第34話「黒剣なしでの戦い方」
翌朝から、訓練を始めた。
場所は廃墟の訓練場だ。入学前に颯と二人で使っていた場所だ。雑草が生い茂り、壁は苔むしている。人の気配はない。
颯が先に来ていた。
「おはよう煉! 久しぶりだな、ここ」
「ああ」
「なんか懐かしい感じがする」颯が訓練場を見回した。「入学前にここで毎日やってたよな」
「そうだ」
「あの頃より、俺強くなったよな絶対」
「そうだな」
「煉は?」
「俺も強くなった」
「それはそうか」颯が笑った。「じゃあ始めるか」
澪が少し遅れて来た後、城島も来た。
四人が揃った。
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今日の訓練の目標は二つだ。
一つ目。颯の嵐操作を、橘の量子操作に干渉させるための精度調整。
颯の嵐操作は範囲型の異能だ。風、気圧、気象を広範囲に操る。だがその出力が強すぎると、俺自身の動きにも影響が出る。
干渉させたいのは橘の観測だ。俺の動きを妨げず、橘の量子操作だけに負荷をかける。そのための加減を探る。
二つ目。俺が黒剣なしで動く練習だ。
これまでの俺の戦い方は、黒剣を軸にしていた。
逆に言えば黒剣があったおかげで異能持ちの人間に勝ててきたと言っても過言ではない。その前提がなくなった状態で、どう戦うかを探る。
「まず颯から始める」俺は言った。「嵐操作を使ってくれ。俺が範囲内で動く。その時に、どのくらいの出力なら俺の動きに影響が出ないかを確認する」
「わかった」颯が頷いた。「どのくらいから始める?」
「弱めから始めて、少しずつ上げてくれ」
「了解」
颯が嵐操作を発動した。
訓練場の空気が動き始めた。風が生まれ、気圧が微かに変化した。
俺は走った。
風が髪を揺らした。だが動きを妨げるほどではない。
「もう少し上げてくれ」
颯が出力を上げた。
風が強くなり、体が少し押される感覚があった。
「これくらいだと影響が出る」
「わかった」颯が少し下げた。
俺は再び走った。
今度は動きやすい。だが十分な気象ノイズが発生しているかどうかは——橘と実際に対峙してみなければわからない。
「澪、計測を頼む」
「はい」澪がノートを持って前に出た。「気圧の変化と、風速を記録します。橘将望の能力は量子レベルの観測を必要とします。気象ノイズがどの程度あれば量子デコヒーレンスが起きるか——理論値と照らし合わせます」
「難しいことを言うな」颯が澪を見た。
「あなたの異能を使うんですから、理解してください」澪がきっぱり言った。
「はい」颯が素直に頷いた。
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午前中いっぱい、颯の出力調整を繰り返した。
澪が記録を取り続け、城島が周囲の警戒をしながら時折アドバイスをした。
昼になって、一度休憩を取った。
颯が地面に大の字で倒れた。
「疲れた。嵐操作って、細かい調整が一番消耗する」
「そうか」
「出力を上げ続けるのは楽なんだよ。でも『ここまで』って決めて維持するのが難しい」颯が空を見た。「でも——できると思う。もう少し練習すれば」
「頼む」
「任せろ」颯が起き上がった。「午後は煉の番だろ。黒剣なしでどう動くか」
「ああ」
「俺、見てていいか」
「好きにしろ」
「よし」颯が頷いた。
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午後、俺は単独で動いた。
黒剣なしだ。腰に何もない。
まず基本の動きから確認した。
走る。跳ぶ。躱す。打つ。
体の動き自体は問題ない。骨のひびも塞がっている。動ける。
問題は——黒剣がない状態で、異能系の攻撃をどう捌くかだ。
これまでは黒剣で光を吸収したり、攻撃を弾いたりできた。それができない状態では、純粋な回避に頼るしかない。
俺は颯に頼んだ。
「嵐操作で攻撃してくれ。避ける練習をする」
「本当にいいのか。怪我するかもしれないぞ」
「加減してくれ」
「わかった。でも避けられなかったら止める」
「止めなくていい」
「止める」
颯が嵐操作を発動した。
風の刃が来た。
俺は躱した。
次が来た。
また躱した。
三つ目が、俺の右側から来た。
読んでいたが、半歩遅れた。右腕を掠めた。
「止める!」
「続けてくれ」
「掠れてるぞ!」
「問題ない」
颯がしぶしぶ続けた。
俺は躱し続けた。
十回。二十回。三十回。
黒剣なしで動くことに、少しずつ体が慣れていった。
ただ——限界がある。
黒剣がない状態では、捌き切れない攻撃がある。特に複数同時の異能攻撃は、黒剣なしでは対処が難しい。
それは今日一日でわかった。
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夕方、訓練を終えた。
四人で訓練場を出た。
颯が「今日は疲れた。飯行こうぜ」と言った。澪が「どこですか」と言った。颯が「いつもの定食屋」と言った。城島が「私も行きます」と言った。
四人で歩き始めた。
俺は少し後ろを歩きながら、今日わかったことを整理した。
颯の嵐操作は——調整次第で橘の観測に干渉できる可能性がある。
だが、黒剣なしで俺が橘に攻撃を届かせる手段が、まだない。
何かが、足りない。
何かが——
俺は歩きながら、右手を見た。
空の手だ。
黒剣がない手だ。
魔王時代の力量操作を、手に込めてみた。
微かなものだった。だが何かが、指先に集まってくる感覚があった。
これは——何だ。
もしかして、、、
「煉、どうした? 歩くの遅い」颯が振り返った。
「なんでもない」
「また考え込んでたか」
「少しな」
「飯食いながら考えろ!」颯が笑った。「腹が減ったら頭も動かないぞ!」
「そうかもしれない」
俺は歩き出した。
右手の感覚は、まだそこにあった。
何かが——ある。
まだわからないが、確かにある。
きっと【あれ】だ
明日も訓練する。
その中で、見つかるかもしれない。
「まあ、なんとかなるだろ」
颯が「おっ!」と声を上げた。「久しぶりに聞いた! やっぱ聞なら生じゃないとな!!」
そう言いながらまるで太陽かのような明るい笑顔を浮かべた。本当に空気を和ませるのが上手いやつだ。
「うるさい」
「うるさくない! 感動してる!!」
澪が前を向いたまま、小さく笑った気がした。
城島が「よかったです」と静かに言った。
四人の足音が、夕暮れの道に続いた。




