第113話「デート」
休日の街は、やけに賑やかだった。
人の流れが途切れない通り。
店先から漂う甘い匂い。
どこか浮ついた空気。
そんな中で――
「ねえ、遊びに行こ?」
「なぜ俺のところに来た」
「言ったじゃん。お兄ちゃんと遊びたいんだよ」
「そうか」
「そうなんだよ」
煉は少し間を置いてから一言、言った
「まあいいだろ」
今日この少女といたら、彼女についてより深く理解することができるように煉は思えた。
ーーー
弾む声が、やけに目立っていた。
隣を歩く少女は、明らかに機嫌がいい。
長い髪が揺れるたび、どこか楽しげに見えるその表情は、普段の彼女を知っている者なら少し意外に映るかもしれない。
覇級
その名を知る者なら、まず“危険”という言葉を思い浮かべる存在。
だが今は――
ただの、年相応の少女にしか見えなかった。
今日の彼女は街の他の人々にさも煉との“デート”を見せつけるかのように、能力をといていた。
「どこにいこっか?」
「……別に、どこでもいい」
煉は、相変わらずの調子で答える。
興味がないわけではないが、特別どこかへ行きたいわけでもない。
その温度差が、逆にアルティマの機嫌をさらに良くしていた。
「じゃあ私が決めるね」
即答だった。
迷いが一切ない。
「文句は?」
「ない」
「よし」
満足そうに頷く。
その仕草すら、どこか嬉しそうだった。
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最初は、普通だった。
店を見て回り、軽く食べ歩きをして、他愛のない会話を交わす。
「これ、美味しいよ」
「……普通だな」
「えー、そう?」
そんなやり取り。
どこにでもある、ありふれた時間。
ただ一つ違うとすれば――
周囲の視線だった。
「なあ、見た?」
「あの子、めちゃくちゃ可愛くね?」
「てか隣のやつ誰だよ……」
視線のほとんどが、彼女へと向けられている。
無理もない。
ただ“可愛い”というだけでは説明できない、目を引く何かがある。
自然と目で追ってしまう存在。
そして、その隣にいる煉。
それがまた、余計に目立つ要因になっていた。
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「……見られてるね」
アルティマが、ふと呟く。
声音は軽い。
だが、どこか観察するような響きがあった。
「いつものことだろ」
煉は気にした様子もない。
「そうだけどさ」
アルティマは少しだけ口を尖らせる。
「今日は、邪魔されたくないなって思って」
その言葉は、小さかった。
だが確かに、本音だった。
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その時だった。
「ねえ、お姉さん」
軽い声が割り込んできた。
振り返るまでもなく分かる。
いわゆる“ナンパ”。
三人。
服装も態度も、いかにもという感じの男たち。
明らかに煉のことが見えているのにも関わらず、無視をして彼女に向けて声をかける。
「一人だよね、よかったらさ――」
言葉は最後まで続かなかった。
アルティマが、ゆっくりと視線を向けたからだ。
その一瞬。
空気が、ほんのわずかに変わる。
だが男たちは気づかない。
「俺らと遊ばない?そいつより楽しいよ?」
煉をちらりと見て、笑う。
軽い挑発。
軽い優越感。
だが――
アルティマの表情は、動かなかった。
数秒。
沈黙。
周囲の空気が、妙に張り詰める。
「……ねえ」
アルティマが、静かに口を開いた。
声は穏やかだった。むしろ、優しいくらいに。
「今、楽しい時間なんだけど」
「え?」
男の一人が間の抜けた声を出す。
その瞬間だった。
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――“切れた”。
何が起きたのか。誰も、理解できなかった。
一人の男が、急に視界から“消えた”。正確には違う。そこにいる。だが、“認識できない”。
「……は?」
残った二人が、間の抜けた声を出す。
今、隣にいたはずの仲間が。
“いない”。
いや、いる。
だが、脳がそれを“存在として認識しない”。
混乱。
理解不能。
その一瞬の隙。
彼女は、もう目の前にいた。
「遅いよ」
囁くような声。その距離で。
「なっ――!?」
気づいた時には、腹に衝撃が走る。だが、殴られた感覚がない。“結果”だけがある。
身体がくの字に折れ、そのまま地面へ叩きつけられる。呼吸が、できない。
何が起きたのか、理解する前に身体が言うことを聞かなくなる。
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「……なんだよ、これ」
残った一人が、後ずさる。
視線が泳ぐ。
恐怖が、遅れてやってくる。
「お前、何しやがっ――」
その言葉も、途中で止まる。
彼女が、一歩踏み出しただけだった。
それだけで――
世界から“切り離された”。
音が消える。
視界が歪む。
自分の存在が、曖昧になる。
「……え?」
自分が、どこにいるのか分からない。立っているのか、倒れているのかも分からない。
思考が、繋がらない。
「な、なんだこれ……!」
恐怖。
理解できないものへの、純粋な恐怖。
「やめろ……来るな……!」
だが。
彼女は、もう目の前にいる。
「来るな、って言われて止まると思う?」
その声は、優しかった。
だからこそ――余計に恐ろしい。
「私はあなたたちに来てもらいたくなかったのに来られた。あなたたちのいうことを聞いたら、私だけがかわいそうじゃん」
次の瞬間。
“戻された”。
認識が、一気に繋がる。
その直後――
衝撃。
身体が宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられる。
「がっ……!!」
息が潰れる。
視界が白く弾ける。
そして理解する。
何もできなかった、と。
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「……弱すぎ」
アルティマが、ぽつりと呟く。
興味を失った声。
「こんなので、邪魔してくるとか」
完全に、格が違う。
努力も、経験も、能力も。
何一つとして届いていない。
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倒れている男たちは、動けない。
身体が拒否している。
立ち上がることを。
「なんで……」
一人が、かすれた声で言う。
「見えなかった……」
その言葉が、すべてだった。
見えない。
感じられない。
理解できない。
それが、絶望だった。
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周囲の人間たちも、同じだった。
「……今の、何?」
「動いた……?」
「いや、分からん……」
誰一人として、戦闘を把握できていない。
ただ結果だけがある。
“全員倒れている”という結果だけが。
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アルティマは、くるりと振り返る。
もう興味はない。
完全に。
「終わったよ」
何事もなかったかのように笑ってこちらに振り返る。
煉は、ため息を一つ。
「……やりすぎだ」
「殺してないよ?」
即答。どこか誇らしげに満足そうに言った。
「基準がおかしい」
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アルティマは、ふっと笑った。
さっきまでの冷たい空気は、もうない。
ただの、楽しそうな少女の顔。
「それよりさ」
一歩近づく。
距離が、少しだけ縮まる。
「続き、行こ?」
その一言。
まるで何もなかったかのように。
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背後では、男たちが地面に転がっている。
意識はある。
だが、立てない。
理解してしまったからだ。
自分たちが、どれほど下だったのかを。
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“ざまあ”というには、あまりにも差がありすぎた。
だがそれでも――
彼らの中には、確かに残っていた。
もう二度と、関わってはいけないという確信が。
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そしてアルティマは。
そんなことなど気にもせず。
ただ一つだけを大事にしていた。
――煉との時間を、邪魔されたくなかった。
それだけだった。
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周囲はまだざわついている。
倒れている男たち。
理解できない現象。
それでも、二人にとっては関係なかった。
煉は小さく息をつく。
「……好きにしろ」
その言葉に、アルティマは満足そうに笑った。
「うん」
再び並んで歩き出す。
その背中を――
誰も、もう気軽には見られなかった。
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“理解できない強さ”は、恐怖になる。
そしてそれは、静かに周囲へと広がっていく。
だが当の本人は、ただ少しだけ――
楽しい時間を取り戻しただけだった。




