表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/88

第46話「最初の一本」

 辻堂が動いた。


 速かった。


 三浦より速かった。


 地面を蹴る音が消えた。


 次の瞬間、辻堂の拳が俺の顔面に向かっていた。


 「なんて速さだ!あんなの無能者に避けられるわけがない。流石の黒瀬でも、、、」


そう宮田が言った時誰もその言葉に返答はしなかった、だがその場にいる宮田以外の全員が避けられると確信していた。


 身を翻し、躱した。


 右に半歩。


 風圧が顔を掠めた。


そのまま俺は反撃した。


右の肘を辻堂の脇腹に向けた。


辻堂が肘で受けた。


骨が鳴った。互いの骨が、同時に。


俺は後退した。辻堂も一歩下がった。


「……速い」辻堂が静かに言った。「昼間より速い。夜になって感覚が研ぎ澄まされたか」


「そうかもしれない」


「私も同じだ」辻堂が言った。「感覚強化は、暗い方が機能する。目への情報が減る分、他の感覚が鋭くなる」


「お互い夜向きということか」


「そうなるな」辻堂が静かに笑った。「面白い」


---


 二撃目が来た。


 今度は連打だった。


 右、左、右、左。


 肉体強化された拳が、連続して俺に向かってきた。


俺は全部捌いた。


右を外に弾く。左を内に流す。右を頭を下げて躱す。左を半歩下がって外す。


だが——捌くたびに腕に衝撃が来た。


三浦と同じだ。受けるたびに消耗する。


俺は攻撃に転じた。


辻堂の連打の隙間に入り込んだ。


左の拳が来る瞬間、俺は体を内側に回転させた。


辻堂の拳の軌道の内側に入った。


そのまま右の掌底を辻堂の顎に向けて打った。


辻堂が頭を後ろに逸らした。


完全には当たらなかった。だが顎を掠めた。


「っ——」辻堂が後退した。


「感覚強化があるなら」俺は言った。「気配を読まれる前に動く必要がある」


「読んでいた」辻堂が言った。「それでも速かった。どういう動き方だ」


「考えていない」


「考えていない?」


「体が動いている」俺は言った。「考えてから動いていたら、遅い。体が動きたいように動かす」


辻堂がしばらく俺を見た。


「……なるほど、わかっていたことだが、無能者どころか、ゆうに人間の域は超えているというわけか」辻堂が静かに言った。「数百年分の反射、というわけだな」


俺は止まった。


「知っているのか」


「噂では」辻堂が言った。「魔王の転生体、という話を聞いたことがある。信じてはいなかったが——今夜、少し信じる気になった」


「そうか」


「だとしたら——お前と戦えることは、望外の幸運だな」辻堂が言った。「数百年の戦闘経験を持つ相手と、真剣に戦える機会など、一生に一度もないだろう」


「買いかぶりだ」


「買いかぶりではない」辻堂が構えた。「本気でいく」


---


 三撃目から、辻堂が変わった。


 速度が上がった。


 肉体強化の出力が、明らかに増していた。


辻堂の拳が来た。


俺は躱した。


だが辻堂はすでに次の動きに入っていた。


右拳をフェイントにして、左の蹴りが来た。


俺の右脇腹に直撃した。


吹き飛ばなかった。


だが——体が軋んだ。


「っ——」


「もらったな」辻堂が言った。


「そうだな」


「まだ立てるか」


「まだだ」


俺は体勢を立て直した。


脇腹が痛かった。


だが動ける。


「辻堂」


「なんだ」


「一つだけ聞く」俺は言った。


「どうぞ」


「お前はなぜ夜を待った」


「昼間の俺では、お前に勝てないと判断したからだ」辻堂が静かに答えた。「昼間の九連戦の後のお前を狙えば楽だっただろう。だがそれでは意味がない」


「意味がない?」


「疲弊した相手に勝っても、何も証明できない」辻堂が言った。「万全のお前に勝ちたかった。だから待った」


俺は辻堂を見た。


「……お前は、強さにまっすぐな男だな」


「そうだと思う」辻堂が静かに言った。「それ以外のことに、あまり興味がない」


「悪くない生き方だ」


「お前も同じだろう」辻堂が言った。「だからこそ——お前と戦いたかった」


---


 四撃目。


 辻堂が全力で踏み込んだ。


地面が沈んだ。


肉体強化をフルに使った踏み込みだ。三浦の時と似ている。


だが辻堂は三浦より速い。


俺は動いた。


躱すのではなく——前に出た。


辻堂の踏み込みに向かって、俺も踏み込んだ。


互いが激突する軌道。


辻堂が驚いた。


その驚きの一瞬が、俺には全てだった。


辻堂の踏み込みの勢いと、俺の踏み込みの勢いが交差した瞬間、俺は辻堂の右腕の外側に体を寄せた。


辻堂の拳が俺の左肩を掠めた。


俺の右の掌底が、辻堂の胸骨に入った。


鈍い音がした。


辻堂がよろめいた。


俺はそのまま辻堂の右腕を掴んで引いた。前傾みになった辻堂の首筋に、左手を当てた。


静止。


二人が止まった。


夜の森に、荒い呼吸だけが響いた。


---


 長い沈黙があった。


辻堂が動かなかった。


俺も動かなかった。


やがて辻堂が静かに言った。


「……一本、取られた」


「ああ」


「続けるか?」辻堂が聞いた。


俺は少し考えた。


「お前次第だ」


「私が降参しなければ、続けるのか」


「そうだ」


「では——もう一本」辻堂が言った。「今の一本で、お前の動き方はわかった。ならば次は——私が取る」


「来い」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ