第40話「まあなんとかなるだろ」
病院を出た時、夜が深くなっていた。
四人で外に出た。
颯が「飯どこ行く?」と言った。「今日こそ食いたい。腹ペコだ」
「城島くんは無理できません」澪が言った。
「じゃあ近くのコンビニで買って、どこかで食おう」颯が提案した。「城島先輩も座って食べるくらいならいいだろ」
「構いません」城島が言った。
四人でコンビニに寄った。
颯が大量に買い込んだ。澪がおにぎりを選んだ。城島がお茶を買った。俺はサンドイッチを一つ取った。
病院の近くの公園のベンチに座った。
四人で、夜の公園で食べた。
特に何も話さなかった。
颯が「うまい」と言いながら食べた。澪がおにぎりを静かに食べた。城島がお茶を飲んだ。俺はサンドイッチを食べた。
虫の声がした。
風が吹いた。
それだけだった。
だが——それだけで、十分だった。
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しばらくして、颯が口を開いた。
「なあ、みんなに聞いていいか」
「なんだ」颯が言った。
「今日——怖かったか」
誰も答えなかった。
しばらく間があった。
「怖かった」澪が最初に言った。静かな声だった。「城島くんが倒れた時、声が出なかった。体が動かなかった。怖かったです」
「そっか」颯が頷いた。「俺も怖かった。城島先輩が出てきた瞬間——止める間もなかった。あの時、もし本当に死んでたら、って思ったら——」
「颯くん」城島が静かに言った。
「なんですか先輩」
「死にませんでした」
「わかってるよ! でも——」
「でも、生きています」城島が颯を見た。「今ここにいます。それで——いいと思います」
颯が黙った。
目が、また赤くなっていた。
「……そうですね」颯が言った。「そうですね、先輩」
俺は城島を見た。
「城島」
「はい」
「なぜあの時、出てきた」
「言いました」城島が言った。「誰かが出なければならなかったので」
「それだけか」
城島が少し間を置いた。
「……もう一つあります」城島が静かに言った。「黒瀬くんに——死んでほしくなかった」
俺は城島を見た。
「あなたが倒れそうになっていた。橘将望の攻撃が来た。その時、私は思いました。黒瀬くんに詠唱の時間を作ること、そして——黒瀬くんが死なないこと。その二つが、あの瞬間の私にできる全てだと」
「俺のために」
「はい」城島が真っ直ぐ俺を見た。「あなたは——私が本物になるきっかけをくれた人です。仮面を脱ぐきっかけをくれた。だから——あなたには生きていてほしかった」
俺は何も言えなかった。
颯が「城島先輩……」と言った。
澪が静かに城島を見ていた。
城島が少し照れたように視線を逸らした。
「……言い過ぎましたね」
「言い過ぎていない」俺は言った。
「そうですか」
「そうだ」
城島がしばらく俺を見ていた。
それから、小さく笑った。
「……黒瀬くん」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「何が」
「受け取ってくれたことです」城島が言った。「以前の私なら——こういう言葉を言った後、相手の反応を計算していました。でも今は——ただ言いたかったから言いました。それを真っ直ぐ受け取ってくれたことが、嬉しかった」
俺は城島を見た。
「城島」
「はい」
「お前は——本物だ」
城島が目を丸くした。
颯が「お、煉が珍しいこと言った」と小声で言った。澪が「神崎くん」と言った。颯が「はい」と言った。
「本物というのは」城島が静かに聞いた。
「仮面なしで生きているということだ」俺は言った。「それを本物と言う」
城島がしばらく俺を見ていた。
それから、また笑った。
今度は力が入っていた。本物の笑いだった。
「……褒めていただけましたね」
「事実を言った」
「同じです」
「違う」
「似ています」
颯が「城島先輩、澪ちゃんみたいなこと言ってる」と言った。澪が「どういう意味ですか」と言った。颯が「いい意味で!」と言った。
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帰り際、城島を家まで送った。
颯が「絶対一週間安静にしろよ」と言った。城島が「わかりました」と言った。颯が「約束だからな」と言った。城島が「約束します」と言った。
城島が玄関に入る前に、振り返った。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「黒剣の場所、わかりましたよね」
「ああ。橘が教えた」
「次は——冥焔会ですね」
「そうなる」
「準備します」城島が言った。「一週間で治して、また動きます」
「無理するな」
「無理はしません」城島が俺を見た。「でも——一緒に動きます。それは決めています」
俺は城島を見た。
「……わかった」
「おやすみなさい」城島が頭を下げた。「三人とも」
「おやすみ」颯が言った。
「おやすみなさい」澪が言った。
俺は何も言わなかった。
城島が扉を開けた。中に入った。
扉が閉まった。
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俺と颯と澪の三人で帰り道を歩いた。
颯が「今日は疲れた」と言った。「骨折して入院してた後なのに、また全力で動いた。バカだな俺」
「そうだな」
「煉にバカって言われた!」颯が笑った。「でもまあ——後悔はない」
「そうか」
「うん」颯が空を見た。「城島先輩が生きてて、橘を倒せて、煉も生きてる。最高の結果だろ」
「そうだな」
「最高だろ」
「最高だ」
颯が「よし!」と小さく言った。
澪が俺の隣を歩きながら、静かに言った。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「城島くんが目を覚ました時、最初に聞いたのが——勝ちましたか、でしたね」
「そうだ」
「最後まで——あなたのことを考えていたんですね」澪が言った。「自分が倒れているのに」
「そうかもしれない」
「……あなたの周りには」澪が静かに続けた。「そういう人ばかりですね」
「そうか」
「そうです」澪が少し間を置いた。「颯くんも、城島くんも、倉石先生も——みんな、あなたのことを」
「澪」
「なんですか」
「お前もだ」
澪が止まった。
俺も止まった。
「俺のことを考えてくれている人間の中に、お前も入っている」
澪がしばらく俺を見ていた。
夜の道に、街灯の光が落ちていた。
澪の目が、揺れていた。
「……当然です」澪が静かに言った。「당연하잖아요」
「なんと言った」
「なんでもないです」澪が歩き出した。「当然だと言いました。日本語で」
「最初と違う言語を使っていなかったか」
「気のせいです」
「気のせいではない」
「気のせいです」
颯が「なんか楽しそうだな二人とも」と笑いながら追いついてきた。
澪が「神崎くんは黙っていてください」と言った。颯が「なんでだ!」と言った。
三人で歩いた。
夜の道に、三人分の足音が続いた。
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アパートに帰った。
部屋に入った。
電気をつけた。
いつもの部屋だ。
だが今夜は——少し違った。
黒剣がない腰は、まだ軽い。
終環の指輪が、薬指にある。
俺は椅子に座って、天井を見た。
今日起きたことを、順番に思い返した。
橘が来た。颯の嵐操作が機能した。城島が倒れた。完全詠唱ができた。橘の能力が零になった。橘が場所を教えた。城島が目を覚ました。
全部が——繋がっていた。
一つでも欠けていたら、うまくいかなかった。
颯の嵐操作がなければ、橘の観測を乱せなかった。
城島の最後の光理支配がなければ、一瞬の隙は生まれなかった。
澪の仮説がなければ、そもそも戦略が成立しなかった。
全員がいたから——一発の銃が、届いた。
俺は右手を見た。
薬指の指輪が、黒く光っていた。
次は——冥焔会だ。
黒剣を取り戻す。
封印の問題に向き合う。
魔王の体が目覚めかけている問題も、いずれ直面する。
全部、まだ終わっていない。
だが。
今夜は——それでいい。
今夜は、今日のことだけを考える。
俺は目を閉じた。
「まあ」
口癖が出た。
「なんとかなるだろ」
夜の部屋に、独り言が落ちた。
誰も聞いていなかった。
それでも——確かに言えた。
今日も。
明日も。
きっと。




