表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/131

第108話「倉庫の中の“ ”」

 少女の言葉が、倉庫の空気に溶けた。


 俺はしばらく、少女を見ていた。


 「お兄ちゃんになってよ」


 その言葉の意味を、頭の中で整理しようとした。脅しではなかった。怒りでも悪意でもなかった。ただ——純粋に、そう言っていた。当然のことを言うような、当たり前の願いを口にするような、そういう声だった。


「名前を教えろ」


 少女が微笑んだままだった。


「私の名前は、まだ教えられないよー」


「なぜだ」


「名前を教えると、調べられちゃうもん」少女が言った。「私、まだあなたに全部知られる準備ができていないの。順番があるからね。だから、待ってて?」


「順番がある?」


「そう」少女が用具の上で足をぶらぶらさせた。子どものような仕草だったが、目が単なる子供ではないとこちらに語りけていた。「知られる順番。私があなたに知ってほしい順番で、知ってほしいの」


---


 俺は倉庫の中に入った。


 扉を閉めると、少女との距離を、三メートルほど保って立った。


 少女は相変わらず、積み上げられた用具の上から俺を見下ろしていた。その目が、ずっと俺を見ていた。まばたきが少なかった。観察している目だ。標本を見るような、あるいは宝物を見るような、そういう目だった。


「今日一日、俺を見ていたのはお前か」


「そうだよ」少女が頷いた。「ずっと見てたの。朝から」


「気配がなかった」


「消してたからね」少女が当然のように言った。「気配があったら、気づかれちゃうでしょ。私が見ている間はあなたには見られたくないの」


「なぜ見ていた」


「調べてたからだよ」


「調べていた?」


「お兄ちゃんのことを!」少女が言った。「もう随分調べたけど、実際に見ると新しいことがわかることもあって。今日も、いくつか新しいことがわかって面白かったな!」


「どんなことがわかった」


「秘密!」少女が微笑んだ。「まだ教えてあげなーい」


---


 俺は少女を見た。


 何者なのか、まだわからない。だが——一つだけ確認しなければならないことがあった。


「冥焔会の人間か」


 少女が、きょとんとした顔をした。


「冥焔会? なにそれ」


「知らないのか」


「知らない」少女が首を傾げた。「なんか強そうな名前だねー」


「異能者の組織だ」


「ふうん」少女が興味なさそうに言った。「組織かあ。そういえば、前に誰かに誘われた気がするけど」


「誰かに?」


「なんか、黒いコート着た人が来て、一緒にどうですかって言ってきたけど、興味なかったし、入らなかった。なんか面倒くさそうだったし」


 俺は少し止まった。


「冥焔会の勧誘を断ったのか」


「そうなの? そこが冥焔会っていう組織だったんだ」少女がケロッとした顔で言った。「まあ、興味ないし別にいいけどさ」


「なぜ興味がなかった」


「だって、私がやりたいことと関係ないもん」少女が俺を見た。「私がやりたいことは、お兄ちゃん、黒瀬煉のことを全部知ること。そして——」


 少女がそこで一度止まった。


 それから、また微笑んだ。


「私の“もの”にすることだよ」


---


 俺はその言葉の意味を、静かに受け取った。


「私の“もの”にする、というのはどういう意味だ」


「そのままの意味だよー。お兄ちゃんっていう存在を、私が全部理解して、全部知って、全部持つの。そうしたら、その後初めて——世界に広めるの」


「世界に広める?」


「お兄ちゃんがどういう存在か、私が全部解析して、私の道具として世界に示す」少女が静かに言った。感情の起伏がなかった。怒りでも熱狂でもなく、ただ事実を述べているような声だった。「すごい“もの”は、ちゃんと使われないともったいないでしょ」


「道具にする、と言ったか」


「言った」


「俺の意思は考慮しないのか」


「考慮してあげてもいいよ」少女が頷いた。「いや、ちゃんと考慮する。でも——最終的には私の思った通りになると思う。今まで、そうじゃなかったことがないし」


 俺は少女を見た。


 傲慢だった。だが傲慢を意識していない傲慢だった。自分が傲慢だという認識がなく、ただ経験から導き出した結論を言っているだけだ。それが逆に、底の見えなさをひしひしと感じさせた。


---


「一つだけ聞く」


「なんでも聞いて」


「お兄ちゃんになってよ、と言ったな。なぜだ」


 少女の顔が、少し変わった。


 ほんの僅かだった。表情は動かなかった。だが目の奥で、何かが揺れた。さっきまでの観察するような目とは、違う種類の揺れだった。


「それは、、、、流石にまだ言えないかな」


「まだか」


「うん。まだ言えない。でも——お兄ちゃんになってくれたら、ちゃんと話す。全部話してあげる」


「お兄ちゃんになることと、話すことが繋がっているのか」


「繋がってる。信用できる人にしか、言えないことだもん」


「俺を信用している?今日初めて話したのにも関わらずか?」


「わかってる。でも——ずっと調べてきたから。知ってる量は、普通に友達になってきた人より多いと思うんだよね」


「一方的に調べられても、俺はお前を知らない」


「それでいいんだよ」少女が微笑んだ。「私が先に知る。そうしたら、ちょっとずつ、じっくりゆっくり教えてあげるの。私のことをね」


---


 俺はしばらく少女を見ていた。


 この少女が何者なのか。能力は何なのか。本当の目的は何なのか。まだ全部が霧の中だった。


 だが——もう一つ、確認しなければならないことがあった。


「お前の能力は何だ」


 少女がにこりとした。


「ああ、そうだ!大事なこと、言ってなかったね!」わざと煉の言葉を無視して彼女は言った。


 少女が用具の山から、ひょいと飛び降りたにも関わらず、着地音がなかった。存在が希薄なのか、あるいは音すら消しているのか、床に降り立ったはずなのに何も聞こえなかった。


 少女が俺の前に立った。


 見上げてくる目が、細くて、眠そうで、だが内側に何かを宿していた。


「能力の話をする前に、もう一つだけ言っていい?」


「なんだ」


「私ね」少女が当然のことを言うように、さも普通のことのように言った。


 間があった。


覇級(アルティマ)だよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ