すごいじゃないですか里中先輩」と言った。「さっきまでとは全然違う」


「だろ!!! 颯、お前今いいこと言ったな!!!」


「え、ありがとうございます」


「見直した!!!」


「ありがとうございます!」


「でもやっぱりうるさい!!!」


「戻った!!!!」


---


 城島が俺の隣に来た。


「黒瀬くん」


「なんだ」


「澪さんが里中先輩の異能の可能性に気づいたのは——橘将望への対策を考えていた時と同じ発想ですね」


「そうだな」


「澪さんは——戦闘においても、確実に戦力になっています」城島が静かに言った。「異能がなくても」


「そうだ」


「黒瀬くんも、そう思っていますか」


「ずっと思っていた」俺は言った。「澪は——異能がない分、頭で戦う。それは本物の強さだ」


 城島が微かに笑った。


「……澪さんに言ってあげてください。喜ぶと思います」


「言った」


「いつですか」


「何度か」


「そうですか」城島が言った。「では——澪さんが耳を赤くしていたのも、何度かあったということですね」


「そうかもしれない」


「そうですね、きっと」城島が静かに笑った。


---


 歩きながら、里中が花粉操作の練習を続けていた。


 木に穴を開ける。石を砕く。葉を切り裂く。


 一つ試すたびに「できた!!!」と叫ぶ。


 颯が「先輩、すごいですよ本当に」と言った。里中が「だろ!!!」と言った。颯が「でも声が大きい」と言った。里中が「うるさい!!!」と言った。


 澪が俺の隣を歩きながら言った。


「黒瀬くん」


「なんだ」


「里中先輩、見違えましたね」


「そうだな」


「最初に会った時は——正直、戦力としては計算できないと思っていました」澪が言った。「でも今は、、、」


「変わった」


「可能性を見つけたら、人は変わるんですね」澪が静かに言った。


「そうだな」


「……あなたもそうでした」澪が前を向いたまま言った。


「俺が?」


「転生してから——可能性を探しながら、少しずつ変わってきた気がします」


 俺は澪を見た。


「そう見えるか」


「そう見えます」澪が言った。「最初の頃より——笑うことが増えました」


「そうか」


「そうです」澪が少し間を置いた。「いいことだと思います」


---


 里中が突然立ち止まった。


「待って!!!」


「なんだ」


「私、今気づいたんだが!!」里中が言った。「この島——全体が春じゃないか!?」


「春だな」


「春ということは——花粉が大量にある!!!」里中が両腕を広げた。「私の天下じゃないか!!!!」


 颯が「あ、確かに!」と言った。


「使える花粉がどこにでもある!!! この島、完全に私のフィールドじゃないか!!!!」


「なるほど」城島が頷いた。「それは確かに有利ですね」


「最強は私だ!!!!」里中が叫んだ。


「さっきまでの落ち込んでた感じはどこに行ったんですか」颯が言った。


「落ち込んでなかった!!!」


「落ち込んでましたよ!!!」


「うるさい颯!!!!」


「先輩がうるさい!!!!」


 俺は前を向いた。


 里中の赤い髪が、木漏れ日の中で揺れていた。


 体育館で一人「最強」と叫んでいた時より、今の方がずっと生き生きしていた。


「まあ」俺は言った。


「なんとかなるだろ、でしょ」颯が言った。


「そうだ」


「なるよな!!! この島は私の天下だからな!!!!」里中が言った。


 颯が「同じこと言ったら怒るのに!!!」と言った。里中が「立場が違う!!!!」と言った。


 澪が「……賑やかですね」と俺に小声で言った。


「そうだな」


「でも」澪が前を向いたまま言った。「悪くないです」


「そうだな」


 六人の足音が、春の島の森に続いた。

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