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第2話「無能者、会場に現れる」

 覇凰学園の特別推薦入試は、月に一度しか行われない。


 俺が掲示板を見つけてから三日後がその日だった。タイミングがいい。いや、これも転生の流れというやつか。


 試験会場は市内の異能者管理局、その大会議室を借りて行われるらしい。黒瀬煉の記憶によれば、覇凰学園の特別推薦入試は「異能の有無を問わない」が建前で、実態はほぼ異能者のための登竜門だ。無能者が受けに来ること自体、前例がほとんどないという。


 まあ、そんなことは関係ない。


 俺は受付に向かった。


---


 会場に入った瞬間、空気が変わった。


 正確には、俺に向けられる視線が変わった。


 広い待合室には、すでに二十人ほどの受験者がいた。全員が制服姿で、腕にエンブレムを光らせている。下級から上級まで様々だが、共通しているのは全員が異能者だということだ。


 そこに俺が現れた。エンブレムなし。腰に黒剣。


「……なんだあいつ」


「無能者じゃないか? なんで来てんの」


「剣? 剣て。正気か」


 ひそひそとした声が聞こえてくる。俺は気にせず受付に向かった。


「特別推薦入試の受験です」


「お名前と異能階級を」


「黒瀬煉。階級は無能者」


 受付の女性がぴたりと止まった。俺を見る。腰の剣を見る。また俺を見る。


「……確認ですが、異能力の適性判定は受けられましたか?」


「受けた。結果は無能者だった」


「それで、特別推薦入試を……?」


「受けちゃいけないルールはないだろ」


 女性はしばらく固まっていたが、やがて受験票を差し出した。


「……どうぞ。試験は一時間後に開始します」


---


 待合室の隅に座っていると、隣に誰かが来た。


 見ると、大柄な少年だった。茶髪をざっくり掻き上げた、いかにも陽気そうな顔をしている。腕のエンブレムは上級異能者の証だ。


「よお、無能者」


 俺は横目で見た。


「悪意はないぞ。ただ、お前が一番話しかけやすそうだったんだ。上級の連中、みんな気張りすぎてて息が詰まる」


 言いながら少年は隣に腰を下ろした。


「神崎颯。上級異能者、一応な」


「黒瀬煉」


「無能者なのに試験受けに来たのか。度胸あるな」


「暇だったんだ」


 颯が吹き出した。


「暇! いや、正直すぎるだろ。気に入った」


 颯はけらけらと笑った。周囲の受験者が迷惑そうな顔をしたが、颯は気にした様子もない。


「その剣、本物か?」


「ああ」


「異能武装じゃなくて?」


「ただの剣だ」


「……ただの剣で、何するつもりだ」


「試験を受ける」


 颯がまた笑った。今度はさっきより大きく。


「お前、面白いな。俺、お前のこと応援するわ」


「別にいい」


「応援される」


 有無を言わさない明るさだった。俺は少し考えて、まあいいかと思った。


---


 試験が始まった。


 内容は三部構成だ。まず筆記、次に異能の出力測定、最後に実技——対人戦闘だ。


 筆記は問題なかった。この世界の法律、異能の分類、学園の規則。黒瀬煉の記憶と、俺自身がこの三日で仕入れた知識で十分に解けた。


 問題は次だ。


 異能の出力測定。専用の測定器に手を当て、異能力の出力値を数値化する試験だ。


 受験者が次々と高い数値を叩き出していく。上級異能者の颯は会場がどよめくほどの数値を記録し、にやりと笑った。


 俺の番が来た。


 測定器に手を当てる。


 数値は――ゼロだった。


 会場がしんと静まり返った。


「……ゼロ?」


「無能者じゃないか、やっぱり」


「何しに来たんだ、こいつ」


 試験官の中年の男が、いかにも面倒くさそうな顔で言った。


「黒瀬煉くん。異能出力がゼロでは、学園での訓練についていけません。辞退という選択肢もありますが」


「結構です。続けます」


「……実技で何もできなくても、自己責任ですよ」


「承知してます」


 試験官が肩をすくめた。


---


 実技試験は一対一の模擬戦だ。


 対戦相手は試験官側が指定する。俺の相手として指定されたのは、試験官補佐の青年だった。年齢は二十代前半、上級異能者の腕章をつけている。


 道場ほどの広さの試験室。床は白く、四隅に審判の試験官が立っている。観覧席には他の受験者たちが並んでいた。


「これは試合じゃなくて実力確認だ」と試験官が言った。「無能者相手に本気を出す必要はない。適当に流してくれ」


 補佐の青年が苦笑しながら頷いた。俺を見る目は完全に哀れみだった。


「怪我させたくないから、最初に言っとくよ。降参するなら今のうちだ」


「いい心がけだ」


 俺は黒剣を抜いた。


 黒い刀身が、照明を吸い込むように光る。


 補佐の青年の表情がわずかに変わった。剣を見たからじゃない。俺の立ち姿を見たからだ。


 そう、俺は今、何百年もの戦場で磨いた構えをとっている。それはもはや技術の話ではなく、存在そのものが発する圧だ。魔王として君臨した俺の、唯一残った名残。


「……始め」


 審判の声と同時に、補佐の青年が動いた。


 異能が発動する。足元から電流が走り、床を焦がしながら俺に向かってくる。雷系の異能だ。速い。上級異能者としては相当な使い手だろう。


 俺は動かなかった。


 直前まで動かず、電流が触れる寸前に半歩だけ横へずれた。電流が空を切り、壁に直撃して火花を散らした。


「っ!」


 補佐の青年が目を見張った。


 俺はすでに間合いを詰めていた。剣の腹で、青年の剣帯を軽く叩く。武器を持っていない相手だったが、剣帯を叩かれた衝撃で青年はよろけ、体勢を崩した。


 俺は剣先を青年の喉元に向けて止めた。


 静止。


 会場が静まり返った。


 三秒ほど間があって、審判の一人がかすれた声で言った。


「……そこまで」


---


 観覧席が騒然としていた。


 颯が口笛を吹いた。


「いやあ、やるじゃないか無能者!」


 周囲の受験者たちは声もない。試験官の中年の男だけが、腕を組んで俺を見ていた。その目は先ほどと違う。値踏みする目だ。


 俺は剣を鞘に収めて振り返った。


「これで合格の基準は満たせましたか」


 試験官の男はしばらく黙っていた。


 やがて、重い口を開いた。


「……追加の試験を受けてもらう。いいか」


「構いません」


「相手は私だ」


 観覧席がざわめいた。颯が「おい、あの人上級の上位じゃないか」と隣の受験者に耳打ちしているのが聞こえた。


 試験官の男が立ち上がり、上着を脱いだ。腕のエンブレムが露わになる。上級異能者の中でも最上位を示す金縁のエンブレム。覇級アルティマまであと一歩の実力者だ。


 男が静かに言った。


「本気でかかってきい。手加減は要らん」


 俺は少し考えて、答えた。


「それはこっちの台詞ですが」


 試験官の男の目が、わずかに細くなった。

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