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第17話「世直しと軽い運動」

 翌日の日曜日も、俺は街に出ていた。


 昨日の武具屋に、鞘の採寸の追加確認をしに行くためだ。職人が一つ聞き忘れたことがあると連絡してきた。


 用件自体は十分で終わった。


 帰り道だった。


---


 商店街を抜けて、大通りに出たところだった。


 前から騒がしい声がした。


 五人組の男たちが、歩道の真ん中に陣取っていた。昨日の三人組とは別の連中だ。全員二十代前後、全員エンブレムをつけている。下級から中級程度だ。


 通行人が迷惑そうに避けながら歩いている。男たちは歩道を塞ぐように立ち、すれ違う人間をわざとぶつかりにいったり、因縁をつけたりしていた。


 俺は立ち止まった。


 一人の女性が男たちにぶつかられて、荷物を落とした。男たちが笑いながら荷物を蹴った。女性が怯えた顔で荷物を拾って逃げていった。


 俺はそれを見た。


 昨日に続いて、この街は随分と治安が終わっている。


「毎度連日、この街は治安が終わってるなー」


 独り言のつもりだったが、少し声が大きかったらしい。


 五人組の一人が俺を振り返った。


「あ? なんか言ったか、お前」


「独り言だ」


「独り言にしちゃ聞こえたけどな」男が俺に近づいてきた。「エンブレムもない無能者が、俺たちに向かって何か言ったか?」


 俺は五人を眺めた。


 昨日の三人より少し多い。だが昨日と同じ程度の実力だ。


「まあいいや」俺は小さく息を吐いた。「軽い世直しだと思ってやるか」


「あ? 世直し? お前今なんつった」


 リーダー格の男が俺の胸倉を掴もうとした。


 俺はその手を、指一本でいなした。


「一発本気で殴っていいぞ」


 男たちが固まった。


「……はあ?」


「お前ら五人で俺一人だ。ハンデくらいやる」俺は両手をポケットに入れた。「一発だけ、本気で殴っていい。当たったら俺の負けにしてやる」


 五人が顔を見合わせた。


「……こいつ正気か」「無能者のくせに」「なめてんのか」


 リーダーが目を細めた。


「……後悔すんなよ」


「するかもしれないな」俺は欠伸を噛み殺した。「してみてから考える」


---


 リーダーが異能を発動した。


 腕に岩石の装甲が形成された。城島との戦いで何度も見た、岩石強化系の異能だ。装甲が拳を覆い、その重量と硬度で俺を砕こうとしている。


 リーダーが全力で拳を振り被った。


 俺はポケットに手を入れたまま、動かなかった。


 岩石の拳が、俺の頬に直撃した。


 乾いた音がした。


 俺は動かなかった。


 一歩も動かなかった。


 リーダーが目を見開いた。


「……なっ」


 俺は頬を軽く触った。


 少し熱い。それだけだ。


「いい拳だった」俺は静かに言った。「それで全力か」


 リーダーが呆然としていた。岩石の装甲で強化した全力の一撃が、俺に当たって——俺が動かなかった。


「あ、痛くなかったわけじゃない」俺はリーダーを見た。「そこは誤解するな。ちゃんと当たった。ちゃんと痛かった」


「じゃ、じゃあなんで——」


「それだけじゃ、倒れる理由がない」


---


 俺はポケットから右手を出した。


 リーダーの拳を、軽く掴んだ。


 岩石の装甲ごと、掴んだ。


「っ——」


 リーダーが引き抜こうとした。動かなかった。


 俺はリーダーの腕を引いて、そのまま投げた。


 力は入れていない。ほとんど、リーダー自身の体重と勢いを利用しただけだ。


 リーダーが宙を舞って、歩道の端に叩きつけられた。


 岩石の装甲が砕けた。


 リーダーがうめきながら地面に転がった。


 俺はリーダーを眺めた。


「かるーく投げただけであんな飛ぶのか」俺は少し首を傾げた。「ある意味流石だな」


---


 残りの四人が動いた。


 全員が異能を発動した。


 電撃、炎、風刃、土砂。四種類の異能が、俺に向けて同時に放たれた。


 俺は走った。


 四つの異能が俺のいた場所に集中した。歩道が抉れた。


 俺はすでに四人の側面にいた。


 右端の一人の腕を掴んで、隣の一人に投げた。二人が絡まって転倒した。


 残りの二人が振り返った。


 一人の足を払った。転んだところに、もう一人が重なって倒れた。


 全部で、十秒だった。


 五人が地面に転がっていた。


---


 俺は五人を見回した。


 リーダーが震える声で言った。


「お、お前……なんで……異能も使わずに……」


 俺は答えなかった。


 リーダーが何か続けようとした。


 俺はすでに歩き出していた。


「お、おい待て! お前、名前は——」


 聞こえなかった。


 聞こえていたが、答えなかった。


 振り返らなかった。


 大通りを歩いた。人ごみに溶け込んだ。


 背後でリーダーがまだ何か叫んでいる気がしたが、関係なかった。


 名前を聞く価値もない相手に、名前を教える必要はない。


---


 駅に向かう途中、自動販売機でお茶を買った。


 ベンチに座って一口飲んだ。


 頬がまだ少し熱かった。


 岩石強化の拳を正面から受ければ、さすがに何もないわけではない。人間の体は正直だ。


 だが。


 倒れる理由は、なかった。


 俺はお茶を飲みながら空を見た。


 日曜の空が、広く青かった。


 二日続けて、この街で揉め事に遭遇した。偶然にしては多い気もするが、まあこういう街なのだろう。


 それとも——俺が引き寄せているのか。


「世直しにしては簡単すぎるな」


 誰にも届かない独り言が、空に消えた。


---


 夜、颯からメッセージが来た。


 「明日、暇か? 街ブラしようぜ」


 俺は少し考えた。


 鞘の件は片付いた。特に用事はない。


 「構わない」


 すぐに返ってきた。


 「よし!!! じゃあ朝10時に駅前集合な!!! 楽しみにしてるぞ!!!」


 感嘆符が三つあった。

 相変わらず元気である。


 俺はスマホを置いた。


 澪からもメッセージが来ていた。


 「今日も商店街の近くで男五人が倒れていたそうです」


 「決して疑っているわけではないのですが、心当たりはありますか」


 表情は見えないものの、画面の先では澪が少しにやけているのが容易に想像できた。

 

 俺はしばらく考えた。


 「ない」


 間があった。


 「……そうですか」


 「怪我はないですか」


 「頬が少し熱い」


 しばらく間があった。


 「……明日確認します」


 「おやすみなさい」


 俺はスマホを閉じた。


 天井を見上げた。


「まあ、なんとかなるだろ」


 部屋に独り言が落ちた。

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