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第49話「茂みと、トキメキ」

 六人で東の森を歩いていた。


 里中 日向は赤い髪を揺らしながら、颯の隣を歩いていた。


 颯と里中は歩きながらずっと口喧嘩をしていた。


「だから花粉操作は最強なんだって!!」


「花粉症じゃない人には効かないって自分で言ったじゃないですか!!」


「細かいことを言うな!!」


「細かくない!! 核心では!?」


「うるさい後輩だな!!!」


「先輩がうるさいんですよ!!!」


 澪が俺の隣を歩きながら小声で言った。


「本当に同じタイプですね」


「そうだな」


「颯くんがもう一人いるみたいです」


「そうだな」


「あなたは大変ですね」澪が言った。「うるさい人が二人になりました」


「まあ、なんとかなるだろ」


「なるといいですが」


 城島が静かに言った。


「黒瀬くん、前方に注意してください。辻堂くんが言っていたSランク相当の集団が、この方向にいるはずです」


「わかっている」


「里中先輩にも伝えた方が——」


「伝えなくていい」俺は言った。「あの二人に今話しかけると、会話が止まらなくなる」


 城島が「……確かに」と言った。


---


 十分ほど歩いた時だった。


 俺は足を止めた。


「どうした」颯が気づいて口を閉じた。


「前方の茂みに気配がある」


 全員が止まった。


 里中が「え? どこ? どこどこ?」と小声で言った。颯が「しっ」と言った。里中が「なんで後輩に言われなきゃいけないんだ」と言いかけた。澪が「お願いだから静かにしてください」と言った。里中が口を閉じた。


 茂みが動いた。


 三人が出てきた。


 全員三年生だ。エンブレムを見ると、二人がAランク、一人がBランクだった。


 リーダー格の生徒が前に出た。Aランクのエンブレムをつけた、背の高い男子だ。


「黒瀬煉か」男子が言った。「やっと見つけた」


「俺を探していたのか」


「俺はSランク相当って言われてたのにも関わらず、昇格試験でSランクが取れなかった」男子が言った。「だからこの訓練でSに上がる。そのためには——お前を先に潰す必要があった」


「なるほど」


「一対三だ。お前の大好きな武器もない。勝ち目はないぞ」


 颯が前に出ようとした。


「俺が——」


「待て」俺は颯を手で制した。


「でも三人だぞ」


「問題ない、昨日見て、黒剣なしでもできるとわかっただろ。任せろ」俺は三人を見た。「来い」


---


 三人が同時に動いた。


 リーダーが正面から来た。重力操作だ。俺の体が重くなった。


 右側の生徒が風刃を飛ばした。


 左側の生徒が地面を隆起させた。


 俺は重力の中を走った。


 風刃の軌道を読んで、体を低くして潜った。地面が隆起する前に、その場所を踏み台にして跳んだ。


 リーダーの懐に入り込んだ。


 右の掌底を胸骨に打った。


 リーダーが吹き飛んだ。重力操作が途切れた。


「な、なに!?なんでだ、間宮さんの重力操作にたかが無能者が耐えられるわけがない!?」


「本当に最近はよく言われるな。もう聞き飽きた。お前らはみんな無能者を蔑み、雑魚と呼ぶが、、、」


「雑魚には雑魚なりの戦い方があるんだよ」


5人のうち4人が顔に笑みを浮かべた。


「くそ、こうなったら、俺らでやるしかない。いくぞ!」


 残り二人が来た。


 右側の風刃使いが、俺の背後に回り込もうとした。


 その瞬間だった。


---


 里中が俺の左側に立っていた。


 いつの間にか前に出ていた。


「里中」


「なんかやることあるか!? 私も戦う!!」


「下がれ」


「嫌だ!! なんか手伝う!!」


「花粉症じゃない相手には効かないだろ」


「そ、そうだけど——!!」


 その時、左の地面隆起使いが里中に向かって動いた。


 里中に気をとられていた俺の死角に、風刃使いが回り込んでいた。


「余計なことしやがって、ほんとにこの先輩は、全く、、、」


 風刃が放たれた。


 俺は動いた。


 里中の前に出た。


 風刃を右腕で受けた。


「やった!当たったぞ!」


 鋭い痛みが走った。


「世話が焼けるな」


 右腕の袖が裂けた。


「——っ!」


「黒瀬くん!!」澪が後方から叫んだ。


 俺は右腕を庇いながら、風刃使いに向かって踏み込んだ。


 左の掌底を打った。


 風刃使いが崩れた。


 残った地面隆起使いが里中に向かっていた。


 俺は振り返らずに言った。


「里中、後ろに下がれ」


「で、でも——」


「下がれ」


煉の少し切れている右腕を見て渋々下がった。


 里中が後退した。


 俺は地面隆起使いに向き直った。


 地面が隆起した。


 俺は隆起を読んで、踏み台にして跳んだ。


 地面隆起使いの頭上に降りた。


 肩に手を置いた。


 静止。


「降参するか」


「……降参する」


---


 三人全員が脱落した。


 颯が「煉! 腕!!」と叫んだ。


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃない! 血が出てるぞ!!」


 右腕の袖が裂け、皮膚が切れていた。血が滲んでいた。


 澪が駆けてきた。無言でポーチを開いた。


「……受けたんですか」澪が言った。静かな声だったが、少し低かった。


「里中が前に出ていた」


「だから庇ったんですか」


「そうだ」


 澪がため息をついた。それから手当てを始めた。


 颯が里中を振り返った。


「里中先輩、前に出るのは危ないですよ」


「わ、わかってる!!」里中が言った。「でも——なんか、体が動いてしまって!!」


「気持ちはわかりますが」城島が言った。「黒瀬くんが庇う形になってしまうので、気をつけてください」


「……はい」里中がいつもより小さな声で言った。


---


 里中は、しばらく黙っていた。


 珍しいことだった。


 颯が「先輩、どうしたんですか」と言った。「静かですね」


「うるさい」里中が言った。だが声に力がなく、目に見えてしょんぼりしていた。


 俺は手当てを受けながら、里中を横目で見た。


 里中が俺を見ていた。


 すぐに目を逸らした。


 赤い髪が、揺れた。


 颯が俺の耳元でこそっと言った。


「煉、里中先輩、なんか顔赤くないか」


「そうか」


「気になるだろ!」


「気にしない」


「なんで!」


「今は手当てを受けている」


「それが終わったら気にするの!?」


「気にしない」


「なんでだよ!!」


 澪が「神崎くん、黙っていてください」と言った。颯が「はい」と言った。


---


 手当てが終わった。


 歩き始める前に、里中が俺の隣に来た。


 珍しく、声が小さかった。


「あの」


「なんだ」


「……さっきは、ありがとう」里中が言った。目を逸らしていた。


「たまたまだ」


「たまたまじゃないだろ!!」里中が少し声を上げた。「庇ったんだろ!!ちゃんと!!」


「まあ」


「まあ、じゃなくて!!」里中が言った。「……ちゃんと、ありがとうと言っている。受け取れ」


「受け取った」


「……よし」里中が前を向いた。


 颯が「先輩、耳まで赤いですよ」と言った。


「うるさい!!!!」里中が叫んだ。「颯!! お前は本当にうるさい!!!!」


「先輩も大概うるさいですって!!!!」


「同類嫌悪!!!!」


「それはこっちの台詞!!!!」


 城島が「二人とも、そろそろ本当に静かにしてください」と言った。


 澪が俺の隣を歩きながら、小さく言った。


「……気づいていましたか」


「何を」


「里中先輩のことです」澪が前を向いたまま言った。


「顔が赤かったことか」


「そうです」澪が少し間を置いた。「どう思いますか」


「何も思わない」


「……そうですか」


「そうだ」


 澪がため息をついた。


「あなたは本当に」澪が言った。


「なんだ」


「……なんでもないです」


 颯と里中がまた言い合いを始めた。


 城島が「本当に同じタイプですね」と静かに言った。


 俺は前を向いて歩いた。


 里中の赤い髪が、木漏れ日の中で揺れていた。


「まあ、なんとかなるだろ」


 颯が「なるのか!? この状況で!!」と叫んだ。


 里中が「なるわけないだろ!!」と言った。


 二人の声が重なった。


 澪が「……また重なりましたね」と小さく言った。

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