表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/88

第40話「まあなんとかなるだろ」

 病院を出た時、夜が深くなっていた。


 四人で外に出た。


 颯が「飯どこ行く?」と言った。「今日こそ食いたい。腹ペコだ」


「城島くんは無理できません」澪が言った。


「じゃあ近くのコンビニで買って、どこかで食おう」颯が提案した。「城島先輩も座って食べるくらいならいいだろ」


「構いません」城島が言った。


 四人でコンビニに寄った。


 颯が大量に買い込んだ。澪がおにぎりを選んだ。城島がお茶を買った。俺はサンドイッチを一つ取った。


 病院の近くの公園のベンチに座った。


 四人で、夜の公園で食べた。


 特に何も話さなかった。


 颯が「うまい」と言いながら食べた。澪がおにぎりを静かに食べた。城島がお茶を飲んだ。俺はサンドイッチを食べた。


 虫の声がした。


 風が吹いた。


 それだけだった。


 だが——それだけで、十分だった。


---


 しばらくして、颯が口を開いた。


「なあ、みんなに聞いていいか」


「なんだ」颯が言った。


「今日——怖かったか」


 誰も答えなかった。


 しばらく間があった。


「怖かった」澪が最初に言った。静かな声だった。「城島くんが倒れた時、声が出なかった。体が動かなかった。怖かったです」


「そっか」颯が頷いた。「俺も怖かった。城島先輩が出てきた瞬間——止める間もなかった。あの時、もし本当に死んでたら、って思ったら——」


「颯くん」城島が静かに言った。


「なんですか先輩」


「死にませんでした」


「わかってるよ! でも——」


「でも、生きています」城島が颯を見た。「今ここにいます。それで——いいと思います」


 颯が黙った。


 目が、また赤くなっていた。


「……そうですね」颯が言った。「そうですね、先輩」


 俺は城島を見た。


「城島」


「はい」


「なぜあの時、出てきた」


「言いました」城島が言った。「誰かが出なければならなかったので」


「それだけか」


 城島が少し間を置いた。


「……もう一つあります」城島が静かに言った。「黒瀬くんに——死んでほしくなかった」


 俺は城島を見た。


「あなたが倒れそうになっていた。橘将望の攻撃が来た。その時、私は思いました。黒瀬くんに詠唱の時間を作ること、そして——黒瀬くんが死なないこと。その二つが、あの瞬間の私にできる全てだと」


「俺のために」


「はい」城島が真っ直ぐ俺を見た。「あなたは——私が本物になるきっかけをくれた人です。仮面を脱ぐきっかけをくれた。だから——あなたには生きていてほしかった」


 俺は何も言えなかった。


 颯が「城島先輩……」と言った。


 澪が静かに城島を見ていた。


 城島が少し照れたように視線を逸らした。


「……言い過ぎましたね」


「言い過ぎていない」俺は言った。


「そうですか」


「そうだ」


 城島がしばらく俺を見ていた。


 それから、小さく笑った。


「……黒瀬くん」


「なんだ」


「ありがとうございます」


「何が」


「受け取ってくれたことです」城島が言った。「以前の私なら——こういう言葉を言った後、相手の反応を計算していました。でも今は——ただ言いたかったから言いました。それを真っ直ぐ受け取ってくれたことが、嬉しかった」


 俺は城島を見た。


「城島」


「はい」


「お前は——本物だ」


 城島が目を丸くした。


 颯が「お、煉が珍しいこと言った」と小声で言った。澪が「神崎くん」と言った。颯が「はい」と言った。


「本物というのは」城島が静かに聞いた。


「仮面なしで生きているということだ」俺は言った。「それを本物と言う」


 城島がしばらく俺を見ていた。


 それから、また笑った。


 今度は力が入っていた。本物の笑いだった。


「……褒めていただけましたね」


「事実を言った」


「同じです」


「違う」


「似ています」


 颯が「城島先輩、澪ちゃんみたいなこと言ってる」と言った。澪が「どういう意味ですか」と言った。颯が「いい意味で!」と言った。


---


 帰り際、城島を家まで送った。


 颯が「絶対一週間安静にしろよ」と言った。城島が「わかりました」と言った。颯が「約束だからな」と言った。城島が「約束します」と言った。


 城島が玄関に入る前に、振り返った。


「黒瀬くん」


「なんだ」


「黒剣の場所、わかりましたよね」


「ああ。橘が教えた」


「次は——冥焔会ですね」


「そうなる」


「準備します」城島が言った。「一週間で治して、また動きます」


「無理するな」


「無理はしません」城島が俺を見た。「でも——一緒に動きます。それは決めています」


 俺は城島を見た。


「……わかった」


「おやすみなさい」城島が頭を下げた。「三人とも」


「おやすみ」颯が言った。


「おやすみなさい」澪が言った。


 俺は何も言わなかった。


 城島が扉を開けた。中に入った。


 扉が閉まった。


---


 俺と颯と澪の三人で帰り道を歩いた。


 颯が「今日は疲れた」と言った。「骨折して入院してた後なのに、また全力で動いた。バカだな俺」


「そうだな」


「煉にバカって言われた!」颯が笑った。「でもまあ——後悔はない」


「そうか」


「うん」颯が空を見た。「城島先輩が生きてて、橘を倒せて、煉も生きてる。最高の結果だろ」


「そうだな」


「最高だろ」


「最高だ」


 颯が「よし!」と小さく言った。


 澪が俺の隣を歩きながら、静かに言った。


「黒瀬くん」


「なんだ」


「城島くんが目を覚ました時、最初に聞いたのが——勝ちましたか、でしたね」


「そうだ」


「最後まで——あなたのことを考えていたんですね」澪が言った。「自分が倒れているのに」


「そうかもしれない」


「……あなたの周りには」澪が静かに続けた。「そういう人ばかりですね」


「そうか」


「そうです」澪が少し間を置いた。「颯くんも、城島くんも、倉石先生も——みんな、あなたのことを」


「澪」


「なんですか」


「お前もだ」


 澪が止まった。


 俺も止まった。


「俺のことを考えてくれている人間の中に、お前も入っている」


 澪がしばらく俺を見ていた。


 夜の道に、街灯の光が落ちていた。


 澪の目が、揺れていた。


「……当然です」澪が静かに言った。「당연하잖아요」


「なんと言った」


「なんでもないです」澪が歩き出した。「当然だと言いました。日本語で」


「最初と違う言語を使っていなかったか」


「気のせいです」


「気のせいではない」


「気のせいです」


 颯が「なんか楽しそうだな二人とも」と笑いながら追いついてきた。


 澪が「神崎くんは黙っていてください」と言った。颯が「なんでだ!」と言った。


 三人で歩いた。


 夜の道に、三人分の足音が続いた。


---


 アパートに帰った。


 部屋に入った。


 電気をつけた。


 いつもの部屋だ。


 だが今夜は——少し違った。


 黒剣がない腰は、まだ軽い。


 終環ラスト・シグネットの指輪が、薬指にある。


 俺は椅子に座って、天井を見た。


 今日起きたことを、順番に思い返した。


 橘が来た。颯の嵐操作が機能した。城島が倒れた。完全詠唱ができた。橘の能力が零になった。橘が場所を教えた。城島が目を覚ました。


 全部が——繋がっていた。


 一つでも欠けていたら、うまくいかなかった。


 颯の嵐操作がなければ、橘の観測を乱せなかった。


 城島の最後の光理支配がなければ、一瞬の隙は生まれなかった。


 澪の仮説がなければ、そもそも戦略が成立しなかった。


 全員がいたから——一発の銃が、届いた。


 俺は右手を見た。


 薬指の指輪が、黒く光っていた。


 次は——冥焔会だ。


 黒剣を取り戻す。


 封印の問題に向き合う。


魔王の体が目覚めかけている問題も、いずれ直面する。


 全部、まだ終わっていない。


 だが。


 今夜は——それでいい。


 今夜は、今日のことだけを考える。


 俺は目を閉じた。


「まあ」


 口癖が出た。


「なんとかなるだろ」


 夜の部屋に、独り言が落ちた。


 誰も聞いていなかった。


 それでも——確かに言えた。


 今日も。


 明日も。


 きっと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ