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第15話「仮面を過去に置いた男の話」

 三日後、俺は学園に戻った。


 左腕のひびはまだ完全には治っていないが、動くには支障がない。包帯を巻いたまま制服を着て、いつも通り登校した。


 教室に入った瞬間、颯が飛んできた。


「煉! 生きてるか!!」


「見ればわかる」


「見てもわからないくらい心配したんだぞ!」颯が俺の全身を確認するように見回した。「腕は? 肋骨は? 火傷は?」


「全部、支障ない」


「支障ないって言葉を一番信用できないのがお前だ!」


 澪が颯の後ろから静かに言った。


「神崎くん、朝から騒がしいです」


「だって三日ぶりだぞ!」


「わかってます。でも廊下まで聞こえています」


 颯が「はい」と口を閉じた。


 澪が俺を見た。


「体の具合は」


「動ける」


「無理していませんか」


「していない」


 澪がしばらく俺を見ていた。信用していない目だ。だが何も言わなかった。代わりに机の上にノートを置いた。


「三日分です。後で確認してください」


「ありがとう」


「お礼を言われることじゃないです」


 颯が「相変わらずだな、二人とも」と小声で言った。澪が「聞こえています」と言った。颯が「すみません」と言った。


---


 ホームルームが始まる前、廊下で城島に呼び止められた。


「戻りましたね」


「ああ」


「体の具合は」


「支障ない」


「そうですか」城島が少し間を置いた。「少し、話せますか。ホームルームの前に」


「構わない」


 二人で廊下の窓際に移動した。朝の光が差し込んでいた。


 城島は少し迷うように口を開いた。


「ランク戦の後、色々と考えました」


「そうか」


「あなたに——正直に話さなければならないことがあります」


 俺は城島を見た。


 あの日とは違う目をしていた。策略も仮面もない、剥き出しの目だ。


「冥焔会のことを、知っています」


 俺は黙って続きを待った。


「父が、冥焔会と繋がっています」城島の声は静かだった。「城島家は代々、表では異能者の名門として知られています。ですが裏では——冥焔会に協力してきた家系です」


「いつから知っていた」


「中学の頃から、薄々。はっきり知ったのは、高校入学の直前です」城島が窓の外を見た。「父から告げられました。覇凰学園に入り、Sランクを取り、学園内で影響力を持て。それが城島家の、冥焔会への貢献だと」


「だから入学初日からSランクだったのか」


「はい」城島が俯いた。「あの特別推薦入試の結果も、完全に公正だったとは言えません。裏から手を回した部分があります」


 俺は少し考えた。


「それを俺に話す理由は」


「あなたに封書が届いたと、聞きました」


 俺は目を細めた。


「誰から聞いた」


「冥焔会から、直接です」城島が俺を見た。「あなたに接触したことを、父経由で知らされました。黒瀬煉を取り込め、と言われました」


「取り込む?」


「あなたを冥焔会の戦力として引き込めということです」城島が静かに言った。「あなたが何者かを、冥焔会は知っています。詳しくは教えてもらえませんでしたが——普通の人間ではないということを」


 俺は城島を見た。


「それで、お前はどうするつもりだ」


「断ります」城島が真っ直ぐに俺を見た。「冥焔会の指示には、従いません。それをあなたに伝えに来ました」


「なぜ俺に伝える」


「あなたが標的にされているなら、知る権利があると思ったので」城島が少し声を落とした。「それから——ランク戦の後、あなたに言われたことを考えていました」


「何を」


「仮面をかぶったまま勝っても本物にはなれない、という話です」城島が窓の外を見た。「冥焄会の指示に従い続けることは、仮面をかぶり続けることだと思いました。だから——やめます」


 俺はしばらく城島を見た。


「冥焔会を敵に回すことになるぞ」


「わかっています」


「お前一人では、荷が重い」


「わかっています」城島が俺を見た。「だから、一つだけ頼みがあります」


「なんだ」


「一緒に——冥焔会を潰してください」


 廊下が静まり返っていた。


 朝の光が、城島の横顔を照らしていた。


 俺は少し考えた。


 澪の父親が失踪したのも、冥焔会が関わっているかもしれない。魔王の体の写真を送ってきたのも冥焔会だ。俺が転生した理由も、この組織が何か知っている可能性がある。


 いずれ、向き合わなければならない相手だ。


「わかった」


「……本当ですか」


「ただし」俺は城島を見た。「俺のやり方で動く。お前が指示するわけじゃない」


「もちろんです」城島が小さく頷いた。「あなたに従います」


「従わなくていい。対等に動け」


 城島が少し目を見開いた。


 それから、初めて本物の笑顔で笑った。


「……わかりました」


 ホームルームの予鈴が鳴った。


 俺たちは教室に向かって歩き出した。


「一つだけ聞いていいか」と俺は言った。


「なんですか」


「お前の父親は、冥焔会で何をしている」


 城島の足が、一瞬だけ止まった。


「……資金と情報の提供です。城島家の財力と、異能者社会での人脈を使って」城島が静かに言った。「父は——冥焔会の目的を信じています。信じて、協力しています」


「目的は何だ」


「それが」城島が俺を見た。「私にも、教えてもらえないんです。ただ一つだけ言われました」


「何と」


「『古い王を目覚めさせる』と」


 俺は足を止めた。


 古い王。


 その言葉が、胸の奥に刺さった。


「……そうか」


「何か、心当たりがありますか」


「長い話だ」俺は歩き出した。「またいつか」


 城島がしばらく俺を見ていたが、何も聞かなかった。


 教室のドアを開けると、颯が「遅い!」と言った。澪が「城島くんと話していたんですか」と聞いた。


「ああ」


「どんな話を?」


「色々と」


 颯が「気になる!」と言った。澪が「後で聞かせてもらえますか」と言った。


 俺は自分の席に座った。


 古い王を目覚めさせる。


 冥焔会の目的が、それだとしたら。


 俺の転生は——偶然ではないかもしれない。


 俺は窓の外を見た。


 青い空が広がっていた。


 転生してから、ずっとこの空だ。


 まだ答えは出ていない。だが、輪郭が見え始めている。


「まあ、なんとかなるだろ」


 颯が「何がだ」と言った。澪が「また独り言ですか」と言った。


 俺は何も言わなかった。

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