第47話「潔い男だった、やはりホンモノとの戦いは面白いな」
辻堂が動いた。
今度は、さっきとは全く違う動き方だった。
速度を落としていた。
いや——速度を意図的にコントロールしていた。
速くなったり遅くなったりを繰り返しながら、俺との間合いを詰めてくる。
リズムを変えているのだ。
俺の反射に、リズムを合わせさせない。
これは——厄介だ。
「気づいたか」辻堂が言った。「感覚強化で、お前の反射のリズムを読んだ。だから今度は、リズムを変えた」
「そうか」
「どうする」
「今、考えている」
「考える時間はやらない」
辻堂の速度が急に上がった。
俺は右に動こうとした。
辻堂が速度を落とした。
俺の動きが先走った。
辻堂の左拳が、俺の右頬に入った。
頭が揺れた。
視界が一瞬ぶれた。
続けて右の蹴りが来た。
俺は腕で受けた。
腕が痺れた。
「っ——」
後退した。二歩。
「どうだ」辻堂が静かに言った。「リズムを崩すと、数百年の経験があったとて、反射でも対応が遅れる。実に興味深いな」
俺は止まった。
頬が熱かった。腕が痺れていた。
辻堂が正しかった。
反射は速い。だがリズムを前提とした反射は——リズムを崩されると、逆に先走る。
「なるほど」俺は言った。
「わかったか」
「ああ」
「わかっても対応できるか?」
「できるかどうかは、やってみなければわからない」
「では——もう一度来い」
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辻堂が動いた。
またリズムを変えながら近づいてくる。
速く。遅く。速く。止まる。
俺は反射を止めた。
意識的に、反射を抑えた。
体が先走りそうになるのを、意志で止めた。
辻堂が速度を上げた。
俺は動かなかった。
もっと上げた。
俺は動かなかった。
辻堂の拳が、俺の眼前まで来た。
その瞬間——動いた。
最小限の動きで、内側に入り込んだ。
辻堂が驚いた。
「——っ!」
俺は辻堂の懐の中にいた。
「反射を止めた」辻堂が言った。
「ああ」
「反射を止めて、ギリギリまで待った」
「そうだ」
「それは——常人にはできない」
「そうかもしれない」俺は言った。「だが数百年間、死の瀬戸際でギリギリを待ち続けた経験がある。それだけだ」
辻堂が静かに息を吐いた。
俺は辻堂の胸に手を当てていた。
押した。
辻堂が一歩下がった。
二人の間に、距離が生まれた。
互いに見つめ合った。
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「黒瀬」辻堂が言った。
「なんだ」
「一つだけ言っていいか」
「どうぞ」
「今夜——お前と戦えてよかった」辻堂が静かに言った。「本物と戦うのは、久しぶりだ」
「俺もだ」
「そうか」辻堂が少し笑った。「では——最後に行く」
「来い」
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辻堂が全力で動いた。
リズムの変化も、フェイントも、なかった。
ただ——全速力で、真っ直ぐに来た。
最後は全力で真っ直ぐ来る。
潔い男だ。
俺は笑った。
薄く。飄々と。
颯が後方で「煉が笑ってる!!」と叫んだ。澪が「神崎くん静かに」と言った。
辻堂の拳が来た。
俺も前に出た。
また交差する軌道。
宮田には見えなかった。追うことすら許されなかった。澪にも、楓にも、城島でさえ、、、
残念だが俺は負けるわけにはいかない。
「Checkmate」
そう静かに囁いた。その囁きはこの静かな空間において全員に聞こえるほど美麗な雰囲気を帯びていた。
今度は、俺が先だった。
辻堂の拳が届く前に、俺の右手刀が辻堂の首筋に触れていた。
辻堂が止まった。
静止。
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夜の森に、沈黙が落ちた。
颯が「………………」と無言だった。
城島が静かに息を吐いた。
澪がノートに何かを書いていた。
辻堂がゆっくりと、両手を上げた。
「負けだ」辻堂が言った。「完敗だ」
「そうでもない」俺は言った。「頬の傷は本物だ」
「だが勝てなかった」辻堂が手を下ろした。「黒瀬、一つだけ言っていいか」
「なんだ」
「黒剣を取り戻せ」辻堂が真っ直ぐ俺を見た。「黒剣があるお前と、いつか戦いたい」
「その時は相手をする」
「約束だ」
「ああ、約束だ」
辻堂が踵を返した。
歩きながら言った。
「一つだけ教えてやる」
「なんだ」
「東の森に、もう一つ集団がいる」辻堂が振り返らずに言った。「三年生のSランク相当の生徒が率いている。気をつけろ」
「情報をくれるのか」
「負けた相手には正直に話す。それが俺のやり方だ」辻堂が言った。「橘将望と同じだな」
辻堂の背中が、夜の森に消えた。
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しばらくの沈黙があった。
颯が「………煉」と言った。
「なんだ」
「頬、血出てるぞ」
「わかっている」
「かっこよかった」颯が言った。「最後、笑いながら前に出たの。あれが一番かっこよかったなー」
「笑うつもりはなかった」
「なんで笑ったんだ」
俺は少し考えた。
「潔い男だったから」
「潔い?」
「最後に全力で真っ直ぐ来た。それが——悪くなかった」
颯がしばらく俺を見た。
「……煉って、強い相手を本当に尊重するんだな」
「強さは、尊重に値する」
「そっか」颯が頷いた。「俺も、そういう戦い方をしたい」
「できる」
「そうか?」
「お前はすでにそういう戦い方をしている」
颯が目を丸くした。それから、照れたように頭を掻いた。
「……それも珍しいな。煉に褒めてもらうの、今日二回目だ」
「記念日にするな」
「する!!」
澪が「二人とも」と言った。
俺と颯が「はい」と言った。
城島が「辻堂くんの情報——Sランク相当の生徒が、東の森にいるということですね」と静かに言った。
「そうだ」俺は言った。「明日の朝、動く」
「わかりました」
宮田が「俺、今夜の戦いほんとにハラハラした——すごすぎる」と言った。「黒瀬の最後の動き。あれ、全然見えなかったのに、終わってた。」
「そうだ」
「どうやったんだ」
「ギリギリまで待った」
「それだけなのか」
「それだけだ」
宮田が「それだけって言うけど、絶対それだけじゃない」と言った。颯が「そうそう!」と言った。城島が「同感です」と言った。澪が「そうですね」と言った。
俺は黙って星空を見上げた。
傷が、いくつかあった。
だが——立っていた。
「まあ、なんとかなるだろ」
颯が「なるな!」と言った。澪が「なります」と言った。城島が「なりますね」と言った。宮田が「な、なるか?」と言った。
四人と一人で、夜の島に立っていた。




