第13話「決着、その時に立っていたのは、」
城島が立ち上がった。
壁に手をついて、ゆっくりと。膝が震えていた。だが目は、さっきまでとは違う目をしていた。策略も仮面も剥げ落ちた、剥き出しの目だ。
会場の五百人が、息を呑んで見ていた。
誰も声を出せなかった。
城島が俺を見た。
「……続けます」
その声は静かだった。怒りでも意地でもなく、ただ真っ直ぐな声だった。
「そうしてくれ」
俺は黒剣を握り直した。
左腕が痛む。肋骨が軋む。全身の火傷が熱い。だが立てる。動ける。それで十分だ。
城島が光を纏った。
だが今度は違った。フォトン・ロゴスの光量は先ほどより明らかに落ちている。全力のフォトン・シンギュラリティを使い切った後だ。城島の体にも、限界が近い。
城島が踏み込んだ。
知覚遅延なしだった。正面から、真っ直ぐに。
俺は目を細めた。
仮面を脱いだ城島の戦い方は、さっきまでと全く違った。計算された連携ではなく、一撃一撃に城島自身の意志が乗っている。
光の拳が来た。
俺は躱さなかった。
左腕で受けた。ひびの入った腕で、真正面から受け止めた。
「っ——」
颯が叫んだ。澪が息を呑んだ。
だが俺は吹き飛ばなかった。
受け止めた衝撃を殺しながら、城島の腕を掴んだ。そのまま引き込み、体勢を崩した城島の懐に入り込んだ。
黒剣の柄を、城島の鳩尾に打ち込んだ。
城島が呻いて膝をついた。
俺は城島の肩に手を置いた。
それ以上は動かなかった。
城島が床に膝をついたまま、顔を上げた。呼吸が乱れている。光が完全に消えていた。
目が合った。
城島の目は、もう揺れていなかった。
澄んでいた。
「……降参します」
その声は、静かで、澄んでいた。
怒りも悔しさも策略もなかった。
城島蓮が、初めて本物の声で言った言葉だった。
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倉石が前に出た。
「勝者、黒瀬煉」
会場が、一瞬遅れて爆発した。
五百人の声が弾けた。だがその声は単純な歓声ではなかった。興奮と畏れと、何か言葉にならないものが混じっていた。
「人間か、あいつ」「死にかけで立ち上がった」「笑ってた、ずっと笑ってた」「城島先輩が降参した……」
俺は黒剣を鞘に収めた。
城島に手を差し伸べた。
城島が少し驚いた顔をした。それから、その手を取った。
立ち上がった城島は、俺を見て静かに言った。
「また戦ってください」
「ああ」
「次は——仮面なしで」
「それが本当の試合だ」
城島が、初めて作り物ではない顔で笑った。
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颯が飛んできた。
「煉!! 大丈夫か! 血が——」
「後で確認する」
「後でじゃない今すぐだ!」
澪が颯を押しのけて俺の前に立った。
何も言わなかった。
ただ俺を見た。
眼鏡の奥の目が揺れていた。泣いているわけではない。だがそれに近い何かが、確かにそこにあった。
「澪」
「……何ですか」
「約束、守った」
澪がしばらく俺を見ていた。
それから小さく、本当に小さく笑った。
「守りましたね」澪が静かに言った。「ちゃんと、立っていました」
「ああ」
「……よかったです」
その声が、かすかに震えていた。
颯が「俺も一言言っていいか」と言った。澪が「どうぞ」と言った。
颯が俺の肩に手を置いた。
何も言わなかった。
ただ、手を置いたままでいた。
それだけで、全部わかった。
「ああ」と俺は言った。
颯が頷いた。
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帰り道、颯が隣を歩きながら言った。
「なあ煉」
「なんだ」
「城島先輩、最後に本物の顔してたな」
「そうだったか」
「俺にはわかった」颯が少し笑った。「お前と話してから、なんか変わってたよ。目が」
俺は何も言わなかった。
「お前ってさ」颯が続けた。「戦うだけじゃなくて、なんか——変えるよな。周りを」
「買いかぶりだ」
「買いかぶりじゃない」颯が真剣な顔で言った。「俺も、お前と会ってから変わった気がするし。澪ちゃんも。城島先輩も」
澪が後ろから静かに言った。
「……変えようとしているわけじゃないんだと思います」
「え?」颯が振り返った。
「ただそこにいるだけで、本物だから」澪が前を向いたまま言った。「本物の前に立つと、嘘がいられなくなる。それだけのことだと思います」
颯がしばらく澪を見た。
「……澪ちゃん、たまにすごいこと言うな」
「たまにじゃないです」
「確かに」
俺は前を向いて歩いた。
夜空に星が満ちていた。
城島は今頃、何を考えているだろう。
仮面が罅割れた人間は、その後どうなるのか。
俺には経験がある。
魔王という仮面が、封印という形で剥ぎ取られた日の話だ。
あの日から数百年経って、俺はここにいる。
城島にも——いつかそういう日が来るだろう。
「まあ、なんとかなるだろ」
「なるよ」と颯が言った。
「なります」と澪が言った。
三人分の足音が、夜の道に続いていった。




