第127話「10月の誕生日」
十月に入った。
朝、スマホのカレンダーを見ると.....
十月三日だ。
俺は少し考える。颯の誕生日の前日、澪が「私の誕生日は十月です」と言っていた。サプライズが好きだとも。颯の欲しいものを言葉にせずに見抜いたあなたなら、私のことも見てくれると言っていた。
俺はその日から、ずっと考えている。
澪が何を欲しがっているのか。
物ではないと思っていた。颯に渡したものが手合わせの約束だったように、澪に渡すべきものも、形のあるものではない気がしている。
だが澪は颯とは違う。
颯は強くなりたかった。俺との手合わせを望んでいた。
澪は——何を望んでいるのか。
ずっと考えていた。
今日、答えが出た。
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学園に着くと、澪が昇降口にいた。
いつも通りの澪だ。制服を着て、眼鏡をかけて、ノートを抱えている。俺を見て「おはようございます」と話しかけてくる。
「おはよう」俺は返す。
「今日は早いですね」
「用があったから」
「用?」
「後で話す」
澪が少し首を傾けた。何かを察したような目をしたが、何も言わなかった。
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昼休みだ。
屋上にいつも通り二人で来た。
颯たちには、今日の昼は別々に過ごすと伝えていた。颯が「なんかあるのか」と聞いてくる。
「後で話す」
「わかった」楓はそう言って、それ以上は何も聞かなかった。
澪と二人でベンチに座る。
澪がいつも通り弁当を開いた。玉子焼きが入っている。澪の弁当には、いつも玉子焼きが入っているのだ。
「食べましょうか」
「ああ」
しばらく、食べていると.....
空が青かった。十月の空は、夏とは違う青だ。少し高くて、少し遠い。吹く風が、肌に心地よかった。
食べ終わった頃、澪が口を開く。
「今日、何かあるんですか」
「なぜそう思う」
「朝から少し様子が違うので.....考えていることがある時の顔をしていました」
「よく見ているな」
「あなたのことは、よく見ています」澪が当然のように言った。照れた様子がなかった。それが、なんだかとても澪らしかった。
「そうか」
「そうです」
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俺は澪を見る。
「澪」
「なんですか」
「誕生日.....おめでとう」
澪が止まった。
ノートを持っていた手が、静止する。
「……覚えていてくれたんですか、?」澪が恐る恐るという感じで聞いてくる。
「覚えている、忘れるわけないだろ」
「たしかに、あの時も言っていましたね」澪がゆっくりと俺を見る。「十月だとしか言っていなかったのに、日付まで」
「調べた」
「調べた?どうやって....」
「颯に聞いたんだ」
澪がしばらく俺を見る。
「颯くんに、私の誕生日を聞いたんですか」
「聞いた。颯が澪の誕生日を知っているかどうかを確認してから聞いた」
「颯くんは知っていたんですか」
「知っていた。お前が颯の誕生日を調べていたから、颯もお前の誕生日を調べていたらしい」
澪が少し目を丸くし、それから静かに笑った。
「颯くんらしいですね」
「そうだな」
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「プレゼントがある」俺は静かに言う。
澪が俺を見た。
「何ですか」
「渡す前に、一つだけ聞く」
「なんですか」
「この一年、お前が一番してほしかったことは何だ」
澪がしばらく考えた。
空を見た。それから、手元を見た。ノートを見た。
「……聞いていいですか、先に」
「どうぞ」
「黒瀬くんは、私が何をしてほしいと思ったんですか」
「答えを先に言うのか」
「あなたの答えを聞いてから、私の答えを言います。順番を確認したいのと.....たまにはイジワルをしてみたいので」
澪はそう言って、珍しく小悪魔のようなイタズラっぽい笑みを浮かべて見せた。
「わかった」
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俺は少し間を置いた。
「お前が一番してほしかったのは——話を聞いてもらうことだと思った」
澪が動かなかった。
「作戦を立てる。情報を集める。全員の動きを整える。お前はずっとそれをしてきた。施設には来なかった。光瑠のことも、外から見ていた。全部、後ろで支えてきた」俺は続けた。「だが——お前自身のことを、誰かに話したことがあるか」
「…………」
「お前が怖かったこと。不安だったこと。悔しかったこと。そういうことを、全部一人で持ってきたと思う。颯には颯の役割があって、城島には城島の役割がある。お前はいつも全員のことを考えていたから、自分のことを話す場所がなかったと思った」
澪がノートを膝の上に置いた。
両手を、その上に重ねる。
「だから——今日は、お前の話を聞く。それがプレゼントだ。本当にプレゼントになるかはわからないが......」
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しばらく、澪は黙っていた。
风が吹いた。澪の綺麗な栗色の髪が、少し揺れる。
「……形のないプレゼントですね」澪が小さく呟いた
「物の方がよかったか.....?」
「いいえ」澪が首を振る。「形のないものの方が——好きです。たしか、そんな話をした気がします、以前」
「言っていたな」
「覚えていてくれたんですね、そんなことも」
「本当のことしか言わない人間の言葉は、覚えている」
澪が少し間を置く。
「……ずるいですね」澪が静かに言葉を漏らす。
「何が」
「そういうことを言うのが、ですよ」澪が俯いた。「困っちゃいます」
「困らせるつもりはなかったんだがな」
「わかっていますよ」澪がフッと笑う。「でも困ります」
「そうか」
「そうですよ」
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澪が顔を上げた。
目が、少し潤んでいる。
「話していいですか」
「どうぞ」
「長くなるかもしれません」
「昼休みが終わるまで、時間がある」
「終わっても話していいですか」
「午後の授業、休んでしまおうか」
「それは、流石に休めません」澪が苦笑しながらこちらを見る。「でも——放課後も続けてもいいですか」
「いいだろう」
澪が深く息を吸った。
「では——話しますね」
「聞こう」
そう言って、俺はこれから聞く澪の話に対し、軽く心構えをするのであった。




