第41話「校外学習、、、なんだよな」
校外学習の話が出たのは、橘との戦いから1ヶ月後だった。
ホームルームで倉石が告げた。
「来週、校外学習がある。一泊二日だ」
颯が「どこですか!」と即座に手を上げた。
「離島だ」
会場がどよめいた。
「離島!?」「どこの島ですか」「バカンス!?」「水着いる?」
颯が「やった!!」と叫んだ。澪が「神崎くん、静かに」と言った。颯が「でも離島ですよ!?」と言った。澪が「わかっています。静かに」と言った。
俺は窓の外を見ていた。
離島。
バカンス。
颯が後ろから俺の肩を叩いた。
「煉! 離島だぞ! 海だぞ!!」
「知っている」
「楽しみじゃないのか!」
「楽しみかどうかは行ってから決める」
「その前に決めろ!!」
澪が俺の横で静かに言った。
「……少し楽しみです」
「そうか」
「はい」澪が前を向いた。「海は久しぶりなので」
城島が振り返った。
「いい気分転換になりそうですね」城島が言った。「最近、重いことが続いていたので」
「そうだな」
「黒瀬くん、泳げますか」
「泳げる」
「人間になってからも?」
「試したことはないが、泳げる」
「試したことないのに泳げると言うんですか」颯が笑った。「まあ煉なら泳げるか。なんでもできるし」
「なんでもはできない」
「大体できるだろ」
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出発は翌週の月曜日だった。
学園のバスに乗り、港まで向かった。そこからフェリーで一時間半。
フェリーの甲板で颯が海を見て「うおー!!」と叫んだ。他のクラスメイトも甲板に出てきて、潮風を受けていた。
俺は甲板の端に立って、海を見ていた。
広かった。
魔王時代、海を見たことがなかったわけではない。だが——この体で見る海は、違う感覚があった。
潮の匂いがした。
塩の味が、唇に感じられた。
風が体に当たった。
人間の感覚は、細かい。
澪が隣に来た。
「海、好きですか」
「嫌いではない」
「最初に見た時はどうでしたか」
「転生してからか」
「はい」
「まだ見ていない」俺は言った。「今日が初めてだ」
澪が少し目を丸くした。
「……そうなんですか」
「街の近くに海はなかった。行く機会もなかった」
「そうですね」澪が海を見た。「どうですか、初めて見て」
俺は少し考えた。
「広い」
「それだけですか」
「あとは——思ったより揺れる」
澪が小さく笑った。
「フェリーの揺れが苦手ですか」
「苦手ではない。ただ、地面と感覚が違う」
「慣れますよ」
「そうか」
颯が走ってきた。
「煉! 澪ちゃん! イルカがいる! あっちに!」
「イルカ?」澪が目を輝かせた。
「いるいる! 来て!」
澪が颯について走った。
俺は少し遅れてついていった。
甲板の反対側に、確かにイルカの背びれが見えた。
数頭が、フェリーと並走するように泳いでいた。
「すごい!」澪が声を上げた。珍しく、はっきりとした声だった。
「初めて見たのか」俺は澪に聞いた。
「……水族館でしか見たことがありませんでした」澪が言った。「本物は、大きいんですね」
「そうだな」
「あと——速い」
「そうだな」
颯が「城島先輩! こっちこっち!!」と城島を呼んだ。城島が歩いてきた。イルカを見て、珍しく表情が柔らかくなった。
「……綺麗ですね」城島が静かに言った。
「そうですね」澪が言った。
四人でしばらく、イルカを見ていた。
フェリーが進むにつれ、イルカは少しずつ遠ざかった。
やがて、海の中に消えた。
颯が「また来ないかな」と言った。澪が「来ないと思います」と言った。颯が「そっか」と言った。
俺は消えたイルカが見えた方向を、少し見ていた。
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島が見えてきたのは、出港から一時間後だった。
緑が濃かった。
山があった。
白い砂浜が見えた。
「綺麗な島だ」颯が言った。
「そうだな」
「煉、あそこで泳ごうぜ! 白い砂浜で!」
「泳いでいい時間があればな」
「あるだろ! バカンスって言ったし!」
「まあ」
「まあ、じゃなくて! 煉の水着とか想像できないから見てみたい!」
「なぜ」
「なんとなく!」
澪が「私も少し気になります」と言った。颯が「だろ!」と言った。城島が「節度は持ちましょう」と言った。
俺は三人を眺めた。
こういう時間が、一年前にはなかった。
バカンスで離島に来て、イルカを見て、水着の話をする。
魔王時代には、想像もしなかった時間だ。
「まあ、なんとかなるだろ」
「なにが?」颯が聞いた。
「独り言だ」
「また!」
フェリーが島の港に近づいていった。
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港に着いた。
全員がフェリーから降りた。
砂浜が見えた。海が見えた。緑の山が見えた。
颯が「最高だ!!」と言った。
クラスメイトが「海行こう!」「荷物置いてから!」「施設はどこだ」と口々に言い合った。
俺たちはバスから荷物を受け取り、引率の教員の後について歩いた。
倉石が引率の一人だった。
倉石の顔が、いつもより少し硬かった。
俺はその顔を、少し気にした。
だが颯が「施設どこだ、早く荷物置きたい!」と言ったので、そのまま歩いた。
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施設は港から十分ほど歩いた場所にあった。
大きな建物だった。
宿泊棟、食堂、集会場。設備は十分あるように見えた。
「やった! ちゃんとした施設だ!」颯が言った。「飯もちゃんと出るんだよな!」
「そうだな」
「海、いつから入れるんだろ。倉石先生に聞いてくる!」颯が走り出した。
澪が「走らないでください」と言った。颯が「わかった!」と言いながら走った。
俺は建物を見回した。
立地が——独特だった。
山に囲まれていた。港から離れていた。
島の地形を考えると、この施設から出るには——山を越えるか、港に戻るかしかない。
なぜそんなことを考えたのか、自分でもよくわからなかった。
ただ——何かが、引っかかっていた。
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集会場に全員が集められた。
学年主任の教員が前に立った。
颯が俺の隣で「これ、ガイダンスか。早く海行きたい」と小声で言った。
教員が口を開いた。
「では、本校外学習の説明を始める」
颯が「は~や~く~」と超小声で言った。澪が「神崎くん」と言った。颯が「すみません」と言った。
「本校外学習の目的は——異能者としての実践的な生存能力の測定だ」
会場が少し静まった。
「生存能力?」誰かが言った。
「具体的な内容を説明する」教員が続けた。「この島で、二日間のサバイバルを行う」
沈黙があった。
誰かが「え?」と言った。
「各自、今持っている荷物以外の支給品はなし。食料は自力で調達。宿泊も自力で確保。この島の中で、最後まで生き残った者には——ランク昇格の権利が与えられる」
会場が、一気に爆発した。
「はあ!?」「聞いてないぞ!」「バカンスじゃなかったのか!」「生き残るって何!?」「二日間!?」
颯が固まっていた。
それから俺を見た。
「……煉」
「なんだ」
「バカンスじゃなかった」
「そうだな」
「聞いてたか、煉」
「聞いていた」
「そっか」颯が深呼吸した。「まあ——でも、なんとかなるか」
「そうだな」
「俺、嵐操作あるし。食料くらい調達できる」
「そうだな」
「煉は?」
「俺は動ける」
「それだけか」
「それだけで十分だ」
颯が「そっか!」と言って、少し吹っ切れた顔になった。
澪が静かに俺を見た。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「事前に気づいていましたか」
「少しだけ」
「なぜ」
「倉石先生の顔と、施設の立地が気になった」
澪がしばらく俺を見た。
「……さすがですね」
「経験があるだけだ」
城島が静かに言った。
「黒瀬くん、ランク昇格の権利——欲しいですか」
「欲しい」俺は即答した。
「理由は」
「Sランクを超えれば、覇級への道が開ける」俺は静かに言った。「まだやることがある。ランクは——上げられるだけ上げる」
城島が頷いた。
「わかりました。では——」
「協力する」颯が言った。「俺たち四人で動こう」
「颯」
「なんだ」
「この訓練は個人戦だ。最後まで生き残った者にランク昇格がある。四人で動けば、一人しか昇格できない」
「そんなの関係ない」颯が言った。「四人で生き残れば、全員昇格できるかもしれないだろ」
「そういうルールかどうかわからない」
「だったら聞きに行く」颯が立ち上がった。「倉石先生に聞いてくる。複数で行動してもいいかどうか」
颯が人混みをかき分けて倉石の元に向かった。
澪が「あなたが動く前に行ってくれましたね」と言った。
「そうだな」
「颯くんらしいです」
「そうだな」
俺は集会場の窓から、島の景色を見た。
山が見えた。森が見えた。海が見えた。
バカンスのつもりで来た島が、サバイバルの舞台になった。
まあ。
「なんとかなるだろ」
澪が「今度はなんとかなると思います」と言った。
城島が「同感です」と言った。




