第42話「サバイバル、開始」
ルールの説明が終わった。
倉石が颯の質問に答えた内容は、シンプルだった。
「複数で行動することは禁止しない。だが昇格の権利は、最後まで生き残った一人のみに与えられる」
「最後まで生き残った、とはどういう意味ですか」颯が聞いた。
「脱落条件がある」倉石が答えた。「施設に備え付けられた白旗を掲げた時点で脱落。または教員が戦闘不能と判断した場合も脱落だ」
「戦闘不能?」颯が眉を寄せた。「生徒同士で戦うんですか」
「禁止はしない」
会場がざわめいた。
「ランク昇格のためなら、他の生徒を脱落させてもいいということですか」
「ルール上はそうなる」倉石が淡々と言った。「ただし、怪我をさせることは禁止だ。戦闘不能の判断は教員が行う」
颯が俺の元に戻ってきた。
「聞いたか?」
「聞こえた」
「生徒同士で戦ってもいいんだと」颯が言った。「やばいな」
「やばくはない」
「やばいだろ。強い生徒が弱い生徒を脱落させまくるじゃないか」
「そういう訓練だ」俺は言った。「異能者社会では、強さが全てだ。その現実を体で覚えさせるつもりなんだろう」
「……なるほど」颯が少し考えた。「でも煉、一個問題がある」
「なんだ」
「お前、黒剣ないよな」
「ない」
「終環は一発だけだよな」
「そうだ」
「つまり——この訓練、お前は黒剣なしで戦うしかない」颯が言った。「それ、かなりきつくないか」
「きつい」
「きつい、って認めるんだな」
「事実だから認める」俺は言った。「だが——きつくても、動ける」
颯がしばらく俺を見た。
それから、にやりとした。
「そっか。じゃあ心配しても仕方ないか」
「そうだ」
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開始の合図は、集会場のサイレンだった。
大きな音が鳴り響き、全員が一斉に動き出した。
颯が「じゃあ俺は東側の森に行く! 嵐操作で食料調達する!」と言った。
「わかった」
「煉はどこ行く」
「山だ」
「山? なんで」
「高い場所から全体を把握する」
「なるほど」颯が頷いた。「さすが魔王の考え方だな」
「魔王は関係ない。基本だ」
「そっか!」颯が走り出した。「生き残れよ!」
「お前もな」
城島が俺に言った。
「黒瀬くん、私は施設周辺の情報を集めます。他の生徒の動きと地形を把握します」
「頼む」
「澪さんは」
「私は」澪が俺を見た。「黒瀬くんと行きます」
「澪」
「異能がない私が単独で動いても、サバイバルには不向きです」澪が静かに言った。「黒瀬くんと一緒に動く方が、私にできることがある」
「できることとは」
「情報の整理と、判断の補助です」澪がノートを持ち直した。「あなたの戦闘中に、私が状況を俯瞰して分析します」
俺は澪を見た。
理にかなっていた。
「わかった。一緒に来い」
「はい」
城島が「二人とも、無理しないでください」と言った。
「城島こそ」俺は言った。「昨日まで安静だっただろ」
「一週間経ちました。大丈夫です」
「無理をするな」
「しません」城島が微かに笑った。「では——また後で」
城島が東の方向に歩き出した。
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俺と澪は山に向かった。
施設から北方向に進むと、すぐに森が始まった。
木々が密集していた。日光が遮られ、少し暗かった。
澪が黙ってついてきた。
「澪、体力は大丈夫か」
「問題ありません」
「山を登る。急な場所もある」
「わかっています。遅れません」
俺は前を向いて歩いた。
澪がついてきた。
しばらく歩いて、俺は少し振り返った。
澪はしっかりとした足取りで歩いていた。
荷物を背負いながら、ノートを胸に抱えながら。
「澪、一つ聞いていいか」
「なんですか」
「なぜノートを持ってきた。宿泊荷物の中に入れていたのか」
「はい」澪が言った。「校外学習とは言え、何かあると思っていたので」
「事前に気づいていたのか」
「倉石先生の顔が、いつもより少し硬かったので」澪が答えた。「それと——荷物の説明の時に、着替えが少なくていいと言っていました。バカンスにしては少なすぎると思いました」
俺は澪を見た。
「俺と同じことに気づいていたのか」
「似たようなことは」
「そうか」
「黒瀬くんも気づいていましたよね」
「ああ」
澪が少し笑った気がした。
「……だから平然としていたんですね。突然のサバイバル宣言でも」
「驚きはした。だが想定内だった」
「颯くんが一番驚いていましたね」
「颯は全く気づいていなかったな」
「まったく」澪が言った。「でもすぐに切り替えていました。あれは——颯くんらしいと思います」
「そうだな」
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三十分ほど登ったところで、開けた場所に出た。
島の全体が見渡せた。
東側に森。西側に砂浜と海。南に施設と港。北に山の奥。
生徒たちが動いているのが、小さく見えた。
東の森に複数の人影。西の砂浜に数人。施設周辺にも数人。
「澪、記録を頼む」
「はい」澪がノートを開いた。「東の森に七人。西の砂浜に三人。施設周辺に……五人見えます」
「合計十五人が確認できる」
「はい。クラスは三十人なので、残り十五人は見えない場所にいます」
「山の中か、施設内に残っているか」
「おそらく」
俺は視線を動かした。
一つ気になることがあった。
「澪、東の森に七人いると言ったな」
「はい」
「その七人、固まっているか、バラバラか」
澪が目を細めた。
「……固まっています。七人、一つの塊で動いています」
「集団行動だ」俺は言った。「ランク上位の生徒が徒党を組んでいる可能性がある。弱い生徒を組み込んで、数で押す戦略か」
「なるほど」澪が書き込んだ。「ということは——その集団が、最大の障害になるかもしれない」
「そうだ」
「颯くんも東の森に行きました」
「わかっている」俺は立ち上がった。「颯に連絡を入れる」
スマホを取り出した。
スマホが圏外だった。
「……そうか」
「電波がないんですか」澪が自分のスマホを確認した。「私も圏外です」
「島の中では繋がらないようにしたのかもしれない。倉石先生の仕掛けか、あるいは島の地形か」
「颯くんが心配ですね」
「颯は——大丈夫だ」俺は言った。「嵐操作がある。単独でも、相当な戦力だ」
「そうですね」澪が頷いた。「でも——七人の集団には」
「数で押されれば苦しい」俺は認めた。「だから行く」
「東の森ですか」
「ああ」
「私もついていきます」
「来い」
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山を降り始めた。
東の森に向かって進む途中、前方から声が聞こえた。
一人だった。
草むらの中から、男子生徒が出てきた。
Cランクのエンブレムをつけていた。見覚えがある顔だった。確か、隣のクラスの生徒だ。
生徒が俺を見た瞬間、顔が青くなった。
「く、黒瀬……」
「怪我はないか」
「え?」生徒が固まった。
「怪我をしているかと聞いている」
「し、していない」
「そうか」
俺は生徒の横を通り抜けようとした。
「ちょっと待ってくれ!」生徒が声を上げた。
「なんだ」
「お前——俺を脱落させないのか?」生徒が言った。「Cランクの俺を倒して、さっさと脱落させた方が効率的じゃないか」
「そうだな」
「じゃあなぜ」
「俺に危害を加えないなら、手を出す理由がない」俺は言った。「お前と戦う時間があれば、東の森に行く方が有益だ」
「東の森? 何があるんだ」
「七人の集団がいる。颯がそっちに行った」
生徒が少し考えた。
「……俺も行っていいか」
「なぜだ」
「一人でいるより、誰かと一緒の方がいい」生徒が言った。「脱落させられる前に、自分で選びたい」
俺は生徒を見た。
弱い生徒だ。サバイバルには向いていない。
だが——ついてきたいと言っている。
「足は引っ張るな」俺は言った。
「引っ張らない」
「来い」
「ありがとう!」
澪が生徒に「名前を教えてください。記録します」と言った。生徒が「宮田です」と言った。澪が「宮田くん、よろしくお願いします」と言った。宮田が「よ、よろしくお願いします」と言った。
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東の森に入った。
しばらく進むと、騒がしい声が聞こえてきた。
木々の隙間から、複数の人影が見えた。
七人の集団だ。
中心に——Bランクのエンブレムをつけた生徒がいた。
その生徒が、誰かに向かって何か言っていた。
俺は木の陰から状況を確認した。
澪が隣に来た。
「颯くんが、囲まれています」澪が静かに言った。
前方の開けた場所で、颯が七人に囲まれていた。
颯は嵐操作を発動していた。周囲に気流が発生している。だが七人に完全に包囲されていた。
「一対七か」俺は言った。
「颯くん、無傷ですか」
「今のところは」
「でも——」
「わかっている」
俺は木の陰から出た。
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七人の集団リーダーが俺を見た。
Bランクの、大柄な男子生徒だ。三年生だろう。
「黒瀬煉」男子が言った。「来たか」
「颯に何をしようとしていた」
「見ての通りだ」男子が言った。「脱落させようとしていた。ルールの範囲内だ」
「そうだな」
「お前も——ちょうどいい」男子が俺を見た。「黒剣がないと聞いた。今日は対等に戦えるな」
俺は七人を見た。
七人全員が異能を発動し始めた。
颯が俺を見た。
「煉!」
「大丈夫か」
「大丈夫! でも七人は多い!」
「わかっている」
七人が動き始めた。
俺は前に出た。
「澪」
「はい」
「後ろにいろ。宮田も」
「わかりました」
俺は両手を開いた。
黒剣はない。
終環は温存する。
あるのは——体と、数百年分の戦闘経験だけだ。
「来い」
俺は静かに言った。
七人が、一斉に動いた。




