第39話「それでいい」
城島が目を覚ましたのは、一時間後だった。
訓練場の外の草地に、城島を寝かせていた。颯が上着を脱いで、城島の頭の下に敷いた。澪が城島の状態を確認し続けた。俺は城島の隣に座って、空を見ていた。
夕暮れが夜に変わりかけた頃、城島の目が開いた。
最初にしたことは、深呼吸だった。
次に、俺を見た。
「……勝ちましたか」
城島の第一声だった。
「っ——!」楓が気付いた。その時、澪が手を口に当ていた。
俺は城島を見た。
「勝った」
城島が小さく笑った。
力のない笑いだった。だが——本物の笑いだった。
「そうですか」城島が言った。「よかった」
「無理に動くな」
「動きません」城島が言った。「体が言うことを聞かないので」
「骨がいっているかもしれない。後で病院に行け」
「わかりました」
颯が城島の隣に膝をついた。
「城島先輩」颯が言った。声が少し震えていた。「なんで出てきたんですか。後ろにいろって言ったのに」
「煉くんが動けなかったので」城島が静かに言った。「誰かが出なければならなかった」
「でも——死ぬかもしれなかったのに」
「死にませんでした」
「結果論だろ!」
「神崎くん」城島が颯を見た。「私は——必要だと思ったから動いた。それだけです」
颯が黙った。
目が赤かった。
城島が俺を見た。
「黒瀬くん」
「なんだ」
「【あれ】はちゃんと——使えましたか」
「使えた」
「効きましたか」
「効いた。橘の異能が完全に零になった」
「そうですか」城島が目を閉じた。「よかった。あの詠唱——途中から聞こえていました。意識がありませんでしたが、声は届いていました」
「そうか」
「すごかったです」城島が静かに言った。「鳥肌が立ちました」
「意識がないのに鳥肌が立つのか」
「立ちました」
颯が「俺も立った」と言った。「意識あったけど」
澪が「私も」と小さく言った。
俺は何も言わなかった。
だが全員が何も言わずとも理解しているかのように顔に微笑みを浮かべた。
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夜になって、四人で帰った。
城島は颯に肩を借りて歩いた。澪が城島の反対側を支えた。俺は少し前を歩いた。
夜の道は静かだった。
颯が「飯どうする」と言った。「俺、腹減った」
「今日は病院が先だ」澪が言った。「城島くんを連れて行きます」
「俺も一緒に行く」颯が言った。「城島先輩一人にできない」
「私は一人でも——」
「一緒に行く」
城島が少し間を置いた。
「……わかりました」
俺も行こうとした。澪が止めた。
「黒瀬くんも来てください」
「俺は大丈夫だ」
「来てください」澪が俺を見た。「あなたも診てもらう必要があります。背中を壁に叩きつけられていました」
「動ける」
「動けることと、診てもらう必要がないことは別です」
俺は反論できなかった。
「わかった」
「約束ですよ」
「約束だ」
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病院に着いた。
城島が検査に連れて行かれた。颯が待合室で心配そうに座っていた。澪が受付を済ませた。
待っている間、颯が俺の隣に座った。
「なあ煉」
「なんだ」
「今日——終環を使う前、詠唱してた」颯が言った。「あれ、初めて聞いた。完全詠唱っていうやつだろ」
「そうだ」
「すごかった」颯が静かに言った。「なんか——声が変わってた」
「そうか」
「うん」颯が天井を見た。「魔王って感じがした。あの時だけ」
俺は少し考えた。
「それは——俺が魔王として封印したものを解放していたからかもしれない」
「そっか」颯が頷いた。「でも——詠唱が終わったら、また煉に戻ってたよ」
「そうか」
「そうだよ」颯が俺を見た。「魔王の声で詠唱して、黒瀬煉の顔で立ってた。なんか——それがよかったと思った」
俺は颯を見た。
「どういう意味だ」
「魔王でも人間でもなくて」颯が言った。「どっちでもあって、どっちでもない。それが煉じゃないか、って」
俺はしばらく颯を見ていた。
「……お前、たまにすごいことを言うな」
「たまにな!」颯が笑った。「俺も自分で驚いた」
「天然だが、本質を突くことがある」
「それほめてるのか?」
「褒めている」
「珍しい!」颯が声を上げた。「煉に直接褒められた! 記念日にしよう!」
「するな」
「する!」
澪が「二人とも静かにしてください。病院です」と言った。颯が「はい」と言った。俺は黙って頷いた。
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検査の結果、城島は肋骨が二本折れていた。
颯が「俺と同じだ」と言った。城島が「そうですね」と言った。
「入院が必要ですか」俺は医者に聞いた。
「一週間は安静にしてほしいですね」医者が言った。「骨折の状態からすると、かなり強い衝撃を受けたようで」
「入院が必要かどうかを聞いている」
「……自宅安静でも構いませんが、無理をしないことが条件です」
「城島」
「はい」
「一週間、安静にしろ」
「わかりました」城島が頷いた。「黒瀬くんこそ、背中の状態は」
「打撲だ。骨は問題なかった」
「そうですか」城島が少し息を吐いた。「よかった」
「お前が心配することじゃない」
「します」城島が静かに言った。「させてください」
俺は城島を見た。
城島の目が、真っ直ぐだった。
「……わかった」




